千堂アリシア、比較するようなことは避けようと考える
おそらくブータが立ち去ったことで自分達が餌にありつけると考えたのだろう。さすがに抜け目ない。
こうしてたちまち十数匹の猫が集まってきた。
とはいえ今はアリシアはもちろんコデットも餌を用意していなかったので、いくら甘えられても餌を与えることはできない。それがちょっと申し訳なかったけれど、「よしよし」と猫達を撫でるコデットだけでなくアリシアも相貌を崩していた。
「可愛いですね」
思わずつぶやいたアリシアのその言葉に、コデットも、
「だよね~」
輝くような満面の笑顔を。その笑顔を見たアリシアは思う。
『あちらのコデットも、平和で穏やかな環境で育てば、彼女のように……』
と。しかしそのすぐ後で、
『……いえ、それはあちらのコデットに失礼というものでしょうね』
彼女はそう思い直し、この<桜井コデット>という少女と、<あちらのコデット>とはあくまで別人であるということを意識しなければと改めて考えた。
人間は画一的な対応ではうまくいかないことが多い。今ではそれをロボットも理解している。
桜井コデットは桜井コデットとして接し、なるべくあちらのコデットと比較するようなことは避けようと。
もっとも、そう自分に言い聞かせてもついつい頭によぎってしまうが<心>というものであろう。
だから今後も、もし、あちらのコデットと桜井コデットを比べるようなことを考えてしまっても、必要以上に自分を責めるようなことをするのも同時に避けようと、心掛けることに。
人間にもよくあることだ。自罰的になりすぎて自らを追い詰めてしまうということが。アリシア自身、思い当たることがある。この<心(のようなもの)を得て、人間でもなく、かといってただのロボットでもない自らの在り方や振る舞いに、むやみに否定的になってしまった時期があったのだ。
それは結局、自己否定につながり、自分自身を蔑ろにするものであるとアリシアは知った。
そして同時に、自分を受け止めようとしてくれている主人<千堂京一>のことさえ否定するに等しいだろうと。
自省は大事だけれど、反省することは必要だけど、だからといって自分自身を否定してしまうことは決して美徳ではない。
千堂はそのことも、アリシアに教えてくれた。だからこそ彼女は、人間でもただのロボットでもない自分自身をただありのままに受け入れることができるようになったと言えるだろう。そうして千堂にしてもらったことを、誰かに対して行うのだ。それこそが人間というものを作り上げていると、アリシアは理解している。
だからこそあちらのコデットのことはあちらのコデットとして、桜井コデットのことは桜井コデットとして、ただそれを受け止めようと心掛けるのだった。




