エピローグ
アステリスク国の被害は甚大だった。
中央区以外は、ほぼ全域で魔物の襲撃により家屋の倒壊や、場所によっては区画ごと更地になってしまったところもある。
だが、龍の加護の復活は予想以上に民衆への影響が強く、復興にあたる人々の顔は一様に明るかった。
フネはすっかり街の人間になじみ、今は片手で凄まじい量の木材を運んで、ガタイの良い大工連中から喝采を浴びている。
俺はそっち方面では役に立てそうもないので、ピットの過去データをARで映し出して、建物の図面や区画の整備の指示出しを手伝っていた。
「ふう」
区切りがいいところまで仕事を終え、俺は大きく伸びをする。
日が頭上に昇り、ちょうどお昼を迎えた頃だった。
毎日デスクワークやテレワークに勤しんでいた日々が、遠い過去のように思えてくる。
「オサム、お昼もらってきたー!」
俺が感慨に耽っていると、通りの向こうからフネが走ってきた。
片手に持った籠には、溢れんばかりの果物やパンなどが飛び出しているのが見える。
国から支給される配給食の量ではないが、それはいつもの光景だった。
彼女はすでにこの国では、龍を鎮めた聖女?として崇められており、道行く人がこぞって彼女の籠に自分の食糧を投げ込むのが日課になっていたからだ。
お供え物的な思考なのだろうか。
「またそんな大量にもらってきて……」
俺は苦言を呈してはみるが、どうせ彼女の胃袋に綺麗に収まるのが分かっているので、それ以上は何も言わない。
ある意味復興のシンボルとして、彼女が皆に活力を与えているとしたら、その対価と理解できなくもない。
「若いっていいよね!いっぱい食べても、全然太らないんだもん!」
「たしかに……な」
俺は近くのベンチに腰を下ろしながら、彼女のお腹あたりに視線を向けて小さく呟いた。
四六時中大量に栄養を摂取している彼女の四肢は、いつ見ても健康的な体型をキープしている。
「あ、変なとこ見ないでよねー!」
彼女が俺の視線に気付き、頬を膨らませた。
「オサム様、心拍数が若干上昇。バイタルチェックを行いましょうか?」
フネの頭上で髪の毛の中から顔を出したピットが、続けざまに意味不明な提案をしてくる。
この自立型AIは、そろそろ初期化しなければならないようだ。
「あ。アーちゃんだ!」
俺がピットのリセットを決意した時、フネが唐突に左手をぶんぶんと振る。
それを合図にベンチに小走りに近付いてきたのは、水色髪のおさげを揺らすギルド職員――アニカだ。
「フーちゃんさん!」
二人は長年連れ添った親友のように双方顔を綻ばせると、ベンチに座る俺の前できゃっきゃと姦しく会話を始める。
俺は変なあだ名で呼び合う二人を眺めながら、先ほどフネからもらったパンをかじっていた。
「怪我は大丈夫なの?そんなに動き回って?」
「全然へーき!むしろ、元気があり余ってるもん。最近じゃ、みんなフネ様がいないと復興が遅れるーって、ひっぱりダコなんだよ」
「さっすが、フーちゃんさんだね」
「前から思ってたけど、ちゃんにさんっておかしくない?」
「だって、呼び捨てだとなんだか気まずいし……」
「あはは。アーちゃんって、ちょっと変だよね!」
「えー。それは心外……」
二人の会話は、放っておくとどこまでも続きそうだった。
だから、俺はパンを食べ終わるとアニカに声をかける。
「アニカさん、何か用があってきたのか?ギルドも今は、大分忙しいだろう?」
「――あっ!」
俺の声に、アニカはくるっと俺の方を振り返って、両手を打った。
「そうでした。お二人に、お伝えしなきゃならないことがあったんです」
彼女はそう言うと、眼鏡の位置を少し直しながら、言葉を続ける。
「今朝ギルド本部へ、追加の支援要請を出すために街道に出たんですが。その時に金髪の大男に声をかけられたんです。最初はびっくりしたんですが、すごく落ち着いた方で、話を聞くとどうもお二人のことを探していたようでした。なぜか街の中までは入ってこれないそうで、その方から伝言を頼まれたんです」
「伝言?」
「日没まで待ってるから早く来い。いせかいじんたち――だそうです。いせかいじんってなんなんですかね?」
自分で口にしながら、不思議な表情で首を傾げるアニカ。
その伝言を聞いて、俺とフネは思わず顔を見合わせた。
間違いなく、ロゴスだ。
彼はあの日、俺たちと二、三言葉を交わすと、すぐにノアール大森林へ飛び立っていってしまった。
それから一度も会っていない。
「ロゴちゃんが、きてるんだ!行こうよ、オサム!」
フネはいてもたってもいられないのか、ベンチに座る俺の手を引っ張って急かす。
俺はほとんど持ち上げられるような状態で、地面を滑るように引きずられた。
「あ、ヨシダさん。今回は色々ありがとうございます!」
引きずられる俺に、アニカが笑顔で礼を言う。
彼女の顔は一番最初にギルドの受付で会った時に比べて、ずいぶん明るくなっていた。
よく見ると、目の下に慢性的にあったクマが消えている。
「ギルド本部から監査が入って、支部のマスターが入れ替わったんです。今のマスターすっごく優秀で、仕事もし易くなったんです。きっと、これってヨシダさんのお陰ですよね!」
「……」
俺は何か言葉を返そうと思ったが、その時にはすでに疾風のように駆けるフネに引っ張られ、アニカの姿は小さくなっていた。
エドワード失脚にあたり、後の様々な調査の中で、ギルドとの癒着が明るみになった話はガウェインから聞いている。
ギルドマスターであったモーロックは、本部への偽装工作、『深紅の鷹』への独占的な依頼斡旋、さらには従業員への中抜きまで。
他にもありとあらゆる不正が発覚し、アステリスク国はその内容をギルド本部へ委ねたそうだ。
過程はどうでもよいが、アニカの職場環境が少しでも改善したのなら、よかった。
彼女には色々助けられたから――
街道は道行く人でごった返しになっていた。
俺たちはアニカに詳しい場所まで聞かなかったことを少し後悔したが、懸念はすぐに払しょくされる。
歩いている者たちが、思わず振り返るほどの巨漢が一人。
往来の中央で腕を組んで立っていた。
金髪碧眼の、筋骨隆々とした大男。
俺たちが彼に近付くと、彼は金色の双眸を細めて片手を上げた。
「よく来てくれた、異世界人」
「ロゴちゃん、ひさしぶり!」
ロゴスの言葉に被せるように、フネが笑顔でその手に、左手でハイタッチする。
ぱん、と小気味よい音が鳴り響いた。
「だからロゴちゃんはやめ……。いや、すまなかったな」
彼はいつも通り呼び名を諫めようとして、しかし彼女の吊られた右腕を見てから、真剣な表情で頭を下げる。
大柄な大男が道の真ん中で深々と頭を垂れる姿は、周囲の視線を自然と集めた。
「お前たちには、迷惑をかけた。まさか、我が魔力に介入されるとは。危うく大事な彼女との約束の場所を、我自身が滅ぼすところであった。重ねて、元に戻してくれたこと感謝する」
「いいえ。あれは俺の失態です。もらった鱗を不正アクセスに使われるなんて……。もっと慎重に扱うべきでした」
彼の謝罪に、俺は言葉を返しながら、同じように頭を下げる。
その様子を見て、ロゴスは顔を上げると少し驚いたような顔をしてから、納得したように頷いた。
「なるほど。お前はそういう性格なのだな」
何が面白いのか、彼はそう言うと大声で笑う。
それからフネに向き直ると、彼女の吊られた腕を優しく持ち上げた。
「俺のせいで怪我をさせてすまなかった。こんなことで礼にはならないが」
「え、なになに?」
フネの右腕が淡い金色の光に包まれる。
時間にしたらわずか数秒ほどで、効果はすぐに表れた。
「あれ?あれれー!痛くない?」
彼女は吊っていた布を外すと、ぐるぐると腕を回して驚きの声を上げる。
これも魔法なのだろうか。
「すっごいね。ロゴちゃん。これ私にも教えてよ」
フネがキラキラとした眼差しでロゴスを見上げるが、彼は苦い笑みを浮かべてやんわりと首を横に振った。
「治癒魔法は人の身には過ぎるものだ。お前が我と共にあのダンジョンの中で、向こう二十年修行するというなら、伝授することは可能だが……」
「それじゃあ、美少女フネじゃなくて、中年フネに逆戻りじゃん!」
彼女が怒ってそっぽを向くのを見て、俺は思わず声を上げて笑ってしまう。
ロゴスもつられて、ついでにフネまでなぜかつられて、三人で笑いあった。
――そんな中、突然警告音と共に、肩に乗っていたピットがぷるぷる震えて音を発する。
「オサム様。部長から怒りのメッセージが凄まじい勢いで連投されてます。消去しますか?」
その言葉に俺はぴたりと固まると、サーと青ざめた。
何か忘れていたと思ったが、不具合の顧客報告を今の今まですっかり忘れていることに気付く。
「消去しますか?」
「ば、ばか!消すな、ピット。会議チャットを急ぎ開いてくれ!」
俺はターミナルを取り出すと、ヘッドフォンを大慌てで装着した。
天を仰ぐと一面の青空。
飛ばされた先の異世界で、今日も俺はWEB会議に勤しむのだった。
異世界PMは不具合を許さない ~ギルドの独占市場を改修する~
完
初めて書いた小説。
ここまで凄く苦労しましたが、とても楽しかったです。
お付き合いいただいた方々、本当に感謝しております。
次のオサムとフネのお話にもまたお越し頂けると幸いです。
後書きの後書き
仕事仕事の人間が異世界に飛ばされたら、きっとすぐに順応できずに、仕事が気掛かりで異世界生活満喫できないだろうなぁ、という思いから書き始めたお話です。
結局オサムも中々順応できないでいましたが、フネという相棒と共に彼なりのやり方で異世界を攻略してくれました。
あまりスッキリ全部解決とかはできないし、かっこいいスキルとかも無いですが、お楽しみ頂けたなら幸いです。
第二部はこちらから
異世界PMは不具合を許さない 〜傀儡国家と孤独な姫を改修する〜
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