39.かわいいあたし、黒カニと対決する3
2回目
【憤怒】+【冷思】=【冷怒】
あたしは爆風になる。
弓矢のように玉座の間を駆け回ってウツボの城を破壊しまくる。
壁という壁にハサミと突き立てぶち壊す。
ベニヒメたちが呆気にとられている中で、あたしは天井も装飾品も何もかも片端から殴り飛ばしていく。竜巻が暴れ回るような凄まじい音が響きわたり、床にはありとあらゆる瓦礫がうず高く積み上がった。
「カニ野郎。あたしはお前をぶちのめすことにした。容赦はしねえ」
「なに、を……?」
黒カニが目を丸くして見上げてくる。
見ていればわかるさ。
あたしはうず高く降り積もった瓦礫の中から貴金属を手に掴んで頬張った。
即座に【剛顎】を発動。
貴金属を飴玉のように噛み砕いた。
咀嚼して呑みこんで胃の中に落とす。
次に【暴食】を発動。
貴金属を消化。
電波を受信する。
新たな特質【金属化】が芽生える。
あたしは吠える。
「レベルいちィィィ……!」
「な、なにを……まさか……!」
貴金属を掴む。
【剛顎】を発動。
噛み砕いて。
呑みこむ。
【暴食】を発動。
即座に消化。
電波を受信。
「レベルにいィィィ……!」
「やめろ……」
貴金属を掴む。
【剛顎】を発動。
噛み砕いて。
呑みこむ。
【暴食】を発動。
即座に消化。
電波を受信。
「レベルさァァァん……!」
「わ、わかった。私は手を出さない。もう手を出さない……!」
貴金属を掴む。
【剛顎】を発動。
噛み砕いて。
呑みこむ。
【暴食】を発動。
即座に消化。
電波を受信。
「レベルよォォォん……!」
「こ、こういうのはどうだ。私と君が協力してウツボを倒すっていうのは。な、なかなかいいアイデアじゃないか!? 君もそう思うだろう!?」
貴金属を掴む。
【剛顎】を発動。
噛み砕いて。
呑みこむ。
【暴食】を発動。
即座に消化。
電波を受信。
「レベルごォォォ!」
「ウツボを倒すことが目的なのだろう!? ならば私と協力しようではないか!? 約束する! 私があの村を繁栄させてみせる! 実にいい提案だ! 私たちが組めば最強だとは思わんかね!? この海すらをも支配下におくことができるぞ!?」
あたしはハサミの先に骨ドリルを生成した。
展開完了。
そして次の瞬間にはドリルを金属化させる。
変質完了。
さらに次には金属ドリルを高速回転させる。
起動完了。
怯える黒カニのもとへ一歩で迫る。
「ひいいいっ!」
耳元で囁いてやる。
「あたしのドリルは、てめえを貫く」
「や、やめ、やめて、やめろおおっ!」
ドゴォォォン!
高速回転する金属ドリルが、黒曜石の甲殻を易々と貫いた。
「ぐはあ!?」
「穴が開いたら用済みだ。コンドームのようにね」
引き抜いたドリルの先には途轍もない大穴が開いていた。
黒カニはその場に倒れる。
「ヤドカリに喧嘩を売ったことを後悔するんだ。あの世でな」
あたしは背を向けてよたよたと歩き出す。
兄弟たちが心配げにあたしを見てくる。
王座の間の入口から、村のヤドカリ兵たちが一気に押し寄せてきた。
あたしは片手を上げて鬨号の声を上げる。
「この城は制圧したッッッ!」
「うおおおおおおおおおお!」
ヤドカリ兵たちは飛び跳ね回って歓喜の雄叫びをあげる。
あたしは重い脚を動かして、ベニヒメの体に顔をうずめ、声を押し殺して泣いた。
「ちくしょう……ちくしょう……サザ衛門……馬鹿野郎が……っ!」
ベニヒメはやさしく頭を撫でてくれる。
◇
サザ衛門がヤドカリ兵たちに運ばれていく。
エルシャラとチワワは背を向けて、運ばれていくサザ衛門の姿を見ようとしない。
あたしもだ。
あたしもどうしてだかサザ衛門の姿を見ることができなかった。
だけどキュピ之介は違った。
サザ衛門の勇姿を目に焼き付けるように、その場に立ってじっと視線を注いでいる。
「姐御……」
「何も言うな」
「でも……」
「頼む」
キュピ之介はそれ以上何も言わなかった。
あたしは自分の頬をばちんと叩いて気合を入れ直す。
キュピ之介がびくんと飛び跳ねる。
ここでくよくよしていられない。
これから城を整備してお館様を迎え撃たなければならないのだ。
悲観にくれてばかりはいられない。
「あたしたちのやるべきことは最初からひとつだ。海を支配下に置く。そりゃあ苦しいこともたくさん味わうだろう。悲しいことだって数えきれないくらい襲ってくる。でも仕方ねえよ。あたしの野望は途轍もなく大きい。そう簡単に達成できるもんじゃないさ」
「姐御……」
「お前ら、気合を入れ直せ。弔い合戦だ。まずはカニを食う!」
あたしたちは輪になってカニを食らった。
受け継いだ特質は【切味】と【甲殻】だ。
どちらも自動的に発動する能力らしく、あたしのハサミの切れ味が明らかに増して、さらに己を守る甲殻も黒光りして頑丈になった。
サザ衛門の命にくらべたらちっぽけな能力だ。
でもあたしはどんなものでも利用して活かす。
あのウツボ野郎をぶん殴ることができるなら。
「これからどうするかだが、幸いなことにここに頭脳明晰な参謀がいる」
目線を向けるとベニヒメが胸を張った。
「作戦はわたしに任せてちょうだい」
「ああ、頼む」
隊長たちを呼び集めて作戦会議を開き、議論を深めていく。
ヤドカリ兵たちは所定の場所に配置済みだ。
いつお館様が帰宅しても迎え撃つ準備ができている。
そのとき、伝令役のヤドカリが息も絶え絶えに玉座の間に駆け寄ってきた。
「報告します!」
「うん」
ドウザンがうなずいて先を促す。
「お館様が帰ってきました! 気触れの魔物はマンボウです!」
くそ。
まだ議論は終わっちゃいないし、あたしの自己再生回数も回復しちゃいない。
予定より一日早いご帰還だった。
「お館様が兵士たちの猛攻を退け、今ここへ向かっている最中です!」
その報告が終わるや否や、玉座の間の壁がぶち破られた。
凄まじい振動が城を襲って、白い煙がもうもうと立ち昇る。
壁を突き破って侵入してきたのは、
クソでかいマンボウとクソでかいウツボだった。
まさに宇宙船と竜だ。
「これはどういうことだ? どうして俺の城にヤドカリ共がうろついているんだ?」
重く響くような声だった。
「答えやがれ」
震撼して誰も言葉を発せない。
「そうか。なら仕方ねえな。皆殺しだお前ら。死ね」
マンボウの口から、棘付きの鉄球が発射された。
直径10メートルほどの鉄球が、簡易的な会議用テーブルを跡形もなく吹き飛ばす。
ヤドカリたちは間一髪でそれを躱して、あまりの破壊力に思わず目を見張る。
鉄球はいくつもの城壁をぶち破って城外へと消える。
その轟音が、開戦の合図だった。




