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プロローグ

異世界に転生した中年の男女

男は転生後も、現実世界の仕事をテレワークで続けます。

女はヒャッハーして弾けます。

そんなドタバタコメディ……になればいいな


ゴォォォ!

地面が揺れた。巨大な何かが炸裂した音だ。彼女の放った魔法か斬撃か。そんなところだろう。

その衝撃で、岩陰にひっそり隠れていた若き苦悩のITエンジニアのヨシダ・オサムは、思わず「うわっ」と声を漏らした。

しまったーー

彼は慌ててノイズキャンセリングヘッドホンのマイクを手で覆う。

「す、すみません、環境音が入りました! ええと、その……先日までの集計データの分析結果、プロジェクトのボトルネックは、やはり当初想定していた要件定義外のタスクに集中していると考えられまして……」

ヨシダは身を縮め、手のひらサイズのノートパソコン――『パーソナル・ターミナル』を膝の上で操作する。画面には現実世界のオンライン会議室が映し出されており、画面越しの部長の顔が険しい。

「吉田君。さっきの雑音はなんだね。場所が悪い、とは? 君在宅勤務のはずだよね?」

「あ、はい! もちろん在宅です! ただ、その、回線が不安定な山奥の別荘に来ておりまして……」

ヨシダは心の中で続けて独白した。山奥どころか、ここは魔物が棲むダンジョンの最深部だ。そして、この劣悪な環境音の原因は、他ならぬ相棒が発動させた爆裂魔法か強烈無比な斬撃技である。

「ヨシダ様、会議の音声が小さすぎます! サイクロプスの咆哮に負けておりますぞ!」

ヨシダの膝の上で、光るモルモットのようなマスコット、ピットが震えながら警告を発した。ピットの頭には、ヨシダのターミナルと同じ意匠の小さなマークが光っている。

「うるさい、ピット! お前が騒ぐとこっちのノイズになるだろう! とにかく、ダンジョンの中で魔物を目の前に別荘に来ている俺の気持ちがわかるか!?」

なぜ、俺は……今、命を懸けたファンタジーバトルの中、プロジェクトの進捗会議に参加しているんだ?


時は遡るーー


俺の名はヨシダ・オサム。ありきたりな名前ですまない。

元はしがない45歳のIT企業の課長をやっていた。そう大きくない規模の会社で、多数のプロジェクトをこなすプレイングマネージャーというやつだ。名ばかり役職ともいう。

プロジェクトマネージャー(PM)を幾つも掛け持ちしているが、これが半端なく忙しい。毎日毎日、会議、会議、会議。タスク管理と納期に追われ、唯一の願いは「どうか手がけたプロジェクトが、無事カットオーバーを迎えること」だけだった。休みを望むなんてとんでもない話だ。

一方、相棒のフネ(なかなか古風で趣がある名前だろ? だが名を呼ぶと機嫌を損ねるので口にはしない)ことアダチ・フネは、元は同じく45歳の事務会社員。結婚もできず、年下上司に虐められるは、若い新入社員にはお局扱いされて煙たがられるわで、散々な人生を歩んでいたらしい。彼女の願いは「人生をやり直すこと」だった。

ある日、デスクのパソコンの前で普段通り36協定フル無視でキーボードを叩いていた俺と、自室で異世界ファンタジーMMOに没頭していたフネは、突然、眩いばかりの光に包まれ気を失った(ちなみに俺は意識を喪失していく感覚の中、明日の早朝会議の進行を誰に依頼しようかと、そればかり考えていた)


次に目覚めた時、俺たちはなぜか10代後半の若々しい身体で現実世界とはかけ離れた、いわゆる異世界とやらに転送されてきていたのだった。

そして、眼前に現れた異世界の神とやらが、「御主らの心根を司る渇望せし力を与えよう、云々〜」と仰々しく授けてくれた『能力』が、俺たちの異世界キャリアを決定づけることになった。

フネが手に入れた能力は、強力無比な魔法と剣術の才能。若い身体と最強の力を手にした彼女は絶叫に近い歓喜を上げ、一瞬で辺りの木々を焼き払って見せた。そしてどこかの世紀末を闊歩するモヒカン男のように声を荒げる。

「ヒャッハー! この力! 私、凄い、凄過ぎる! 身体中から力が漲ってくるわ。今なら神々すらも打ち砕けそう!私の輝かしい人生のスタートよ!」


一方、俺が得た能力?はこの『パーソナル・ターミナル』だ。異世界にいながら、現実世界と通信できる。インターネットに接続できる。……つまり、テレワーク可能。

俺の「何とか手がけたプロジェクトが無事終わりますように」という願いは、異世界で「在宅勤務なら仕事は続けられる」という形で叶ってしまった。PMとしての悲しい責任感が、俺に仕事を辞めさせなかったのだ。


そして、この能力には一つのユーザーインターフェースが付属していた。

俺の肩に乗り、呑気にヒマワリの種をかじっている光るモルモット――それが、この端末の自律型ナビゲーター、『ピット』だ。

俺の思考と、音声だけではなく脳内でも同期可能な対話型モバイル端末のような存在だ。俺以外にはただの珍獣に見えるらしいが、その実態は異世界情報のローカルデータベースまで集積された、人工知能AIといったところである。

なお、性格はプリインストール済みで、デフォルトで忠実な秘書風味となっている。


フネは俺の能力を聞いて失笑した。

「あんたの力、しょっぼ! 現実と通信? 会議? それって意味あるの?私は世界を救うことも滅ぼすこともできる能力を手に入れたわ。あんたなんか何の役にも立たなそうだけど、同郷のよしみで私の輝かしい冒険活劇に連れてってあげる!ちなみに拒否したら、爆裂魔法でオサムの丸焼きになってもらうから!」

言葉とは裏腹に。彼女は前の世界を知る仲間が欲しかった。まぁ、これは彼女の心中なので俺が独白するのは少々デリカシーに欠けるが、その後のあれやそれやで補足している次第だ。


とにかくこうして俺たちは相棒となったのだったーー回想終わり。


ゴゴゴゴ!

また地響き。今度は岩陰にまで熱気が届く。フネの怒声がヘッドホン越しにも聞こえてきた。

「くっそ、この一つ目ムキムキの化け物、どうやっても防御が固くて先に進めないわよ! オサム! 何か対策はないの!?」

同時に、ヘッドホンからは部長の声。

「吉田君! ボトルネックを解消する具体策を頼む! 期限は明日の工程会議前までだ!」

ヨシダはヘッドホンを外した。ピットが悲鳴を上げている。

「部長の言うボトルネックも、フネの言う防御も、結局はプロジェクトのタスク管理だ!」

ヨシダはパーソナル・ターミナルの解析結果を一瞥し、立ち上がる。

「仕方ない。最悪なダブルブッキングだが、やるしかないか!これ以上時間かけると本気で納期がやばい!」

彼は岩陰から躍り出た。フネはサイクロプスと対峙し、息を切らしている。

「何よ、くだらない会議は終わったの?」

「いいや、始まったところだ!」

ヨシダはターミナルを構えた。

「フネ! 今、現実世界の会議で結論が出た!お前の無駄に噴出しっ放しの リソースを分散するな!」

ここから、ITエンジニアのPMと、傍若無人な女の異世界無双が始まるのだった。

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