夜間受付
東部支所の夜間受付には、濡れた靴を乾かすための新聞紙が常備されていた。篠原澪が配属されて初めての雨の夜、その新聞紙は午前零時までに三度取り替えられた。
「三階の廊下を裸足の子供が歩くんです」
江東区の集合住宅から来た電話は、それだけなら悪戯にも聞こえた。だが管理人の女性は、足音のする場所と時刻を毎晩記録していた。雨量が多い夜ほど、音は階段の下へ近づくという。
先輩の三崎は通報票の『児童の目撃』欄に印をつけなかった。「見たとは言われていない。音を聞いたんだ」。澪は言い直した報告を端末へ入力した。
協会の車は地味な白い軽ワゴンだった。後部座席には結界の杭と救急箱、工事用ヘルメットが積まれている。護符の箱だけが古い桐製で、蓋の隅に京都の工房の焼印があった。
道すがら三崎は、建物に住む人間を最初に確認するよう命じた。「相手を決めてから入ると、住人を怪異扱いする」。澪はその言葉をメモした。
現地には消防車も警察車両もなかった。管理人が階段の明かりをすべて点け、住民を近くの集会所に移していたからだ。誰かが紙コップへ温かいお茶を注いでいる。
出発前、澪は受付電話を別の職員へ引き継いだ。もし現場から連絡が途絶えた場合に備え、予定の帰着時間も記す。井波は控えの紙へ車両番号を書き足した。新人には細かすぎる作業に思えたが、三崎が何も言わず待っているのを見て、澪は最後まで丁寧に確認した。
「あと二部屋だけ、連絡が取れないんです」
澪が台帳を受け取ると、上の階で水を吸った小さな足音がした。階段は乾いていた。三崎は護符を抜かず、まず管理人から合鍵を借りた。




