ナニーニ、声を上げる
『復讐を理由に無関係な者を巻き添えにしていい道理はない』のだから、この<もてぎ荘の大家の女性>が、彼女の息子が命を落とす原因となった事件とは一切関わっていない刑事達に対して暴力をふるうことについては、阻止しなければと思った。
それによって自分が着ている服が破れたり汚れたりしたとしても、そちらは<器物損壊>どまりであり、<暴行罪>や<傷害罪>や<公務執行妨害>に比べれば微罪で済む上に、アリシアの主人の千堂京一はそれを理由に訴えたりはしないのは分かっている。他でもない千堂自身が、
「事件を未然に防ぐためであれば、それに伴う衣類や備品等の損傷については不問とする」
と言ってくれている。
だからアリシアは、躊躇なく動くつもりだった。
けれど、その時、
「おばあちゃん! なに怒ってんの?」
アリシアの背後から届いてきた声。
「え?」
<もてぎ荘の大家の女性>の方にセンサーを集中させて処理していたことで、背後から人が近付いていたことは察知していたものの危険を窺わせる兆候(銃やナイフなどの凶器を準備する気配)を発してはいなかったこともあり優先順位を下げていてそれが誰なのかまでは判別しなかったゆえに気付くのが遅れたが、
「コデットさん…!」
振り向いた先にいたのは、まぎれもなく桜井コデットだった。
するとコデットは、ナニーニを抱き上げて、ずい、と前に出て、
「おばあちゃん、ナニーニがびっくりしてるでしょ! 大きな声を出したらダメじゃん!」
女性をたしなめた。
「……」
その思いがけない光景に、千堂さえも唖然とする。
『おばあちゃん』とは呼んだものの、この女性とコデットの間に血縁関係はない。ただ、顔見知りとしての<おばあちゃん>であった。
「コデットちゃん……」
突然のコデットの乱入に女性も呆気にとられて、それまでの怒りが霧散してしまう。そこにさらに、
「うぃ~っ!」
まるで<おっさん>のような声。
「…へ……?」
とアリシアが声を漏らすも、それがナニーニのものであることはすぐに分かった。足をばたつかせて、自分を抱き上げているコデットに対して抗議しているようだ。
「おりんの? 分かった」
コデットもそう応じて床に下ろすと、ナニーニはその場にいる人間達を一瞥して、
『邪魔すんなよ』
とでも言いたげなふてぶてしい表情で店の奥へと歩き出した。そこは、<もてぎ荘>の入り口だった。けれど、入り口に上がる直前で振り返り、
「んあ~っ!」
一声上げてアリシアを見た。ピンと立った尻尾が、手招きするように動いていたのだった。




