↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

134/134

終戦2

クラリスは、慌てて手を下ろした。


ジルヴェスターのじとっとした瞳を見ながら、心から、そんなことはないと否定したい気持ちになる。クラリスにとって、魔法式を考えることとジルヴェスターを考えることは、同じくらい頭をいっぱいにするのだ。


ジルヴェスターは、そんな考えを読んだかのように、小さくため息をつく。そして寝台の縁に腰を下ろすと、椀をクラリスに渡すのではなく、自分の膝の上に置いた。それから木の匙で掬って、湯気を軽く吹いて、クラリスの口元へ持ってきた。


「ジルも、疲れているでしょう? 自分で、食べられますから」


そう言うと、ジルヴェスターは匙を椀に戻し、代わりに右手を伸ばして、クラリスの頬と耳に触れる。


「クラリス。きみは、何も分かっていないようだな。僕がどれだけ苦しんだか。……ここにきみがいることを、確かめたいんだ。すべて、僕にやらせてくれ」


ジルヴェスターの瞳は優しさで溢れていたものの、その奥には、苦悩を映していた。


そう言って、彼はまた匙を取る。


クラリスは観念して、口を開けた。温かいシチューが、舌の上で溶ける。塩と、豆と、干し肉の味。一日ぶりの食事だった。クラリスは食べはじめると、自分がいかに空腹だったかに気づき、二口目、三口目と進める。ジルヴェスターは、匙を運ぶたびに、クラリスの口元を、じっと見ていた。


クラリスがすっかりきれいに食べ終えると、ジルヴェスターは、少し満足したかのように微笑んだ。その微笑みはいつもと変わらないものの、完璧で、間近で見るとやはり心臓に悪いと、クラリスは目を逸らす。


ジルヴェスターは優しくクラリスの髪を撫でていたが、ふと、手を止めた。


「クラリス。……キスをしてもいいか」


クラリスは、驚いてジルヴェスターを見上げた。いままで、そんな了解を取られたことなど、一度もない。わざわざ訊かれることで、もう心臓は口から飛び出しそうで、体じゅうが痺れるようだ。


「は、はい……」


クラリスが小さく答えると、ジルヴェスターはふっと微笑む。


だが、そのキスは最初から激しく、ジルヴェスターはクラリスの背中を強く抱きしめながら、舌をクラリスの口の中に入り込ませる。クラリスは驚いて少し押し返そうとしたが、ジルヴェスターの大きな体は、まったく動かない。次第に、酒を飲んだかのように頭がぼうっとしてくるのを感じて、体の隅々までが満たされていくような気持ちになっていた。貪るようなキスはしばらく続いて、クラリスが寝台に倒されると、ようやく離れた。


そして、ジルヴェスターの手が、クラリスの服の中に入ってくる。


そのとき、垂れ布が跳ね上がった。


「陛下、お呼びですか——」


ルークだった。彼は入ってきた姿勢のまま、寝台に横になる二人を見て、一拍、止まった。それから、切れ長の目を細めて、心底うんざりした顔をした。


「……戦場で、やめてくださいよ」


ジルヴェスターは、ルークを一瞥して、それからため息をついた。邪魔をされたことへの、隠しもしない苛立ちだった。


「……本当に、タイミングが悪いな。きみは」


クラリスは、大急ぎで体を起こし、寝台に座り直した。


ルークは、わざとらしく頭を抱えている。


「……被害者は僕ですよ! 一晩じゅう戦って、それから一日じゅう奥様の骨を繋いで、やっと呼ばれたと思ったら、こんな場面を見せられて——」


「見なければいいだろう」


「僕は呼ばれて来ただけですよ!」


クラリスは、全身が熱くて、寝台の毛布を頭から被りたかった。




「……ルーク。あの、銀の輪のことなんですが」


熱をごまかすように、早口で言った。二人の視線が、こちらを向く。


「あれは、魔道具だったんです。光魔法を当てると、輪の内側に刻まれた式が、天井に浮かび上がって……封じる式と、そのあとに、もう一つ。全部、写しました。……それを、あとで一緒に、見てほしくて」


ルークは頭を掻きむしり、ああもう、と座り込んだ。


だが、もう一度立ち上がったときには、うんざりした表情ではなく、あの、魔法の話をするときだけの目になっていた。


「陛下からも、少し伺いました。……写した式を、見せてもらえますか」


ルークは、じっと、クラリスの帳面を見る。


「……ただ、もう一度、銀の輪そのものを借りるのは、クロア卿が戻ってからにしましょう」


ルークが、頁をめくりながら言った。


「あんな気味の悪い魔道具を、勝手に触るのは、憚られるので」

評価、コメントお待ちしてます〜

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。