お金はパワー
自分は果物に詳しい訳ではない。なので、物を買うにあたって当然の事をしようと思った。
「この果物って名前はなんて言うんですか?」
「知らないのかい? 『リンゴ』だよ。変わった品種じゃないんだけどねえ」
店主のおばさんこと通称『お姉さん』が首をかしげながら不思議そうにこちらを見る。リンゴのような果物の名前が『リンゴ』だなんて、偶然なのか分からないが、覚えやすくてありがたい。
「このリンゴはいつ採れたの?」
「おとといだよ。隣村から、朝採れた物を馬車をかっ飛ばして運んでるから、かなり新鮮なんだよ」
「へえ~。すごいね。美味しいわけだ」
フウの感心した声にお姉さんは胸を張っている。
「うちの馬は鍛え方が違うからね」
隣村がどのくらいの距離にあるか分からないが、採取から二日経っているというのは、あまり採れたてという感じがしないのは転移前の世界の物流がいかに異常だったかが分かる。
「これを買ったらフウの家にいつ届きますか?」
「うちは早いからね。明後日の朝には届けるよ」
「この樽に入ったリンゴを?」
「もちろん。これ以外に何があるの?」
これで納得がいった。採取から四日経っていれば味は変化してしまうのは当然だろう。
「これじゃなくて、明日の朝採れた物を売ってくれないか?」
そうすれば今と同じような味を楽しめるはずだ。輸送日数的にもほぼ変わらない。
「それは無理」
「ありがとうございま……えっ!?なんで!?」
まさかの拒絶にビックリしてしまった。買うと言っているのに断る理由がどこにあるのか。
「これじゃあないとねえ……」
と、リンゴが詰まった樽を軽く叩く。
「いや、これだと届くころには傷んでしまうのです」
「う~ん、でも今販売しているのはこの商品だし、これを売り残して明日のリンゴを売ってきたらリンゴ園の人達に怒られてしまうよ」
そういうシガラミがあるのか。面倒な交渉になりそうだ。
チラリとフウの方を見ると、今だに一つのリンゴを愛おしそうに食べている。本当に好きなのだろう。家で美味しいリンゴが食べられたらどんなに喜ぶだろうか。
「分かりました。今売っている樽と、明日採れるリンゴが入った樽をください。それなら良いですよね?」
その言葉を聞くと、お姉さんの曇っていた表情が一瞬で明るくなった。
「もちろん!それならいいですよ!毎度有り~」
腐ってしまう部分については諦めよう。湯水のようにお金がある今だからこそ使える交渉術かもしれない。実質交渉負けをしている感も否めないが、お金こそパワーだ。
「え?リンゴ買ったの?腐らないもの買えるの!?」
「話をしたら売ってくれるって」
「すごい!!あまり知らない商人さんだし、そんな事、わたしだったら緊張して言えなかった」
「話すの苦手そうだしな。リンゴ、楽しみにしようぜ」
「うん!!」
あどけない笑顔が眩しい。あとは良い物が届くのを祈るのみだ。せっかくの笑顔をkonozamaで台無しになって欲しくはない。届くまでがお買い物だ。
おれ達はその後も買い物を楽しみ、日が落ちる前に帰路についたのだった。