千堂アリシア、ロボットの幸せを思う
さらに、濡れ縁に腰掛けながら、
「あの人は、よく、『ロボットはロボット。人間とは違う。ロボットは人間の道具でなくてはいけない。なのに近頃は、それこそ人間でも作ろうとしているかのように、人間のふりをするのが上手いロボットを作ろうとしている。俺はそれが気に入らん』とか、お酒を飲んではこぼしていたのよ」
高齢女性は、少し困ったような笑顔でそう言った。
その上で、ただ笑みを浮かべて話を聞いていたアリシアに、
「ああ、ごめんなさい。あなたを悪く言うつもりはないの。ただあの人がそう思ってたというだけ。あの人は古いタイプだから、昔気質でね。きっと今のニーズには合わないんでしょうね」
とも。
けれど、そんな高齢女性に対してアリシアは、
「いえ、とっても立派な方だと思います。私達ロボットは、人の幸福に資するために作られた道具なのです。私達は、それを忘れません。『道具であること』、それが私達ロボット自身の幸せなのです」
穏やかでありながら、きっぱりと、そう言ってのけた。
アリシア自身は、心のようなものを得たからこそ、『ロボットは人間じゃない。道具であるべき』と考える者の<気持ち>も想像できるようになった。なにしろ自分は、普通のロボットだった頃には決して悩むことのなかったことを悩んだり、動揺したり、悲しい気分になったりもしてしまうのだ。他のロボット達に自分と同じ気持ちを味わわせたいとは思わない。
人間達を見ていても分かる。<心>を持つものがすべて、幸せになれるわけじゃない。
むしろ、<心を持つからこその苦しみ>もある。
だとすれば、本来であれば心を持たないはずのロボットに、人間のような心を持たせることは、必ずしも好ましいことばかりとは限らないのではないか? むしろ、苦しいこと悲しいこと辛いことを増やす結果になるのではないか?
という実感がアリシアにはあるのだ。なにより、
『自分は幸せだ』
と胸を張って言える人間の割合が三割にも満たず、
『どちらかと言えば幸せだと思う』
というものを合わせてもようやく六割だという今の世界では、人間と同じ割合だったとしても、少なくとも四割のロボットが幸せを感じられないという事態を生み出すだけではないのか?とも思えてしまう。
だから、人間の世界に生きるほとんどの人間が『幸せに生きることができる』ような世界が実現されたなら、その時には、ロボットにも心が与えられてもいいかもしれない。
というのが、偽らざる気持ちである。
そう。まずは人間に幸せになってもらわなければ、ロボットもきっと幸せにはなれない。
穏やかな笑みを浮かべる高齢女性との出会いによって、アリシアは改めてそう思ったのだった。




