第二話 PMは大手競合と並走する
「いらっしゃいませ! 冒険者ギルド、アステリスク支部へようこそ!」
立て付けの悪い扉を開けた瞬間、飛び込んできたのは爽やかな声だった。
声の主は、正面のカウンター向こうで満面の笑みを浮かべる女性職員。淡い水色の髪を、三つ編みでおさげに纏めた目鼻立ちの整った女性だ。
縁のない眼鏡の奥では、知性的な瞳が輝いている。だが、その下には薄らと張りついたようなクマが見てとれた。記憶の中でサーバールームで徹夜で作業をしていた、作業員を想起させる。
(ヨシダ様、書類は既に揃えてます。ここは地方支部なので、登録料は一人あたり銀貨二枚です)
肩のピットが、俺の脳裏に語りかける。
俺は頷きだけをピットに返すと、つかつかと女性職員に近付き、準備しておいた書類と銀貨をカウンターの上に差し出した。
「ギルドへの登録手続きを頼む。俺と…」
入り口の方でうろうろとあちこち物色しているフネを親指で指差し、ため息混じりに言葉を続けた。
「……あれの二人分で、登録料の銀貨四枚と、必要書類だ。不備があれば言ってくれ」
「新人冒険者さんですね。でしたら銀貨が一人二枚と……って、あ、もう揃ってる!?」
一拍遅れて、水色髪の職員は目を白黒させた。職員の名札を見ると『アニカ』と書かれている。
「一応記載ミスはないはずだが、アニカさんも目を通してもらえると助かる」
「え、あ、はい。確認させてもらいます……」
アニカはテーブルの上に置かれた書類を手にして、眼鏡の奥の双眸を細めた。
無駄に重複する記載、意図が不透明な入力項目。冗長なばかりで、やたらと長ったらしい書類だったので、確認する方も大変だろう。
俺だったらフォーマットを修正して、半分以下に最適化してるところだが、郷に入りては郷に従え。わざわざ指摘するような無粋な真似はしない。
「完璧です!これなんて、間違いがないケースの方が少ないというか……大体皆さんこの書類で、一日はここで過ごして、提出まで付きっきりで私が面倒見ることが多いのに」
「確かに間違ってたら、ギルドの中央ではねられるから大変だろうな。ご苦労なことだ」
俺は言ってから、失言だと頭を掻いた。ギルドにも所属していない者が、書類の組織内の手続きに精通しているわけがない。
「そうそう。そうなんですよ!分かってくれますかーー!」
しかしアニカは、書類から顔をがばっと上げると嬉しそうに俺の手を両手で握った。
頬を赤らめて、きらきらと見つめてくる眼差しは眩しいが、どこか疲れを感じさせる。目の下のクマといい、人手不足か業務過多か、あるいは両方か。
「あ、ごめんなさい。私ったらつい」
アニカは握りっ放しだったことに気が付いて、慌てて手を離す。挙動がいちいち騒がしい人だ。
「いや、大丈夫。書類確認の後は、簡単な筆記と実技があるんだろう?アニカさん以外の職員が対応してくれるのか?」
「……よくご存知ですね。もう驚きませんけど。ちなみにこのギルドでは、私が試験官も兼ねてます!」
筆記試験は簡単かつ短かった。
最低限の冒険に関する知識を図るものだろう。なお、試験内容はピットからすでに入手済みだったので、レベル的にはITパスポートにも届かないといったところだ。新人エンジニアでも少し頑張れば、易々とパスできる。
俺はアニカから渡された試験用紙十枚ほどを、ほぼ問題を見た瞬間に答えを書き込んでいく。
(オサム様、この試験。解答が誤っている、または問題自体が間違っているものが数問ありますが、指摘は良いのですか?)
肩からするするとピットが降りてきて、手元で小首を傾げて俺を見上げた。見た目は完全にハムスターだな。
(構わないよ。PMPの試験だって、解答しても意味がない問題が必ず何割かは混じっていた。よくある話だ。こっちは意図せず、間違ってるみたいだけどな)
俺はピットを手の平で軽く払いのけながら、ほとんど条件反射で回答を埋めていく。どうせ全部頭に入ってる設問だ。それ自体が間違っていようが、なかろうが、特に支障はない。
「オサムさん、ちゃんと考えて回答してます?」
唖然とした面持ちで、アニカは俺が回答を埋める様子を、じっと疑わしそうに見つめていた。試験官が顔のほぼ真横で張り付きながら、じっと見てくるのには少し参ったが、俺は全てを埋め尽くすと彼女に回答用紙を手渡す。
「もちろん、考えてるよ。まぁ、大体は当たり前の一般常識に毛が生えた程度だ。大した問題では……」
「あーーーーーー!もう!わっけわかんない!」
俺の言葉は、アニカを挟んで隣で受けていたフネの、けたたましい騒音で遮られた。
フネは自慢の髪の毛を掻き毟りながら、苛立ちを隠そうともせずに、喚いている。
ちなみにギルドまでの道すがら、フネには問題も解答も全部一通り叩き込んでいたはずなのだが。
「おい、落ち着け。分からないところは飛ばして、ゆっくりと分かるところだけ解いていけば大丈夫だ」
「ぐぬぬぬ」
俺のアドバイスに、幾分か落ち着きを取り戻したフネを見て、アニカは苦笑いして俺を見つめた。
俺は試験中騒がしくしてすまないと、片手だけで拝むポーズを作り謝罪の意を表明する。もちろん、この世界では通じないかも知れなかったが、幸い意図は通じたようだ。アニカはにっこりと微笑み返してくれたのだった。
実技試験は、いわゆる体力測定だ。
これも事前にピットから、試験の内容自体はヒアリング済み。
模擬刀による剣術の基礎評価と、魔力の測定器を用いた魔術の素養評価である。
なお俺は若返りはしたが、体力は万年帰宅部だったので人並み以下だ。魔力については、ピット曰くこの世界へ転生された際に、若返りと同時にある程度は体内に取り込まれるらしく、人並み程度には備わっているらしい。ただし魔法として発露させるには才能が必要なようで、特別な才能を得てない俺は今のところ魔法とやらは使えない。不便はないが。
だが、この世界に渡った際に超絶強化されたフネは違った。剣術ーーというよりも、膂力自体が化け物である。
「うおりゃーーーー!」
ゴシャッ!
フネの掛け声と、それに続く破壊音。
「きゃあ!的が木っ端微塵に!?」
続けてアニカの悲鳴。
ーーそれに魔力量も、ピットが見立てたところ、この世界で最大の魔力量を誇る竜族や魔族すら凌ぐレベルらしい。
「うーんしょ!」
キンコンキンコン!
フネの手にした魔力測定器のメーターが振り切れ、煙を吹いて警告音を発している。
「あぁあ……この前やっと中央から取り寄せた最新式が……」
アニカが悲痛な顔で、嘆きの声を上げた。
試験終了後、アニカは黒煙を上げ続ける魔力測定器を手にしながら、疲れた様子で俺たちに顔を向けた。それでも笑顔を絶やさないのは、彼女の健気で純粋な性格を表している。
「お二人とも合格です……おめでとうございます!クラスはブロンズからになります。こちらがギルド発行の冒険者カードとなりますので、紛失しないように気をつけてくださいね」
彼女は自分事のように嬉しそうに、俺たち二人に銅色の名刺大のカードを差し出した。
カードを受け取り、俺は胸中でピットに呟く。
(これで俺たちも個人事業主として、共通のプラットフォームに登録されたってことだな。異世界での再就職は合格ってところか)
(その通りです。ヨシダ様。ただこの冒険者登録は一定期間活動をしないと、抹消されるそうなので気を付けてください)
(心得ておこう)
「では、ヨシダさん、フネさん。これから冒険者ギルドの利用方法について、説明しますね!ギルドではまずーー」
アニカが使い古されたマニュアルを片手に、言葉を続ける。
ピットが俺の肩から頭によじ登り、アニカの言葉に被せるように、脳内で語りかけてきた。
(冒険者ギルドについては、規約から運用マニュアルまで全てスキャン済みです。よってここから先は無駄な解説になりますが)
俺の目の前で一生懸命に身振り手振りで説明を始めたアニカを見て、俺はそっとため息を吐いた。AIなら色々こういった機微も学習していってくれるだろう。
「……いや、聞いておこう。新規参画者への先輩からのOJTは、ステークホルダーとの関係性構築という点でも重要だ」
(ヨシダ様、意外と優しいですね。対象:アニカへの好感度向上を今後の思考ロジックへ組み込んでおきます)
アニカの丁寧な説明は少しの間続いた。
だが、ギルドの依頼書が貼り出されている掲示板の前に移動した瞬間、フネが眉間にしわを寄せた。
「ちょっと、アニカちゃん。これ、どういうこと?報酬高い良さげな依頼書には、全部赤字で『真紅の鷹』専用って書かれてるんだけど!」
「あ……それは、その……」
アニカの顔が急に曇り、申し訳なさそうに視線を落とした。
「この支部のギルドマスターが決めたルールで、高報酬、高難度依頼は特定の組織が独占的に攻略することになっているんです……皆さんのようなフリーの冒険者さんには、マーキングされていない依頼しか回せないことになってまして。あ、この薬草採取の依頼とかどうですか?報酬も色がつくように依頼人に掛け合いますから……」
「シャーラップよ、アニカちゃん!」
歯切れ悪く、それでも何とか理解してもらおうと健気に頑張るアニカに、フネはびしっと指を突きつけた。
「私はね。ちゃっちゃと有名になりたいの。ちまちま薬草を引っこ抜く仕事をするために、人生やり直してないの。ってわけで、依頼はこれをもらうから!」
「ダメです! それは『真紅の鷹』が三ヶ月前から受注していて……規約で他の方の介入は禁止されているんです! 無理に受けたら、お二人が処罰されてしまいます……!」
アニカが泣きそうな顔で、フネの腕にすがりつく。
俺は一歩前に出た。
「アニカさん。……この依頼、受注から九十日間、一度も受注者からの進捗レポートが更新されていないようだね?」
「え……? はい、それはそうですけど……」
俺はピットが空中に投影した冒険者ギルド規約の、ある一文をつらつらと読み上げる。
「ギルド規約、第24条。長期停滞案件の並行受注許可規定。受注後九十日以内に進捗十%未満の場合、ギルドは第三者による追加受注を容認可能。この条文、まだ生きていますよね?」
「えっ……? 24条……? えっと、えっと……」
アニカは俺に言われ、慌ててカウンター後ろの本棚から分厚い規約本を取り出した。それからぱらぱらとめくり、指先を止める。
「あ……あった。本当に、あります。でも、これを使うと、マスターや『真紅の鷹』が黙ってはいません!」
「アニカさん」
俺は彼女の目を見て、静かに言った。
「あなたが心配しているのは、俺たちの身の安全ですか? それとも、自分の立場ですか?」
「私……? 私は……お二人に、酷い目に遭ってほしくないだけです!」
「なら、問題ありません。俺たちは正当な手続きで受注を申し出ただけ。あなたはただ、規約通りに判を押せばいい。……迷惑はかけませんから」
アニカはしばらく震えていたが、やがて覚悟を決めたように、顔を上げた。
「……分かりました。ヨシダさんの言う通り、これは規約に基づいた正当な受注です……受理します!」
バンッ、と受付印が依頼書に押された。
「決まりね! さあ行くわよ、オサム! 」
フネが依頼書を掲げて笑う。
俺はアニカに軽く会釈し、背を向けた。
(『真紅の鷹』のこれまでのギルド内の実績、受注から完遂までの期間。後ギルドに請求している必要経費。調べられる範囲で全て情報をトレースしておいてくれ)
俺はピットを肩から下ろし、地面をささっと走り去るサブ端末に指示を出した。




