不協和音
手渡された瓶からは、微かに温もりが伝わってくる。脈打つように揺れる淡い光は、まるで小さな生き物のようだった。
私は、その光に目が奪われる。不意に視線を感じて顔を上げると、あの小さな存在がこちらをじっと見つめていた。
どこか誇らしげにけれど気取った様子で、わずかに口元を緩める。
「……いいかしら、よく聞きなさい。わたくしはルル・メルディア――聖なる妖精、クリスタリアよ。」
額の宝石がきらりと赤く煌めき、ニヤリと謎めいた笑みを浮かべる。
問い詰めたいほど、疑問は浮かぶ。だが、何から聞けばいいか分からず言葉に詰まる。
昨夜見た影だけじゃない。ルルやアルセリウムの事も――聞きたい事が多すぎる。
「あら、質問はないの?ずいぶん大人しいのね。てっきり問い詰められるのかと思っていたのだけど。」
からかうような声音に、わずかに眉をひそめる。言いたいことは山ほどあるのに、言葉が追いつかない。
「えっと……じゃあ1つだけ。」
ようやく絞り出した声は、思っていたよりも弱かった。
「この……アルセリウムって何なの?」
手の中にある瓶に視線を向ける、淡く揺れる光が不思議なほど静かに脈打っていた。
ルルは一瞬だけ目を細めると、小さく息を吐いた。
「……いい質問ね。賞賛に値するわ。」
大袈裟に感じるその言葉は、彼女なりの褒め言葉なのだろう。空中でくるりと回ったあと、手の中にある瓶に小さな両手が触れる。
「それは、神器なのよ。」
あまりにもあっさりと告げられた言葉に、唖然する。
「神器……?」
次々と聞き慣れない単語が並び、頭がパンクしそうになる。ルルにとって当たり前の事かもしれない。けれど私は、ただの人間だ。そう簡単受け入れられるはずがない。
「そう。貴方の魔力と感情を動力源にしているの。」
その言葉に、胸の奥がわずかにざわついた。
「私の……感情?」
話に没頭し、思わず聞き返す。ルルは、くすりと小さく笑い、当然のように答える。
「ええ、喜びや希望も――だけれど、最も強い力に変わるのは負の感情ね。」
赤い瞳が、じっとこちらを見つめる。
ぞくりと背筋に冷たいものが走る。
「だからこそ、憎しみを力に変えるのは……おすすめできないわね。」
ルルは興味深そうに視線を巡らせ、部屋の隅々まで観察している。
「なら、光が弱まっているのは……」
言いかけた言葉を飲み込むように息を詰める。
「当然じゃないかしら、貴方の魔力から、わたくしを生み出したのだから」
――ルルは、あの時。
“普通、アルセリウムに一定量の魔力を注ぎ込むと生み出されるもの”だと言っていた。
魔力は、ずっとあるものではない。いつか尽きてしまうものだとしたら――その時が来たとき、私はどうなってしまうだろう。
それとも、時が経てばまた元に戻るのだろうか。どうすれば、魔力を取り戻すことができるのだろうか。
「魔力が尽きてしまったら……どうなるの?」
不安を押し殺すように、恐る恐る口を開く。
「さあね。どうなるのかしら?」
ルルは意地悪そうに笑みを浮かべ、はぐらかす。
「そんなこと……どうでもいいわ――それより、わたくしは外の世界に行ってみたいのよ。」
「何せ、ようやく貴方の体から出てこれたのだから。」
まるで他人事のように受け流す、そんな言葉に思わず言葉を失う。
そのとき、ふと――あのニュースを思い出した。
「……そういえば、今朝のニュースでこんなのやってたの。」
「何か関係あったり……する?」
ルルに今朝見たニュースを見せると、まるで怖いものを見たかのように、表情がわずかにこわばった。
「……きっと――奴らの仕業ね。」
先ほどまでの余裕がある姿は、もう何処にもない。
「急ぐわよ。最近の情報が分かる場所はないのかしら?」
私は戸惑いつつも、言葉を返す。
「えっと、図書館なら近くにある……けど」
ルルは聞いた途端、弾かれたように家を飛び出してしまった。私は、その後を慌てて追いかける。
図書館に着くと、顔を真っ赤にして扉を押しているルルを見つけた。
よく見ると、その小さな身体では扉が重くて開けられないみたいだった。
「……開きなさいよ」
小さな声で、腹立たしげに何かを呟いている。
代わりに扉を引いて開ける。その時、頬を赤く染めたルルの顔が一瞬見えた気がした。
最近の事件が載ったすべての新聞を一緒に読み漁った。
「……失踪に誘拐それと、自殺に殺害そして心中。これが最近起きた事件ね。」
「でも、共通点は無さそうだけど……」
紙面をめくる手が、わずかに止まる。
「……そうかしら?わたくしは、明確だと思うけれど。」
鋭く睨みをきかせ、怒気の含んだ声で呟く。
「どれも、理由がはっきりしないのよ」
「……理由?」
「ええ、どの事件も犯行動機が曖昧すぎるのよ」
指先で記事の1つをなぞる。
「『突然だった』『気づいたらやっていた』『覚えていない』――」
淡々と読み上げられる言葉に、背筋が冷たくなる。
「まるで……自分の意思じゃないみたいにね」
ぞくり、と嫌な感覚が胸の奥を掠めた。
「じゃあ……みんな、誰かに操られてるってこと?」
思わず口に出してしまう。粛然とした図書館にその言葉だけが響き渡る。
ルルは一度顔を上げる。赤い瞳を三日月のように細め、小さく笑った。
「さあ、どうかしらね。でも――少なくとも普通じゃないわ」
その言葉が、やけに重く響いた。
その瞬間――柱時計の音が空間に響く鐘のように低く重たく鳴り響いた。静まり返った空間に、その音だけがやけに大きく響いた。
図書館で調べ始めてから、1時間も経過していたらしい。夢中になっていて、気づきもしなかった。
図書館に次々と人が、入ってくる。まだ、調べたいことはある。それでも――他の人にルルを見られるリスクを避けたい。やむを得ず、ルルを連れて人の少ない図書館の隅へ急いで移動する。
その時――不意に誰かとぶつかった。同時にフローラルな香水の匂いがほのかに漂った。
黒髪の良く映える白い肌に、白いシャツ、紺色のジャンパースカート、胸元には赤いリボンを結んだ女の子。
どうやら近くにある中学校の生徒のようだ。
「ご、ごめんなさい……!」
綺麗なフランス人形と間違えてしまいそうなほどに綺麗だ。見惚れてしまっている私に向かって何度も謝っていた。しかし私の声は耳に届いていなかった。
「……お姉さん大丈夫ですか?」
心配そうに顔を覗き込まれ、ようやく現実に引き戻される。
「……ええ、大丈夫。ごめんなさい、少し急いでいるの。」
その瞬間――彼女からの視線が僅かに、ルルの方へ向いた気がした。胸の奥が、ひやりと冷たくなる。
小走りで人のいない場所へと移動する。
「……何なのかしら?ちょっと、離しなさいよ」
突然の行動にルルは少し腹を立てているようだった。
「人に見つかったらどうするの!」
焦りが強くなり、思わず声が荒くなる。
「どうにかして、見つからないように帰らないと」
焦る私を見て、呆れたようにため息をつく。
「……人は普通、魔力を持たないって話したかしら?」
「わたくしの姿は、魔力を持つ者にしか見えないのよ。」
思いもよらない言葉で頭が真っ白になる。
「……なら、良かった。でも、先に教えてよ」
安心感が溢れ、胸を撫で下ろした――その時。
背後に、気配を感じる。
ゆっくりと振り返ると――先ほどの少女が立っていた。
遠くから見つめている。
しかし、その瞳は確かにルルを捉えていた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
今回の章では、世界の違和感や事件の裏側を描きました。
ここから物語が大きく動いていく予定なので、楽しんでいただけたら嬉しいです。




