40.かわいいあたし、最終決戦に挑む1
「ちったァ物を大事にしたらどうなんだ、大将? ここはお宅のお城なんだろう?」
「アァ? なんだ小娘?」
「いくら自宅だと言っても、いい趣味だとは言えないね。まああたしも、誰かに言えた義理じゃないがね。だからと言って、会議中の邪魔をするほど、せっかちでもねえのさ」
「姦しい口を抜かしてンじゃねえぞ小娘が」
あたしとお館様が睨みを利かし合う。
そこにドウザンが一歩踏み出して震えた声を出した。
「お、お館様。あっしらを騙していたとは、どういうことですか」
「アァ?」
ぎろりと鋭い眼光を放つ。
「な、何とか言ったらどうなんです。あっしらはお館様のために汗水を流して働いてきたんです。それを、ただ搾取されるだけのおもちゃだと知った日には、あっしらはどうしたらよいのかわかりません」
「どうしたらいいのかってお前。這いつくばって俺に従っていればいいんじゃねえか?」
「そんな……」
「俺に何を聞こうが、もうお前たちの中では答えが出てるんだろう? それを今さら聞いてどうするっていうんだ? よくやったと褒めればまた俺の道具になってくれるのか? 違えだろ。お前らは搾取されている現状を知ってこうやって刃向かってきたんだ。じゃあもうここに言葉なんざに意味はねえ。黙ってかかってきな、ひよっこ風情が」
「クソォォ!」
ドウザンが悔しさ混じりに自分の太ももを叩いている。
最初からわかっていたことだ。
ヤドカリたちの心を弄んでいたことを、改めて本人の口から聞いたってだけだ。
それでもショックを受けることはあたしにもわかる。
心のどこかでは信じたくなかったのだろう。
お館様にも何か事情があると思いたかったのだろう。
だがこれが事実だ。
ヤドカリは道具だ。
だから立ち上がった。
だからここにいる。
口角を上げてあたしは言い放つ。
「粋がってるのも今のうちだぜ、大将。あんたの置かれている状況がわかっていないのかい。なあ、ドウザン? 準備はできているんだろう?」
首だけを背に向けて確認すると、ドウザンが怒りに震えてうなずいた。
「もちろんでごぜえます」
「だってよ」
はん。
もう一度ウツボに視線を向けて鼻で笑う。
「なに?」
お館様が周囲を見渡してようやく気づいたようだ。
ヤドカリ兵たちが隊列を組んで迎撃の態勢を取っていることに。
一匹一匹の巻貝にはイソギンチャク砲が装填されてある。
「発射ッ!」
ドウザンの号令で一斉にイソギンチャク砲が発射される。
毒針の連射。
黒くて鋭い長針がマンボウの巨体に突き刺さっていき、まるで砂鉄が蠢いているかのように体躯を黒く染め上げる。マンボウはものの数秒で轟沈した。玉座の床に凄まじい音を響かせて倒れ込み、もうもうと砂煙を上げる中で沈黙したままぴくりとも動かない。
「マンボウは地を舐めた。次に地を舐めるのはあんただぜ、大将」
だがお館様の表情にはまったく変化がない。
マンボウが倒れようが倒れまいが些細なことのように眺めている。
無感動の冷たい眼だった。
ウツボが20メートルほどの長い尾を揺らめかせて回遊し始めた。
その尻尾には三股の槍が巻きつけられてある。
ヤドカリたちが恐れをなして少しばかりの後退を見せた。
どよめきが沸き起こるのも無理はない。
こちら側は気触れの魔物を瞬殺して舞い上がっているというのに、ウツボの取るに足らないという態度で一瞬にして水を差されてしまったのだ。
実際に大したことではないのかもしれない。
ウツボの威圧感からは底知れぬ余裕を感じる。
ウツボが、長い尻尾に巻きつけた三股の槍を豪快に振るった。
刃の軌道上にいたすべてのヤドカリが真っ二つに斬られる。
ヤドカリたちは言葉も出せなかった。
いま目の前で行われた虐殺が、幻なのではないかと思ってしまう。
それほど呆気なく、簡単な殺害。
あたしはヤドカリたちに目を向けてハサミを振るう。
「退け! 撤退だ!」
腕をぐるぐると回す。
ヤドカリたちの被害を増やすわけにはいかない。
ここにお館様に敵うヤドカリはいないだろう。
あたしたちを除いては。
ヤドカリが去り際にイソギンチャク砲をお見舞いするが、毒針が奴の体に届く前に三股の槍で薙ぎ払われてしまう。カキン、という金属質な音を鳴らして、毒針が床に大量に落ちた。何本かの針がウツボに突き刺さっているが素知らぬ顔で佇んでいる。
「小細工なんざどうでもいいんだ。全員まとめてかかってこいよ」
「ならお相手を願おう。あたしの名前はマーキュリー。探偵だ」
「小娘、お前だな。クリオネを殺ったのは」
「どうだかね。忘れちまったよ、そんな昔のことは」
あたしの頭は冒険の書だ。
「あんたの息子と黒カニはあたしの胃袋の中だけどな」
「見当たらねえと思ったらやはりお前か小娘。覚悟はできているんだな?」
「生まれるよりも前にね」
ヤドカリ兵は一部の手練れを除いてほとんどが撤退した。
争いに巻き込まれて無駄死にする必要はない。
今この場に足手まといは要らない。
「減らず口は聞き飽きたよ、小娘。雑魚はよく吠える」
「この野郎……」
あたしはかっとなった。
ロケットジャンプをしてウツボの鼻先まで跳躍したあたしが、渾身のスマッシュパンチを叩き込もうとするが、側部に生えてきた巨大な腕で受け止められてしまう。
バチン!
スマッシュパンチを受け止められたのはこれが初めてだった。
岩すらも砕くスマッシュパンチなのに信じられない。
お館様が三股の槍を尻尾から腕へと持ち替えて、曲芸のようにくるくると槍の柄を回転させた。
「カッコイイねあんた。惚れちまいそうだ」
「減らず口は聞き飽きたと、言っただろう!」
槍がブゥン!と薙ぎ払われてあたしの頭上を掠めていった。
垂直回避をしていなかったら首を刎ね飛ばされていただろう。
「暴れる準備はできてるきゅぴ」
そうだ。
三兄弟の腕には金属ドリルが形成されている。
暴れる準備はできている。
「ゆけ、兄弟」
三兄弟がドリルを回転させて床に突き立てた。
気泡が弾けてガリガリと地面を削り取り、やがて穴を掘り進めて地下へと消えた。
玉座に兄弟の姿はなく、地面からドリルの甲高い音と地鳴りのような振動のみが伝わってくる。
「面白いことするじゃねえか小娘」
「こっちには素晴らしき参謀がいるものでね」
ベニヒメがいることで戦略の幅が広がった。
ここから先は、死線の読み合いだ。




