外れスキル『努力』はひらめき一つでチートへと昇華する!
「いよいよ今年もやってまいりました。国中から我こそは天下一と信じる勇士たちが集い、覇を競う武闘大会。はたして今回はどんな名勝負が見られるのか! 栄えある優勝をつかむのは誰なのか!
モンスターの大氾濫を食い止めた騎士団員か、はたまた魔術学院の主席か、あるいは名門道場の気鋭か、傭兵? 戦争奴隷?
身分出自は一切問わないこの大会。求められるのはただ強さのみ!
さあ、我らに真の最強を見せてくれ!――――ここに、聖王国天下無双決定戦の開催を宣言します!!!」
澄み渡る快晴の空の下にアナウンサーの声が響き渡り、巨大なコロシアムを埋めつくす観客たちが大歓声を返す。
「いよいよっすねカッセル様」
小さな三角型の獣耳を揺らしながら俺に話かける少女の名はフルット。
彼女は豹の獣人で俺の従者だ。
この武闘大会の参加選手にはセコンドなり世話係として一名の付き人が認められている。
「ああ、この大会で必ずや俺の名を王国中に知らしめてやる」
そして俺、カッセルはこの大会で優勝すべく辺境の地からでてきた無名の新人。
辺りを見渡せば金属鎧に身を包んだごつい大男や、眼光の鋭いローブ姿の魔道士など、あきらかな歴戦の勇士と言わんばかりの面々。
従者までも貫禄や気品をもっていて彼らが名のある武人、武芸者、貴人であることが見てとれる。
対して俺は17歳の参加資格年齢に達した以外はなんの肩書もない。
だがだからこそ、この大会を制する意味があるのだ。
「さあ、それではいよいよ対戦カードの発表です」
壇上でお偉いさんが壺に手を入れて番号札を取り出す。
「第1試合の選手は……100番、カッセル選手です。舞台上にお願いします!」
おや、俺の名前が呼ばれた。
「さて、では行ってくるか」
「ご主人、がんばるっすよ」
「ああまかせておけ。努力は必ず報われるのだと証明してやるさ」
「サポートしてきた私の努力も特別ボーナスでむくわれるって信じてるっす。なんでもこの王都には将軍オークの肉が食べられる焼き肉屋があるらしいっすよ」
「ふっ、調子のいいやつだ」
従者の声を後に俺はコロシアムの中心、舞台上に向けて歩き出す。
「えー、カッセル選手は今回が初参加でしょうか…………まだ年若いですがベテラン勢にどこまで食い込むことができるのか、見ものです」
無名の俺の登場に戸惑うアナウンサーにスタッフが紙を差し出すのが見える。
「ええっと……あっ、いや、いま情報が入ってきました。えー……カッセル選手はどこの騎士団や道場にも貴族家にも所属しておらず、今回が初参加で…………えっ、所有スキルは『努力』!?」
俺の持つスキルが告げられた途端に会場が静まり、それから爆笑に包まれた。
「ぎゃははは! よりによって努力スキルかよ」
「あらゆることに努力を強いられる外れスキル!」
「十人いてようやく一人前の無能が出てくんじゃねえよ! 大会が汚れるぜ!」
嘲笑と罵倒が続く。
ふん、つまらん。
俺が7歳の時に教会の鑑定式で天与のスキルが『努力』だと告げられてから、何度も何度も見てきた反応だ。
この世界では誰もが天から一つのスキルを授かって生まれてくる。
剣術、火魔法、料理、語学、刺繍、等々。
これらスキルはその名前通りの技術の習得を底上げしてくれる。
例えば剣術なら立って歩けるようになれば、もう棒きれを振り回すセンスが身についている。肉体も剣を振るのに適した筋肉や柔軟性をもった成長が約束されている。
たとえ双子でも剣術スキルを持った方と持たない方とでは、同じ生活と修行をしていても数年分の差がでてくる。
ところが俺が得た『努力』というスキル。
これは世間では外れスキルと呼ばれている。あらゆる技術の習得にプラスどころか、むしろマイナスの補正がかかるという理由だ。
一般に同じ技術を身につけようとしても、そのスキルを持たない者と比較しても10倍の努力が必要になると言われている。
これがゲームの世界であれば同じスライムを倒しても『努力』スキル持ちは得られる経験値が1/10にされるということだ。
無数にあるスキルの中で授からない方がマシ、という外れスキルの代表格。
「俺知ってるぜ! たしか何とかいう男爵家の末子が努力スキルを持ってたからって追放されたってな。あいつのことだろ!」
なんと、広い王国の中で俺の元実家のことを知ってるやつがいるとは。
たしかに俺は元はとある男爵家の三男として生まれた。裕福ではないがそれなりに領地も広く、将来性のある家であった。
だが努力スキル持ちだと判明したとたんにあっさり追放された。
病気療養の名目で領地の外れ、僻地の村に追いやられたのだ。身分の低い側室の子、それも母が出産と同時に命を落して後ろ盾がないとはいえ、幼い我が子をあっさりとだ。
実は俺は転生者だ。この中世ヨーロッパ的な世界に転生したと気づいた当初は、現代日本の知識を生かして男爵家を盛り上げていく気であった。
実際7歳のあの日までそれなりに神童ぶりをアピールしていたのだが、そんなアドバンテージすら外れスキルを持って生まれたという不名誉をくつがえせなかったようだ。
父である当主はおろか、使用人にいたるまで、また飛ばされた先の村人にまで。さんざん罵倒されバカにされた。
俺が成人男性の精神をもってなければ悲観して人生を投げ出すかしていただろうな。
過去を振り返りながら舞台に登れば、次の番号札が取りあげられたところであった。
「くっ、ふっ……ふう……失礼しました。さあそして対戦相手は…………おおっと、開始早々一番の人気選手の登場です。聖王国の精鋭中の精鋭で構成される第一騎士団。その副団長であり貴公子の異名をとるヒルシュタイン選手!」
「キャアアア! ヒルシュタイン様ー!」
「おいおい、これじゃあ賭けにならないぜ」
「構わねえよ、俺は外れスキルが10秒でやられるのに賭けるぜ!」
その名が呼ばれれば俺とは正反対の熱狂と歓声がコロシアムをうめる。
「ほう……」
今まで辺境の地で修行していた俺でもその名前は知っている。スタンピードや盗賊団の討伐で田舎でも騎士団への関心は高いからな。
名門貴族の出身で父親は先々代の騎士団長。母親は宮廷魔道士だったか。
悪い噂もあるがプレイボーイとか庶民いじめがひどいという類で、その実力自体は本物であると聞く。
その実力を示す何より分かりやすい証は…………
「ヒルシュタイン選手はご存知、希少なWスキル持ちであります。数千人に一人という二つのスキルを与えられた男。それも剣術スキルと火魔法スキルという実戦に最も適した当たりスキル。加えてその甘いマスク。天はどこまでこの男を愛するのかア!」
舞台に近づきながら女性客の声援に手をふりこたえるヒルシュタイン。
年齢は20代頃だろうか。輝く金髪に傷一つない肌。一見細身の身体はよく見れば極限まで引き締まった筋肉に覆われている。
実力、人気共におそらくこの大会のトップレベルだろう。
まったく。初戦から最高の相手だぜ。
「不愉快なガキだな。分相応に怯えでもしていれば手加減もしてやったのに。その目、僕に勝つつもりでいる目だ」
舞うように舞台上に立った相手はいきなりの喧嘩腰。
「当然だろ。俺はこの大会で優勝するために10年間努力してきたんだからな」
「外れスキルが哀れなものだ。何かを成し遂げたつもりが常人の1年分の鍛錬でしかないのだからな」
「努力スキルは外れなんかじゃないさ。アンタに勝ってそれを証明させてもらう」
そうだ、それが俺の目的。外れスキルをバカにした連中を見返すこと。
いや、違うな。正確に言えば俺が証明したいのは、本来はスキルに当たりも外れもないってことだ。
この世界の人間はスキルに囚われている。生まれもったスキルの優劣で人生までもが確定すると思いこんでいやがるんだ。追放や差別をされても当然という外れスキル扱いなのは『努力』だけじゃない。
俺に言わせればスキルなんて使い方次第でどうにでもなる。どんなスキルを授かろうとそれで人生を支配されていいはずがない。
それをこの世界に証明してやる。
それが俺が定めたこの人生の使い方だ。
さあ、かませ犬になってもらうぜヒルシュタイン!
「もういい。ハズレの薄い時間に僕を付き合わせるな」
「そうだな。始めようか」
互いに剣を抜いたのを合図に審判が宣言する。
「それでは……勝負!」
ヒルシュタインは動かない。格下と見る相手に自分から仕掛けることはないのだろう。
俺は左手を伸ばし、短く呪文を詠唱し魔法を発動させる。
「ファイヤーボール」
手のひらから生まれた火球がゆっくりとヒルシュタインに向かって飛んでいく。
「ショボ!」
「なんだこれは!?」
「いやいや、努力スキルだぜ。10年くらい必死に頑張ってここまでたどりつけたんだ、あまり笑ってやるなよ……ぷっ」
「ふんっ」
ヒルシュタインが剣をふれば火球がかきけされる。
「なんだこれは。僕を侮辱しているのか」
冷ややかなヤツに向けて俺は次の魔法を発動させた。
「驚くのはこれからだぜ。アイスジャベリン!」
続いて生み出した氷の槍。同時に浮力を失い落下しようとするそいつをつかんで投げた。
「どうだ!」
「なにがしたい」
わずかに身を横にしてよけるヒルシュタイン。
「俺の授かった努力スキルがいかにチートかってことさ。このスキルはな、たしかにあらゆるものに努力が必要となるが、代わりに努力さえすれば習得できるというメリットがあるんだ」
「ふん、複数の魔法系統を身につけたと得意げだが、くだらんな。僕が火魔法スキル以外に手を出さないのは効率が悪すぎるからにすぎん。天与スキルを持つ僕であって、ようやく火魔法スキルを極めようというのだからな」
そうだ、天与スキルを得た者は普通他の系統を習得しようとはしない。火魔法スキルを得た者が水魔法も、剣術スキルを得た者が槍も、というように。
天与スキルならば面白いように右肩上がりで成長できるのに、常人と変わらぬ習得スピードになる他の系統など手を出すのがバカらしいというわけだ。
一方で努力スキルは最初から補正が入らないのだから、ある意味どの系統をいくつでも選び放題なのだ。
「さらに言えば努力スキルは剣と魔法の両方を好きに選べるんだぜ」
そう、努力スキルには地味にメリットがある。いや、正確には天与スキルには一点だけデメリットがあるのだ。
例えば剣術スキルを授かった場合。筋力の増強に補正が入るが、その代わり魔法の習得が困難になる。
逆に魔法系のスキルを得ていれば魔力量は増大するが、筋肉の付きは悪くなる。
だからどちらかのスキルを得た者はもう一つの道を諦めざるをえないのだ。
努力スキルは一見すると全てにマイナスの補正がついて見えるが、等しく努力が強いられるだけで、剣でも魔法で相反するどちらのスキルでも習得できるのだ。
例えるなら旅に出るようなものだ。電車やバスなら楽に早く目的地につけるが、行き先は決められている。徒歩でとぼとぼと進むしかない努力スキルは代わりに自由に目的地を決められるのだ。
「ああ、そうか、貴様は僕に媚を売っていたのか。ならもっと素直に言いたまえ。つまりは長所はそのまま、短所は互いに打ち消すWスキルの僕こそが最強であるということだ」
ほう。やはりヒルシュタインのWスキルの組み合わせはそこまで都合よくいくものなのか。剣を振るに相応しい筋肉と繊細な魔力操作と魔力量、その両方を可能とする肉体を得ていると。
「もうよい、覆すことのできない差を教えてやる。貴様ごときに魔力を消費するつもりはなかったが、くらえ! フレイムブレス!」
ヒルシュタインの手から生み出された炎。戦闘機のアフターバーナーを思わせる劫火が俺に迫る。
「ぎゃあああ! ご主人ーー!」
「おおおっと、これは苛烈ゥ! カッセル選手がヒルシュタイン選手の繰り出す劫火に包まれましたア! すぐに救護班を…………ええッ!?」
会場の全員が絶句する。ヒルシュタインが叫んだ。
「なっ、なんだそれはあ!」
「不可視の盾さ」
俺が伸ばした左手。そこを起点に炎が四方に散らされていく。あたかも透明な盾があるように。
「なんだと! ばかな……四大魔法それぞれに盾となる魔法はある。だがこんな透明な形状ではない! いや、それにどの属性でも習得は高レベル。こんな外れスキル持ちが習得できるはずがない!」
ヒルシュタインが激昂しながら突っ込んでくる。
「だが剣で攻撃すればあああ!」
「ちっ」
俺はなんとか剣を合わせ迎撃する。ヤツの繰り出すガンガンッと叩きつけるような猛攻、からの引く動きに合わせての不可思議な剣の操作。
俺の剣は絡めとられ、はじきとばされる。
しゅるしゅると回転しながら舞台外へと飛んでいく剣。
「どうだ、これで貴様はもう攻撃は……うおっ」
回転を維持したまま俺の手に戻ってくる剣。その軌道にいたヒルシュタインだが、すんでのところでかわされる。あわよくばと思ったが、さすがは騎士団のNo.2か。
「いまのは何でしょうかアア! 飛ばされたはずの剣が舞い戻ったアア! 剣技ではありません。これも魔法ゥ!? 努力スキルをかかえながらも未知の魔法を使いこなすカッセル選手。今大会まさかのダークホースの登場だあアア!」
「うおおおー、ご主人ー!」
「なんだあの野郎は!?」
ヒルシュタインが端正な顔を歪ませた。
「魔法で生み出した武器ならばともかく、剣を動かすなど…………まさかっ!?……無属性の魔法⁉︎…………失伝された古代文明の魔法、天与の泉からも外れたという今とまったく体系が違う無の属性魔法。努力スキルとは、失われた古代魔法の習得を可能とするのか!」
「ほう、さすが騎士様は物知りでいらっしゃる」
「これは努力スキルに意外な特性かあァ!? たしかに努力スキルは何事にも努力が必要な代わりに努力すればいつかは習得できると言われています。
現在魔法を職業として使う者はほぼ例外なくいずれかの属性魔法のスキル持ち。ですがそれは成長が特定の魔法スキルに固定されてしまうと言い換えられるでしょう! 端から道を閉ざされていた努力スキルだけが失伝魔法への適正を持っていたというのかあア!」
同じ結論に達したらしいアナウンサーが絶叫する。
「さあ、いくぜ!」
「くっ」
いまだ動揺するヒルシュタインに向けて俺は攻勢にでる。
勢いまかせに剣を振る。避けられてもかまわない。そうと決めていれば思い切りよく剣速を上げられる。
それでも余裕ぶりならがらかわしたヤツが、無防備に晒した俺の背中に斬りつける。
それを不可視の盾で防ぐ。
硬直したヒルシュタインに振り返りながら剣を投擲。避けられる。
当然すぐさま戻す剣が騎士団の制服、シミ一つない純白に金の紋章が縫われた肩口を切り裂く。
「このガキがっ……!」
「うわー! ご主人が押してるー! 特訓に付き合わされた私の努力が報われるっすよおー!」
イケる。
仮にも騎士団のN o2、その身体スペックに決めきることができないが、確実に俺が押している。
幾合か剣を交わして、距離をとった俺たち。
「舐めるなハズレスキルがあああ!」
大技を仕掛けてくるか。
緊張を高ぶらせて身構えた瞬間、何かが舞台の上を走った感触。周囲の空気が変わる。全身を包む違和感。
「なんだ……?」
「ビロー・ラッシュ!」
「しまっ!?」
一瞬のスキをつかれて、ヒルシュタインの繰り出す刺突の連撃をくらってしまう。
「ガハッ!……」
地面に倒れ込み強く背中を打つ。腹が熱い。
ぎりぎり後方に身を反らしたのと革の防具が機能して、かろうじて内蔵には届かなかったが腹にいくつか刺傷を受けてしまった。
「おおっと、これはカッセル選手たまらなーい! 先のスタンピードで将軍オークを仕留めたというヒルシュタイン選手の必殺技を食らってしまったああアア!」
「ご主人ーーー!!!」
「ちいっ、仕留めそこなったか」
「何を……した……」
この周囲に漂う不可解な空気はいったい?
「フフフッ、ようやく間に合ったか。まったくあいつら行動が遅いぞ」
ヒルシュタインがチラッと舞台外に目線を送る。
「今、この舞台での魔法の展開を無効化した。ククッ、無属性だろうと何だろうと魔法であることに変わりはない。だったら後は僕の剣術スキルで押しつぶす!」
そこへ脳裏に届くフルットの声。
『ご主人ー! 大丈夫っすかー? いまスタッフがすみっこでオーブを起動させてたっすー! あれでなんか悪さしてるっすね。ようし、私がなぐりこんで……』
『危ないマネをするな。騎士団の仲間じゃなくてスタッフの仕業となると買収されてるってことだ。審判も聞こえないフリをしているしな。もみ消されて終わりだ』
『でもご主人……』
『かまわんさ。それに――――』
「――――何も問題ない」
俺は痛む腹をおさえながら立ち上がる。
「立つことができるとはな。そのしぶとさだけは褒めてやろう」
「努力したからな」
『私がっすよー。毎晩ご主人が寝てから痺れトカゲをお腹に押しつけてた私の努力っす』
腹に触れれば痛みはあるが動くことはできるだろう。努力して鍛え上げた夢のマッスルボディに感謝だ。
「立ち上がりました、カッセル選手! 『努力』スキルは外れではないと! その身でなおも証明をしようと言うのか! さあ、その先を見せてくれエ!」
「外れスキルごときがこれ以上僕を煩わせるな! 見せてやる、剣術スキルの奥義、プラウド・オブ・バック!」
ヒルシュタインが一瞬で距離を詰めてくる。
そのスピードに重ねてヤツの細身のロングソードが伸ばされる。
あたかも銃弾のように迫るその先端。剣を反応させることもできず、鋭い刃が俺の喉元へと突きつけられ――――
「まあ問題ないがな」
「なあっ!?」
先ほどと変わらず、不可視の盾が俺の身を守る。
「ばかな!? ……魔法は消されて…………キサマは無魔法を使っていたのでは!?」
「さあな」
あいにくと俺は無魔法なんて使えないんでね。失われし古代の魔法。天与スキルにも現れないものをどうやって習得したっていうんだ?
まあ、そう思わせるように誘導はしたがな。
――――7歳で辺境に追放された俺は人生の目標を「努力スキルを抱えた自分が最強になる」と定めた。
そして現代知識チートで周囲を殴りつけて足場を固め、修行生活に入った。
その時に最初に捨てたのが剣と魔法への憧れだ。
せっかくファンタジー世界に転生したのだから剣と魔法に惹かれる気持ちはもちろんあったし、最低限の嗜み程度には身につけもした。
だが俺が目指した最強の地位。そこに至るためには剣と魔法を専門に選ぶことはできなかった。なぜならどちらの技術もすでにこの世界で研究が進んでいる。
現代知識を応用すれば多少の有利はあるかもしれなかったが、10年修行して人並みでは高位の剣士と魔道士には絶対に勝つことはできない。
必要なのは他の誰とも違う、オンリーワンの力。
俺はまず自分のスキルの検証にとりかかった。
授かる者も極める者も少ないこのスキルで、わずかに知られているその特性。
『全ての技術の習得に人の10倍の努力が必要になるが、努力を続ければどんな技術でもいつかは習得できる』
このどんな技術でも、とはどこまでの範囲なのかと。
まず試したのは筋トレだ。
それは電気刺激を肉体に加えることで筋肉の収縮を人工的におこし、トレーニングへと代える手法。雑誌裏の広告でよく見たやつだ。
辺境に生息していたシッポに電気を発生させる痺れトカゲを身体に当ててみると…………
前世の俺にはさっぱり効果のなかった(※1)筋肉増強効果を示したのだ。
『めっちゃ努力したっす。最初の半年は検証だっていって右モモにひたすら痺れトカゲを押し当てて。効果でたら10年間毎晩全身にっすからね』
これで俺は努力スキルとは「どんな形であれ、それが間違っていようと怪しかろうと、努力さえすれば僅かながら報いてくれるスキル」だと仮定した。
ならばやるべきこと。俺が身につけるべき技術、オンリーワンの力、それは『超能力』だ。
念動力・物体操作・精神感応・瞬間転移・予知・透視…………
誰もが一度は憧れ、自分がそれを手に入れたときの姿を想像したことがある夢の力。
幸いにも努力の方向性は分かっている。
前世では小学生のころから超能力を身につけるために怪しげなオカルトグッズに飛びついたし、超能力を開発するというゲームをひたすらやりこんだ。
親兄弟には『無駄な努力』とバカにされたし、結局は事故で人生を終了するまで発動することはなかったが。
だが今世の俺には努力スキルがある。
目当ての数が出るようにサイコロをひたすら振るい続けた。
『つらかった。あれをひたすら記録するのはつらかったっす』
日に数十回のスプーン曲げ。
『もうスプーンくらいなら自分たちで治せるくらいに鍛冶スキルが身についたっすよね』
ESPカードを自作してのテレパシーと予知の訓練。
『それが一番つらかったっす。これはご主人と二人組だったからまったくサボれなかったっす』
仮にそれをPSY値と呼ぼう。超能力が発現するのに必要な経験値。きっとそれはほんの僅かな数値だろう。だが0ではない。たとえ1/10にされていようと、一歩一歩進んでいるのだ。
そして10年間のひたむきな努力によって、ついに俺は超能力に覚醒した。
むろん1/10の扱いなのだから限界はある。
念動力は対象までの距離が短く、攻撃手段ではなく防御手段としてしか使えない。
物体操作は愛剣のような日頃使い慣れた物にしか作用しない。
精神感応は不思議と従者であるフルットとしかつながらない。
瞬間転移・予知・透視に至っては未だにただの一度も成功していない。
だがこの力は魔法ではない、武芸ではない。
つまり例え両方のスキルを極めた目の前の相手、Wスキルの騎士ヒルシュタインでも対処できない力。
――――――― さあ、いくぜヒルシュタイン!
俺は攻撃を再開する。
「くっ!」
「いっけー! ご主人ー!」
「おおっと、カッセル選手止まらなーい! 未知の技術でヒルシュタイン選手を追い詰めていくゥ! あの貴公子ヒルシュタインが防戦一方だア! これは、まさかの番狂わせかアア!!」
魔法を封じたことで窮地に追い込まれたのはヤツ自身。遠距離中距離からの攻撃と牽制の手段を自ら放棄してくれたのだ。
ここで決める!
――――コロン、と何かが足元に転がった。
黒紫色の禍々しささえある球体。表明に刻まれた赤い紋様が血管のように脈打っている。
なんだ……これは?
「はっ!」
顔を上げればヒルシュタインが後方へ大きく跳んでいる。その口をゆがませた顔に浮かぶのは侮蔑と嘲笑。
「まさか!?――――」
爆音と衝撃。
気づけば俺はまたも地面に倒れていた。
身体に傷は……ない。だが全身が熱病に侵されたような感触。身じろぎすらまともに出来ない。
「がっ、ああっ……」
あの野郎、何かの魔道具、呪具の類を使いやがった……
「何ということでしょうか! ヒルシュタイン選手がルール違反の魔道具を使用しましたア! これは失格です!」
ヒルシュタインが声を張り上げる。
「会場の諸君! 今のはやつが魔道具で自爆したのだ! 考えてみてくれ、外れスキルがあんな高度な技術を身につけられるはずがないだろう! これまで見せてきた技も盾や剣に細工がしてあったに違いない!」
「その通りだぜ! 外れスキルがこんな強いハズがねえよ!」
「ヒルシュタイン様! その卑怯者に正義の鉄槌を!」
「外れもんが調子こきやがって!」
「ヒルシュタイン選手! あなたに騎士の誇りはないのですかア!」
「はっ、ハハハ! 聞こえたか外れスキルが! 会場のほとんどは僕の味方だ。そうさ、外れスキルが勝つなんて誰も望んじゃいないんだよ! これが世界の正しい姿だ!」
ヒルシュタインが嘘をならべたてるが動くことも言い返すこともできない。
そんな、ここで終わってしまうのか……
ヤバイ……意識が遠くなっていく……
フルットの声が聞こえる。遠くから語りかけるような、どこか安らぎを与えてくれる声が。
『ご主人……立ってください…………ご主人は強い人っす。10年前、種族固有スキルの『獣化』を授かれなかった私が一族に殺されそうになってたとき、皆の前に立ちふさがって私を救ってくれたときから、ご主人は私にとって最強なんっす。
不良品の私に、そんなものは努力しだいでどうにでもなるって言ってくれたっす。あの力強い言葉で私は立ち上がれたんです。
カッセル様……
あの頃からあんなに強かったご主人が、ずっと努力を重ねてきたっすよ。今はもう最強に最強に決まってるっす。こんな卑怯者に負けるはずがないっす。
だから……立ってください! 私のご主人は最強だって皆にも見せてくださいっす!!」
その言葉にカチリと何かが噛み合う音が聞こえた。パズルの最後のピースがはめ込まれた感触。
ああ……そうか……
視界にヒルシュタインの顔が入る。こちらを見下ろす表情はさらに醜悪にゆがんでいる。
「僕をコケにした罪だ、キサマはうっかり殺してしまうことにしよう。なに、観客も望んでいることだ。これは正義だよ……」
ゆっくりと剣を振り上げ、俺の首を一刺しにしようとするヒルシュタイン。
俺はヤツの肩をつかみこちらを振り向かせる。
「えっ!? …………ぶぎゃっ!?」
その顔面に拳を叩きつける。ヒルシュタインはゴロゴロと舞台上を転がった。
「これはカッセル選手! 倒れた姿勢から一瞬でヒルシュタイン選手の背後に回り込みましたア! その動きはまったく見えませんでしたア! これが、これこそが外れと蔑まされてきた努力スキルが見せる境地なのかあアア!」
俺は自分の拳を見つめる。
明らかにいつもより力がみなぎっている。
全身を縛り付けていた熱と痺れはすでに消え去っている。
「ご主人ー! カッセル様ー!」
『なあフルット。お前、いつも俺に語りかけてくれていたか? さっきみたいに俺が最強だと、そう信じてると言ってくれていたのか?』
あの声、あの感触。覚えがある。
あれは俺が寝床で薄っすらと包まれていた心地よさ。
毎晩フルットに施術してもらっていた痺れトカゲを使った筋トレの時だ。
いつもフルットはぶつくさと文句ばかり言っているが、俺が眠りに入る辺りから声が和らぎ、そっとささやくような、何か語りかけてくる、あの声調だ。
恥ずかしくて触れたことはなかったが、まるで子守唄のような安らぎを感じていた。
『えっ、あっ、ハイっす。いつもご主人が寝てからの筋トレタイムの時に。むかし豹人族の言葉を覚えたいからって、私に話しかけてくれって言ってたっすよね? さいみん学習するからって』
そう言えばそうだった。あまり使う機会はなかったが、たしかにいつの間にかカタコトながら豹人族の言葉が使えるようになっていたのだ。
努力スキルは睡眠学習をも可能にするのだ。
その延長でフルットが知らずに俺が最強であるとの暗示をかけてくれていたのだ。
いやこれはアレだな。雑誌裏の広告にあったサブリミナル手法を用いて潜在能力を開放するとか、不良に勝てるようになるとか謳っていた怪しげなカセットテープのヤツだ。
お年玉はたいたのにまったく効かなかったがな。
『ありがとうなフルット。お前の努力、無駄にはしない』
フルットが俺が最強になると信じてくれたことで俺は潜在能力を開放することができた。
フルットの語りかけが俺の努力スキルと結びつき、俺は覚醒モードを会得したのだ。
そう、内なる波動が芽生え、チャクラが開き、第六感に目覚めた。そのおかげで攻撃力が増大し、今まで一度も成功しなかった瞬間転移も使えるようになったのだ。
『あれ、待つっす。じゃあじゃあご主人、いま特定の異性を前にしてドキドキしないっすか?』
『なんだ突然。ああ、あのアナウンサー、メガネの知的美人って感じで結構いいなとは思ったな』
『あの人けっこう年いってる感じっすよ。あっれー? おかしいっすよ。さぶりみなるとか、洗脳とか、あんなに毎晩頑張ったっすよ。全然効果ないじゃないっすか! あんなに努力したのにー?』
『ええっ!? 何を言ってるんだお前は。そんなことより――――』
炎の竜巻が俺を中心に立ち上った。
「ハハハハハッ! どうだ外れスキルがあ! これが火魔法の境地、ブレイz――――ぶごあっ!?」
俺は瞬間転移でヒルシュタインの眼前に跳ぶなり、やつの顔面に蹴りを入れる。
ズザァと地面を滑りながら舞台端にまでとんでいくヒルシュタイン。
俺は足元に落ちている剣を拾い上げる。一目で高級品と分かる刃の鋭さと重量感。
「たしか俺の剣には小細工がしてあるって言ってたな。じゃあお前のを借りるぞ」
いいだろう、お前は最高の技で終わらせてやる。
予感がある。
今なら出せる。身体の内側から解き放てと叫んでいる。
この世界に生まれて立ち上がれるようになってからずっと。
剣への憧れは捨てたと言いつつ、これだけは諦めきれずに鍛錬を続けた技。
いや、違う。
その努力は前世から。
それは地球では無駄な努力と言われた。だがきっとその努力は経験値として魂に刻まれていたのだ。
その二つの人生で積み重ねた努力が、いまここに結実する。
俺は剣を構え、腰を落とす。
「そんなところから何をするつもりだあ! そのふざけた姿勢で何ができるう!」
いくぞ。
俺は魂の叫びと共に最高の技を繰り出す。
「アバ○ストラーッッシュ!!!!」
俺の闘気が剣にのって放出される。剣筋をなぞってまっすぐにヒルシュタインに向けてとんだ斬撃がやつを吹き飛ばした。
「うごああああぁー!」
ヒルシュタインは場外へと飛ばされ、勢いのままにぶつかった壁が穴を開けた。
「えっ……」
会場が一瞬で静まり、壁の破片が落ちる音だけがコツンと小さく響く。
「勝者はカッセル選手ゥウウウ!! 奇跡! 奇跡が起きましたァ! 外れスキルと誰もが思っていた『努力』のスキルを抱えた無名選手がWスキルの優勝候補を見事にくだしました! 我々は今! 歴史が変わる瞬間を目撃したあアアア!!!!」
アナウンサーが叫ぶが、観客はまだ目の前の現実が理解できないとばかりに呆気にとられている。
俺はかまわずにまっすぐに拳を天に突き出した。
努力スキルは外れスキルではないと。いや、スキルなんかに支配されるなと世界に証明した勝利の宣言を。
「『ごしゅ……ご主人、ふあっ……ふあああ―――やったっす、やったっすよおお!!』」
****
「うまいっす、うまいっす」
大会の終了後、俺たちは高級焼き肉店にて祝杯をあげていた。
そう、俺は一回戦の勢いのまま優勝を果たしたのだ。
さすがに覚醒状態はそう長いあいだ維持できるものではないが、ここぞと言う時の切り札、選択肢が増えたのだ。俺が優勝するのは当然のことだ。
「もごっ、もふっ」
「落ち着いて食え、フルット」
「ぷはっ…………あっ、店員さん。こんどは王オークのロースをお願いするっす」
調子にのって最上級の肉を注文しだす従者。
だが、まあいいか。どうせ大会の優勝賞金なんてさっさと豪遊して使いきるつもりだ。
大会の主催者からは嫌々ながらに渡された賞金だ。
観客たちも次々と格上を倒していく俺にブーイングを浴びせてきた。
無理もない。彼らにすれば外れスキルは蔑視の対象。そんな男が自分たちの常識を脅かすのが怖くなったのだろう。
予想してたことだし、ケチのついた金も焼き肉に変わってしまえば罪はない。
それに俺が伝えたい者にはちゃんと伝わっていたはずだ。
周囲の罵声に負けまいと必死に俺の名を連呼していた幾割かの観客たち。
舞台裏で泣きながら『ありがとうっ! ありがとうっ!』と俺の手を握りしめて離さなかったアナウンサー。
幼な子の手を引いてきて、俺に我が子へ祝福の抱擁を与えてくれと願った母親。
ボロ服を身に纏いながらも、それだけは色鮮やかな一輪の花を差し出してきた物乞いの老人。
彼女らの詳しい事情は知らん。だが俺がその常識をぶち壊したのは間違いないだろう。
俺はこのまま最強への道を突き進み、世間の常識を壊しつづけるだけだ。
「ぷはぁ。ふぁー、食ったっすよお」
「えっ、俺の分の王オークは?」
「ダンジョン産のミノなら残ってるっすよ」
「よこせ」
まったく。と、このミノタウロス。完全に牛肉だな。
「それでご主人、これからどうするっすか? それこそ仕官の誘いもあったんすよね?」
「ああ、貴族や商家から用心棒としてな。当然ながら幾ら積まれようと最強の座をえる俺はそんな誘いにのってる暇はないがな」
「っすよねえ。はあ……また貧乏生活かあ。ご主人、もうちょい肉のお代わりしてもいいっすか?」
「もうさすがに腹に入らんだろ」
「努力っす」
俺はフルットからメニューを取り上げてから言った。
「次は冒険者として名を上げていくつもりだ。少しギルドを覗いてみた感じでは東の方で暴れているというドラゴン退治か、西の海で船の運行を邪魔するという謎の巨大生物の調査か。まずはそのあたりだな」
「それって明らかにAランク依頼じゃないっすかー。危険すぎるっすよお」
情けない顔をして怯えるフルット。俺はそんな従者を安心させてやる。
「なに、心配するな。俺たちならできるさ。なぜなら――――努力は必ず報われるからだ!」
外れスキル『努力』はひらめき一つででチートへと昇華する! 『完』
(※1)個人の感想です。効果を否定するものではありません。
※ブクマや評価ポイント、誤字修正、ありがとうございました。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
外れスキルが実は最強だったというなろう小説の魅力の一つに挑戦してみました。いかがだったでしょうか。
作者は今後もこのようななろうテンプレに則った短編を書いていく予定です。
それが100パーティー分集まったら「スーパーなろう大戦」を開こうという展望です。
(本作は元々そこでのライバルパーティーとして設定されています)
今現在は7パーティー(7作品)分。
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本作が楽しめたという方はぜひそちらの作品も読んでみてください。