斬鉄
『斬鉄』
かつて俺が、ある男と共に死闘の末に編み出した、至高の剣技。
岩よりも、鉄よりも、鋼よりも堅い身体を持つ魔族ですら両断する、究極の剣技。
◇
振り下ろした剣が風を切る。クオンの身体を引き裂いた剣は、その刀身に血を付けず、驚愕し目を見開くクオンの股下で剣は止まる。
「え……あ、今、オレ……」
立ち尽したクオンが声を漏らし、次いでパチン、と鞘の留め金を付ける音が鳴る。剣を鞘に納めたのだ。
「今のが『斬鉄』だ。どうだ?どこか痛む所はないか?」
「……いや、どこも痛くない。けどアニキ、今オレ、確かに……斬られたんだよ、な?」
斬られた実感はある。だが斬られた感触も、痛みも、クオンは何も感じはしなかったのだ。
「いや、俺はお前を斬ってないぜ? そもそも女の子を斬りたくはないからな。斬ったのは……うへへ」
「えっ……へぁ!?」
クオンはふっ、と自分の身体から何かが落ちた感覚を覚えた。
そして足下を見た時、その違和感の正体に気づき、顔を真っ赤にする。
「『斬鉄』は、何も鉄のように堅い物をだけを斬るための技じゃあない。斬る対象のみを、確実に切り落とす。そんな技なのさ。……そしてこれを使えば、こんな風に、下着のみを切ることだっ──」
「う、うわああああぁっ!!」
「ぶべらっ!?」
顔面に拳を叩きつけられ、俺は二、三転、地面を転がり壁に激突した。
……くそ、今の一撃、不覚だが見えなかったっ! 技の説明途中だった事もあるが、クオンの拳が直撃するその瞬間まで、クオンの攻撃に気づけなかったなんて……ふふ、成長したな、クオン!
「あっ、アニキの馬鹿! な、ななんてことしてくれんだよ!」
ミニスカのように裾の短い服を着たクオンは、顔を真っ赤にし、必死に裾を下げ俺の視界から隠そうとする。
……むふふ、恥ずかしがる女の子はいつ見ても良いものだ。
「ひゃひゃっ、随所良い趣味をしてるじゃあねぇか小僧! まさかこんなかわゆい女の子の下着が斬れるたぁ……魔剣冥利に尽きるってもんだあなぁ!」
足下の褌を、裾を降ろしながら拾うクオンの姿に、鞘に納めたレイヴンブランドが笑う。
多分人の姿をしてたらいやらしい顔をしている事だろう。
「へ、へへっ……ようやく俺を認めてくれたってわけか、魔剣よ」
「馬鹿野郎、少しだけじゃ少しだけ」
レイヴンブランドが人の姿をしていたならば、俺とこいつは互いの手を掴み、同じ志を持つ同士として歩んで行けた事だろう。
と、そんな事を考えていたら突然頭を締め付けるような痛みが走った。
「う、お、おっ、おおっ」
「勇……あんたは何ナチュラルに変態行為を行っているわけ?」
ミシミシと鳴る頭の原因はフィオナのアイアンクローだった。白く細い指が頭に食い込み、幼くなってしまった身体を持ち上げる。
うおおおおっ、このっ、エルフのくせしやがって凶悪な技をっ、おおおおっ!!
わ、割れる! トマトの様に!
「い、いや、ですねっ、実際に体験した方がががっ!」
「私はね、体験させた事を怒ってるわけじゃあないの。何故下着を斬ったのかと聞いているのよ? 論点が違うわ」
ゴゴゴゴゴゴ、ともの凄い威圧感を出すフィオナ。
そうだった! フィオナにこの手の冗談は一切通じなかったのだった! 今更ながら思い出したぜっ。
「ヤシロさんっ! 教えるにもやり方があるじゃあないですか! クオンちゃんも女の子なんですよ?」
フィオナに掴まれ浮かんだ俺に、ベルナデットが「めっ!」と子供に対するように叱る。
「その、……すんません」
「謝るのは私にじゃあないですよね?」
「あー、その、……すまん、クオン。調子に乗りすぎた」
ベルナデットに促さた俺は、掴まれたままクオンへ謝った。
頭が動かせないから正面向いてではないけど。
「……つ、次こんな事するなら先に教えてくれ、アニキ。斬られたと思ったら褌斬られたとか、驚きが大きすぎた」
頬を赤く染めてもじもじと身体をくねらせながら言うクオン。
……悪いとは思うんだがやっぱり恥ずかしがる女の子ってのはそそるな!
「全く。ヤシロさんはエッチなんだから……。フィオナさん? もうヤシロさんを降ろしてあげても良いですよ?」
むむむ……なんだかベルナデットがお姉さんのようになってやがる。同い年なのに。
まあ俺得だから良いんだけどね。
「……ベルナデットって言ったわよね? ……貴女、勇のなんなの?」
……む? 俺の頭を掴むフィオナの力が弱まったけど、フィオナからなんか殺気を感じる。
あれ? 俺なんか不味い事言ったか? 流石にマジ切れさせるような事はしてないつもりなんだけど。
「……ヤシロさんの味方です。それが、何か?」
「……貴女が、勇の、ね」
見定めるような目でベルナデットを見るフィオナ。
? えっと……何がどうなってるんだ? どう言う状況?
俺が今の状況に混乱していると、フィオナの手が俺の頭から離れた。
「おっと。……フィオナ?」
俺から手を離すや否や、迷宮を先へ歩き出すフィオナ。
その雰囲気はどこかおかしくて、思わず声を掛けてしまった。
「……別に、なんでもないわ。先を急ぐわよ」
チラとも見ずに進むフィオナ。
……一体どうしたんだろう。嫌な予感、と言うわけじゃあないが、俺は胸騒ぎを感じた。
◇
フィオナが口数が少なり数時間後、漸く俺たちは十階層への扉前にたどり着いた。
「十階層事に所謂ボスモンスターがいるんだったよな、フィオナ?」
「……ええ、そうよ」
さっきからこの調子である。
うーむ。何でかフィオナの機嫌が治らない。
そう言えば前にもこんな状況になった時があったっけ。
何時だったかな……。
「おい小僧」
「む。なんだよレイヴ。俺今考え事してたんだけど」
思い出そうとしていると、鞘に納めていたレイヴンブランド、略してレイヴがガチャガチャと振るえながら俺を呼ぶ。
「考え事は置いておけ。……どうやらこの向こうの奴さんは一筋縄じゃあ行かない相手のようじゃ」
「一筋縄って……まだ十階層だろ? 今の俺は弱体化されてはいるが、流石に手こずるような相手じゃあないさ」
やけに真剣な口調のレイヴに軽く答えるも、どうやら何かを感じ取っているようで、レイヴは押し黙ってしまった。
そう言えば頑丈で振り回し易い剣ってのは解るったが、こいつ自身の能力ってなんなんだろうか。
剣として見事な業物のレイヴだが、魔剣としての能力は振っていても解らなかった。
ファルハット・エンハンスの魔剣のように重量や与える衝撃を増やす能力ならば使っていればわかるものだ。
なのにこの十階層に来るまでに振るい続けていたと言うのに、手に馴染む剣、と言う事しか俺には解らなかったのだ。
「……まあ、油断しないようにするさ」
扉をゆっくり開けて部屋の中に入ると、そこはだだっ広い部屋になっていた。
しかし、
「……いない、のか?」
松明のような光源が部屋の中にいくつかあるだけで、所謂ボスと言われる魔物の姿はどこにもなかったのだ。
迷宮ではボスと呼ばれる魔物が発生する。
そのボスは倒されても、一定の期間の後再発生する。
その理由は定かではないが、ボスは何度でも現れるのだ。
「倒されて再発生する前……って事でしょうか?」
片手に魔銃を構えていたベルナデットが呟く。俺も同じ意見だったのだが、先ほどのレイヴの言葉が思い出される。
「クオン、何か気配は感じるか?」
気配に関してはクオンが長けているので尋ねていると、難しい顔で頷かれた。
「何か、はいる。……けどそいつが何処にいるかまではわからない。……気配がおかしいんだ。小さいようで大きくて……」
クオンの気配探知は優秀だ。そのクオンですら位置を把握できない今の状態は相当におかしいって事だろう。
「ん? ……なぁ黒毛の。ありゃあなんだい?」
周囲を警戒していた俺たちに、一行の後方にいたアンジェリカが虚空を指差した。
その先を見ると、つい先ほどまで何もなかった場所に、黒い渦のような塊が現れた。
「……なんだ、あれ……目玉?」
咄嗟に剣を抜き構えると、黒い渦の中から、浮かび上がるように大きな目玉が現れた。
その大きさ、軽トラックにすら勝る大きさ、異様な程巨大だ。
目玉がギョロギョロと辺りを見回すと、次いで目玉の直ぐ下辺りから突然大きな口が現れる。
いや、現れたんじゃあない。ただ、口を開いただけだ。
「あ、あれはまさかっ……!!」
その巨大な目玉は、頭の部分から無数の小さな目玉を現した。一つ一つが触手の先に付き、無数の目玉が須く俺たちを捉えた。
その異様な、邪悪な、醜悪な姿を知っているのか、ベルナデットが悲痛な叫び声をあげる。
俺もいっそ叫びたかったが、それ以上に恐怖で金縛りになっていた。
奴の存在を知るものならば、奴のデタラメさを知るものがいるならば、人々は皆、一様に俺とベルナデットのような反応を見せただろう。
それほどまでに、奴の存在は、あってはならない物だったのだ。
「び、ビホル──」
「土下座ヱ門だとおぉっ!?」
「え?」
お待たせしました。最新話です。
ついにやりたかったネタが出せたました。
ちなみに勇とベルナデットでは恐怖のベクトルが違います。
勇→版権的
ベ→化物的
ではまた次回。お楽しみに!




