第1話 log in
薄暗い部屋、マウスのクリック音が響いている。
モニターには装備を身につけた兵士の姿が写っていた。
10年前、fpsプレイヤーの金字塔と言われ、今もなおfpsマニアを惹きつけているゲーム『battle gun3』
5対5のチーム戦で行われる、基本的なfpsゲームである。
現在主流となっているチームデスマッチは一試合20分。
両陣営kill数を競うシンプルなルールだ。
ランクマッチ最終局面、スコアは自陣51pt敵陣50pt。
戦線は膠着し、両陣営に緊張感が走っていた。
ちなみに、俺の得意な銃はスナイパーライフルだ。
遠距離からはめっぽう強いが、近距離にはとことん弱い。
凡庸性は無いが、尖った強さが魅力の銃だ。
「おし、突撃するぜ」
俺はptチャットで仲間にそう伝える。
「お前、まじか!やめろぉ!」
「タカノてめぇ!いい加減にしろおおお!」
と返信のチャットが流れているが、
そんな言葉、俺には聞こえていない。
先ほど、右斜め前の建物の裏、敵の足音が聞こえていた。
後ろでウザったく撃ち下ろし続ける俺を厄介に重い、狩りに来たのであろう。
数秒後、思った通り敵のプレイヤーが道に飛び出してきた。
俺は、ほぼ同時のタイミングで自身のアバターを動かし、物陰から飛び出した。
スナイパーが真正面から出てくるとは思っていなかったのだろう。
敵は動揺した様子でアサルトライフルを連射をしているが。
このゲームは弾丸が体をかすめる程度では、killする事は出来ないのだ。
俺は得意げに全体ボイスチャットをオンにした。
「なぁ…知ってるか?スナイパーライフルは近づいた状態で撃ったらよぉ」
俺はスコープを除く。
「ショットガンになるんだぜぇ!」
照準を敵プレイヤーに合わせた。
ボルトアクションライフルの重厚な射撃音と共に俺は叫んだ。
「ドン!」
弾丸は兵士の頭に命中し、敵プレイヤーはその場で倒れた。
試合終了を告げるブザーが鳴り響く。
『試合終了』
52vs54
YOU LOSE
「あれ?俺、倒したんだけど」
「あれ?じゃねえよ!勝手に単独行動すんな!」
「俺のランクがぁ!てめえふざけんなよ!」
味方だったはずの兵士が、今では敵になっている。
昨日の友は今日の敵ってかぁ…。
世知辛い世の中になったもんだ。
両陣営から飛んでくる暖かいチャットを眺めながら、俺は『battle gun3』を終了した。
俺の名前は高野工兵
年齢は37。独身。
今流行りの子供部屋おじさんだってやつだ。
俺は椅子から立ち上がって伸びをした。
「さて、と。今日は久しぶりの休みだしな」
時計を見る。
PM 13:00
まだ昼過ぎだ。
今日はまだ一歩も外に出ていない。
「ゲーム屋でも覗いてくるか」
そういって、俺は家の外に出た。
◇
俺には最近、どうしても気になっているゲームがあった。
いや、気になるどころではない。
ここ三か月、ずっとこのゲームを考えて生活していると言っても過言ではないのだ。
『STTΕLA ONLINE』
三か月前、新生の如く現れたゲーム会社『アヴァーズ』が発売したオンラインゲーム。
それは、世界中のゲームファンを巻き込むこれまでに無い大ブームを引き起こしていた。
俺はこのゲームがどうしてもプレイしたかったが、未だゲームをすることが出来てはいない。
理由は簡単だ。
人気すぎて、どこにも売っていないのである。
「――続いてのニュースです」
駅前の大型電器店。
その店頭に置かれたテレビから、女性アナウンサーの声が流れてきた。
『世界的な大ヒットとなっているオンラインゲーム、STTΕLA ONLINEですが、本日も各地で品切れが続いています』
画面には、ゲームショップの前に長蛇の列ができている映像が映っていた。
『三か月前、突如として発売された本作は、従来のゲームとは異なる、プレイヤー自身が冒険者となってゲームの世界に入る事ができるとして、世界各国で爆発的な人気を集めています』
映し出されたのは、sttela onlineの美しい景色だ。
パッケージにも描かれた目玉のマモノである神龍グランファリオン。
天空に浮かぶ島々、そこに国家を築いた古代国家ラナバトス。
雲を突き抜けるほどの大きさ、葉1枚1枚が超気性回復薬となる中心の世界樹デュランダル。
大海を泳ぐ、100mにもなる巨大な海王生物オールダム。
巨大宗教都市国家セーリムは古の神を崇めるためありとあらゆる魔法、知識を使うことで由緒正しき谷の間に巨大建築を作ったそうだ。
まるで子どもの夢をそのまま体現したかのような。
余りに広く、そして美しい景色だった。
『プレイヤーは広大な世界を自由に探索し、剣士、魔法使い、職人等の果てしない数の職業から自身のクラス選びます。フレンド、パーティー、ギルド機能を使って仲間と冒険することもできる本作の世界は余りにも広大。確認されている地域だけでも既に、膨大な数にのぼっておりますが、いまだこの世界の大きさ、その全容は明らかになっていません』
≪大型マモノ討伐戦≫
テレビの映像では、金色の鎧を着た騎士たちが巨大な魔物に挑んでいる。
≪成長方法は無限大。プレイヤーの行動で全てが変化していく≫
一人の美しい魔法使いが空中に大規模な魔法陣を展開していた。
あるプレイヤーは商売を始め店を開き。
あるプレイヤーは盗賊になり、王国から宝を盗んでいた。
あるプレイヤーは職人となり大金を手にしていた。
さらに映像が切り替わる。
『また、ゲーム内で入手したアイテムの売買も活発化しています。一部の希少装備には現実の通貨を使った高額な取引が次々に成立しており、大手企業の参入も相次いでいます。今やsttela onlineは世界規模の経済活動へと発展しつつあるのです』
ゲームの中で手に入れた武器が、現実のお金になる。
今から30年前の人にそんな事を言った日には「ありえない」と笑われるだろう。
しかし今、それが現実となっている。
「どっかに売ってねぇかなぁ」
「…にゃーん」
小さな黒猫がテレビを見る俺をまた見つめていた。
「っはは。売ってねえよにゃ〜」
「…にゃーん」
猫の可愛いらしい鳴き声が、寂れた商店街にこだました。
一軒目。某大型家電量販店
売り切れ。
二軒目。某中型ゲームショップ
売り切れ。
三軒目。知る人ぞ知るゲーム買取店
店主
「あるわけねぇだろ…ってかボクちんがやりたい!」
「ははっ…。いやぁ、わかってはいますけど」
俺は個性的な店主に凄まれながら買取店を出た。
発売から三か月が経っている。
中古でいい。
高くてもいいからやってみたい。
俺はボソボソとつぶやきながら、商店街の奥まで進んでいった。
◇
夕暮れ時、案の定何も見つけられなかった俺は、某飲食チェーン店「サイゼルア」でアイスクリームを買った。
砂糖とミルクの甘さに夢中になって歩いてた俺は、商店街の片隅に古びた中古ゲームショップを見つけて足を止めた。
看板の文字は色あせ、入り口のガラスには古いゲームのポスターが何枚も貼られていた。
普段なら見落としてしまいそうな、そんな店だった。
「こんな所に店が…、あったっけ…?」
とても怪しく胡散くさい店だった。
しかし扉には「営業中」の札がかかっている。
「ははっ、まさかねぇっ…」
そう言いながらも少しだけ期待して、俺はその店のドアを開けた。
カラン、カラン。
鈴の音が鳴った。
店内は薄暗く、古いゲームソフトが棚いっぱいに並んでいた。
奥からは、かすかに機械の動作音が聞こえている。
「いらっしゃいませ」
カウンターの向こうから、女の子の透き通った声が聞こえた。
カウンターには小さな女の子が立っていた。
白い髪に、透き通るような肌。
大きな真紅の瞳は、どこか人形めいていた。
制服らしき黒い服を着ているが、この店の古臭い雰囲気には少しばかり不釣り合いだった。
「どーもぉ、はは。えーっと……ステラ・オンラインって、あったりします?」
女の子は男をじっと見つめた。
やばい、何故かは分からないが怒らせちゃったか。
よくわかんないけどこのご時世だ。
訴えられた時点でOut。
なんとか謝らなくては。
「いやー嘘!嘘っす!ないのは分かってるんだけどねぇ!?だけど普段見た事がない店があったからもしかしてと思ってさ!」
「あと俺は怪しいおじさんじゃないよ!
あ〜…怖がらせてたらごめんね!
おじさんはすぐに帰るから…」
俺はそう言って店を後にしようと振り返り、ドアノブを握った。
「ありますよ」
思いがけない言葉が聞こえた。
「……えっ?」
「ですから、STTΕLA ONLINEの在庫はございます。お探しの商品はこちらでしょう?」
女の子はカウンターの下から、小さな箱を取り出した。
白銀色のパッケージには白龍グランフェリオンが描かれている。
間違いない。
どこに行っても売り切れていたsttela onlineだ。
「う、うそぉ!?」
俺は思わず身を乗り出した。
「えっ、あるの!? 新品!? 中古!? いくら!?」
先程の紳士的な態度とは変わって、女の子に迫る姿は不審者と思われても致し方ないものだ。
しかし状況が状況だ。
許してほしい。
「無料です」
幻聴まで聞こえるようになったのだろうか。
…頭までイカれた覚えは無いんだが。
「…………もっかい言ってくれる?」
「ですから、無料です」
女の子は、当たり前のことを告げるようにそう言った。
「いやいやいや。待って。待って!おかしいでしょ。散々探してどこにも売ってないんだよ!?お嬢ちゃん本当にお店の人!?流石に有り得ないと思うんだけど」
「じゃあ要りませんか」
「っぐぅ…」
余りに美しいぐうの音が出てしまった。
そうは言っても、本当に大丈夫なのか?
何か罠に嵌められてるような気分だ。
そんな様子の俺を見ていた女の子は顔を少し曇らせながら、
「貴方なら、きっと…」
と呟いた。
「……きっと……なんだ?」
「…………………」
俺を見つめるその瞳は、どこか浮世離れしていた。
過去も、今も、未来さえも。
全てを見透かされているような、そんな気がして、俺は背筋にぞくりとしたものが走った。
怪しい。
…ものすごく怪しい。
……こ〜んなうまい話、あるわけがない。
――だが。
「ありがとうございましたーっ」
「ぃよっしゃぁああああああ!!!」
俺はスキップをしながらガッツポーズを左手と右手で繰り返しながら店を出た。
遂に、遂にやったぞお!
神は!俺を見離さなかった!
俺は空中で足をバタつかせながら、喜びを抑えきれずに家路につくのだった。
この時の俺は気づいていなかったが、
店員の少女は余りにも長く、長く俺を見つめていたそうだ。
やがて、店内に静寂が戻る。
女の子は小さくこう話したという。
「託しましたよ…どうか………抗って」
その声とお共に、路地裏の小さな小さなゲームショップは。
……この世から消えた。
◇
帰宅した男は、手洗いもそこそこ、高速でうがいをぶちかまし、唾を洗面台に吐き捨てた。
数秒ほどでPCの前へ到着。
椅子を引きパソコンの前へ座る。
「よし……!」
早速開けてみる。
中には、簡素な説明書と、銀色の小さな端末が入っていた。
「これがゲーム本体かぁ。ディスクじゃないのね」
説明書には、接続方法が簡潔に記されている。
男は端末をパソコンに接続し、画面に表示された案内に従って設定を済ませた。
すると、モニターいっぱいに星空が広がった。
無数の星が流れ、やがて一つの文字列が浮かび上がる。
STTΕLA ONLINE。
「おおおお……!」
男の声が興奮で震える。
「ついに……ついに俺もステラオンラインを…。よっしゃああああ!」
ゲーム開始画面には、キャラクター作成の項目が表示されていた。
男は手際良くキャラクターを作っていく。
性別、女性。
髪色、金色。
髪型、縦ロール。
瞳、深紅。
衣装、豪華な赤いドレス。
装飾品、白い手袋と金のティアラ。
「よし……完璧!」
画面には、気品あふれるお嬢様が立っていた。
背筋はぴんと伸び、顎を少し上げ、世界のすべてを見下ろすような表情を浮かべている。
男は満足げにうなずいた。
「うんうん。いいねぇ。こういうのがいいんだよ」
彼は昔から、ゲームでは女性キャラクターを使うのが好きだった。
どうせ冒険するなら、見ていて楽しい姿のほうがいい。
…そうだろう?
「…さて、と」
画面中央に表示されたボタンを見つめる。
《GAME START》
男は深呼吸した。
「……行くぞ」
クリック。
一瞬、画面が暗くなる。
次の瞬間、星空が爆発した。
無数の光がモニターの向こうからあふれ出す。
「うおっ!?」
光が部屋を包み込む。
パソコンのファンの音が消える。
エアコンの音も、時計の針の音も。
何もかもが、聞こえなくなった。
身体が、どこかへ引き込まれていくような感覚だ。
「さぁっ…始まるぞ………!」
声が途切れる。
世界が白く染まった。




