第一話 PMは独占を憂う
「……助かった。本当、何とお礼を言えばいいか。まさかあの討伐ランクAのサイクロプスを、たった二人で(一人は隠れていただけに見えたが)仕留めてしまうなんて」
ダンジョンの出口付近。助け出した傷だらけの中堅冒険者は、俺――ヨシダ・オサムとフネに向かって、何度も深々と頭を下げていた。
「いいってことだわさ! あたいもでっかいのを相手にスカッと殺らしてもらって、気持ちよかったのだから……だわさ」
フネが聞きようによってはアレなことを言いながら、返り血のついた大剣を無造作に肩に担ぐ。
造形的には可愛らしい部類に入るであろう容姿とのギャップが著しい。
俺はと言えば、立ってでも操作し易い小型のノートパソコン(パーソナル・ターミナル)をそっと閉じ、深いため息をついた。
「お礼なら、その……今回の件は他言無用でお願いします。特に、俺が虚空に向かって叫んでいたあたりは。……できることが増えるとタスクが集中して、残業スパイラルに陥るのが業界の常ですから。この世界でくらい、36協定は遵守したいんですよ、俺」
男は俺の言葉に僅かに眉を顰めた。当然だ。この世界の住人に日本の労働基準法が理解できるはずもない。
「あ、ああ。それは分かったが……あんたたちほどの腕なら、ギルドでも相当上のランクにいるんだろ? シルバー……いや、サイクロプスを易々と倒せるならゴールドクラスとか?」
男の問いに、俺とフネは顔を見合わせた。
「ギルド? クラス?何それ。美味しいの?」
フネがアホな質問を投げる。
「……ギルドを知らんのか? 冒険者の管理から報酬の仲介まで請け負う大陸規模の組織だよ。登録すれば実績に応じてクラスが上がり、受けられる仕事も報酬も増える。冒険者の生活基盤じゃないか」
(なるほど。要するに、フリーランスの仲介プラットフォームみたいなものか。クラスは、クライアントの評価で上がり、実績がつけば受注範囲が拡充する仕組みかな)
俺は脳内で、男の説明を即座に解釈した。
「すみません、俺たちはかなりの遠方から来たばかりの田舎者でして。その手のインフラ事情には疎いんです。この近くにも、そのプラットフォーム……ギルドの支店があるんですか?」
「ああ。ここから一番近い街にあるが……正直、お勧めはせんよ」
男の顔が急に曇った。
「今は宰相の息がかかった『深紅の鷹』という組織が、高報酬の依頼を独占してやがる。俺たちみたいなソロ冒険者は、そのせいでまともな仕事にありつけないんだ。いわゆる高難度で低報酬な依頼だよ。今回も自分のようなブロンズクラスには厳しい依頼だったが、暮らしていくには受けざるを得なかった……だからあんたたちには本当に感謝している」
「市場の独占……癒着と談合の温床ということか」
俺の脳内のPM脳が、ピクリと反応した。
既得権益による市場独占。俺が対応した数々のRFPでも、何度も味わった苦い思い出が過ぎる。初めからただの当て馬だった提案書に、二徹三徹したことなど山ほどある。
……異世界に来てまで胸糞悪い話だ。
「情報感謝します。依頼の報酬は是非あなたの方で受け取ってください。サイクロプス討伐の証跡として、額に埋まっていたこれは、あなたにお渡ししておきます。納品物としては十分かと」
そう言いながら俺は男に、サイクロプスを倒した際に額から削っておいた宝石を手渡す。男は驚きの表情を浮かべながらも、それを受け取り、何度も何度も頭を下げながら通りの向こうに消えていった。
「あーあ。あれキラキラして私のものにしたかったのにー」
「あたいってのと、変な語尾はやめたのか?」
男の背中を見送りながら、俺はフネの残念そうな言葉に冷たく言い放った。
フネは大きめのアーモンド型の双眸を、キラキラと先ほど男に渡した宝石以上に煌めかせながら、胸をバンッと張ってふふんと鼻を鳴らす。
「売れる有名人には、キャラクター付けが大事なのよ!今はそれを模索中ってわけ……だわさ!」
「まぁ、どうでもいいが」
俺が興味なさそうにしても、フネは全く堪えた様子はなかった。俺は気を取り直して、本題に入る。
「さて、フネ。俺たちはとりあえず、ギルドに登録するべきだと思う。さっきの話を聞いた限りだと、近くの街に支部があるらしいが」
「はいはい!賛成賛成!クラスがあるってのが気に入ったわ。手っ取り早く活躍して、超有名人になったりしちゃって!ぐふふ」
今一つキャラが定まらないフネ。
俺は言葉を続けた。
「俺はクラスなんてものに興味はないが。ただその支部はどうやら権力者が仕事を独占している、評判がよろしくないギルドらしい。が、あえて俺は行こうと思う」
「あれ?正義感でも芽生えちゃった?」
フネが可愛らしく小首を傾げて、俺を見上げる。口を閉じてれば、確かに見られる面構えだ。
俺は頭を掻きむしりながら、答えた。
「ーー気持ち悪いんだよ。せっかく異世界まで来たんだ。せめてこっちの世界では、俺の裁量でやり易いよう、やれる環境に変えてやる。ガリバー企業が独占する業界なんて、発展性も将来性もないだろ?つまるところ、こっちの世界で生きていく俺たちにとって、大事なプロセスってことだ」
「うーーん。なんだかよく分からないけど、私もこれ以上歩くのは面倒だから、近くの方がいいわ。それにつべこべ言われたら、実力行使すればいいだけでしょ!」
フネが細い腕に似付かわしくない、血痕が付着した大剣を握り締め、にんまりと笑う。その台詞は完全に悪役側だろうと思いながらも、俺は手早く脳内でピットに指示を飛ばす。
(とりあえず、これから向かうギルド支部の事前情報をスキャンしておいてくれ。加えて入会に必要なプロセスや前提条件等があれば併せて頼む)
(了解です。ヨシダ様。なお、別件ですが、先の会議後に部長に内部レビューを頼んでいたプロジェクトレポートに指摘が3箇所来てますが、こちらは過去ナレッジから対処しておきましょうか?)
「頼んだ」
ピットの返しに文字通り現実に引き戻された感覚に陥り、俺は短く声に出して苦々しく応えた。夜にでも再度修正されたレポートを、見直す必要があるだろう。AIは優秀だが、部長やクライアントにそのまま見せるわけにもいくまい。
ともかく、こうして俺たちは陰謀渦巻くギルド支部へと足を向けることに決めたのだった。或いは、再就職に向けて。




