41.かわいいあたし、最終決戦に挑む2
あたしのハサミとウツボの槍が交錯して金属音を掻き鳴らす。
なんて力だ。
ハサミを打ち合うたびにあたしの関節が悲鳴を上げる。
完全に力負けしている。
ウツボの体は微動だにしないのに、あたしの体は後方に押しやられてしまう。
これまで生物とは圧倒的に格が違う。
だがここで手を休めるわけにはいかない。
水中をもがくように泳いでウツボと対峙する。
一閃、二閃、三閃、四閃。
致命傷の斬撃を飛ばすが、ガキンガキンと音を響かせてすべて受け流されてしまう。
ウツボの口元には余裕の笑みが貼りついていた。
この状況を愉しんでいる?
ふざけた野郎だ。
こっちは怒り狂ってるんだぜ。
ドウザンの想いを踏みにじられたんだぜ。
なのにコイツは、笑ってやがる。
あたしは水の流れに身を任せて大振りの一撃を振るう。
が、それは罠。
獲物を狩る眼に変わってウツボが襲いかかってくるが想定済みだ。
あたしは舌なめずりをしながら大振りの一撃を捻って軌道を変え、小振りの剣閃に移し変えて隙を小さくする。
ウツボの表情が変わった。
迎撃しようと筋肉を収縮させたまま、ウツボが硬直する。
隙だらけだった。
あたしは剣閃の動作を流して、その勢いのまま本命の一撃をお見舞いする。
前傾姿勢になって体重を乗せ、袈裟懸けにハサミを斬り降ろした。
だがウツボの硬直もまた罠だった。
筋肉の収縮にはまだ余裕が見られた。
見せの一手を読まれてしまい、ピンチに陥ったのはあたしのほう。
全身が強ばる。
すかさずウツボが水を切るような水平の斬撃を放った。
そしてまたしてもあたしは想定済みだった。
罠だ。
勝ちを確信した一振りをすると見せかけて微小の隙を垣間見せた。
本当に掛け値なしの微小な隙。
ほとんどの者が隙だとは思わないだろう隙。
だからこそウツボには効いた。
ウツボほどの相手なら、これが不覚を取っての隙だと勘違いするはず。
あたしの誘いに乗ったウツボが、見事に槍を振るってきた。
「――ここだ」
このときを待っていた。
突如、床を突き破ってエルシャラが飛び上がってきた。
金属ドリルが痛いくらいに輝いている。
ウツボの真下から弾けるように上昇するエルシャラの攻撃は、今まさにあたしを刎ね飛ばそうとするウツボからしてみれば死角も死角、不慮の事故のような一撃である。
「チィ……!」
振るった勢いのまま三股の槍を投げ飛ばしたウツボは、口から水の塊を大量に噴出して反動を利用した。ロケットの逆噴射のように後方へ滑っていく。身じろぎしたウツボの側部をエルシャラが掠めていき、表皮に傷をつけたものの致命傷とはならなかった。
くそ。
そんな奥の手まで隠していたか。
だが――
「――詰みだ」
床に、亀裂が走った。
ボゴン!と瓦礫を吹き飛ばして弾け飛んできたのはキュピ之介。
真下にはドリルでできた大穴があり、そこから飛び出たキュピ之介が、無防備なウツボの腹にドリルの切先を向けている。
コンマで距離が詰まった。
とどめを刺してやれ、キュピ之介。
だが高速回転するドリルが腹部を貫く前に、ウツボの全身から埋め尽くさんばかりの棘が生えて、歯を食いしばったキュピ之介を串刺しにした。
「ぎゅびい!」
「キュピ之介!」
キュピ之介の体を一本の槍のような棘が貫いている。
腹部から背中へと。
刺し口から緑色の血液が滲み出て、キュピ之介は手脚をだらんと下げて戦闘不能に陥った。
「キュピ之介! キュピ之介!」
すっかり忘れていた。
報告があったではないか。
ウツボは全身から棘を生やすと。
ヒトデの上位能力を保持していると。
「残念だったな、小娘。小賢しい手を使っても俺には届かんよ」
「……黙れよ」
「近接距離は俺のゾーンだ。俺の体に触れた奴はいない」
尻尾から伸びた棘が、意識を飛ばしているキュピ之介の鼻先に向けられた。
鋭い棘の切先がやけに間近に見える。
妖しく光る棘の先から、あたしは目が離せなくなる。
駄目だ。
あれで刺されたら、キュピ之介が殺られてしまう。
完膚なきまでに殺されてしまう。
「詰みはお前だ小娘。子分の命を、ひとつ消す」
ズパン!
「!?」
棘が叩き折られた。
キュピ之介だった。
意識を回復させたキュピ之介がスマッシュパンチを放って難を逃れた。
落ち葉のようにふらふらと床に舞い降りて、胸に開いた大穴を咳き込みながら再生し、震える体で何とか立ち上がる。
「い、今のはわざと当たってやったきゅぴ」
口元の血を拭いながらキュピ之介が強がる。
「し、心臓を直接洗いたかったきゅぴよ」
ほんときゅぴよ、とキュピ之介があたしを見てくる。
わかってるよ。
お前はこんなことで殺られる玉じゃない。
ウツボは叩き折られた自身の棘を見やって押し黙っていた。
「おいおい大将。俺の体に触れた奴はいない……だっけぇ?」
ニヤニヤ笑いながらつづける。
「近接距離は誰のゾーン……だっけぇ?」
殺気の練り込まれた視線を向けられるが飄々と受け流す。
「お れ の ゾ ー ン !」
あたしは手を叩いて笑い転げる。
爆笑する。
あひゃあ!
「やべーコイツ! お れ の ゾ ー ン ! かっけーっスわマジで!」
あひゃあ!
「誰のゾーン? お れ の ゾ ー ン !」
あひゃあ!
「奥さま、あれはなに? お れ の ゾ ー ン !」
あひゃあ!
「奥さま、今晩の夕食は? お れ の ゾ ー ン !」
あひゃあ!
「奥さま、犬も歩けば? お れ の ゾ ー ン !」
あひゃあ!
バシバシと手を叩く。
バタバタと脚を振る。
ちらりと様子を確認すると、そこには、これまで以上に冷静なお館様がいた。
挑発にも乗らない、か。
息子とはだいぶ違うね。
厄介だ。本当に。
近づけない。




