思い出を人生のスパイスとして
「雨、やまないなぁ。今日は何しよう……」
窓から庭園を眺めると花びらを揺らし全身で雨粒を受け止めているバラが目にとまり、今日のやりたい事が一つできた。
「温室のバラの香りの中で本でも読もうかな」
別邸に来てからやりたい事を見つけたらやってみようと思うようになった。
決まったら行動が早い私は、書庫へ向かい数冊の本を抱え温室のソファに座り選んできた本を目の前の机に並べてみた。
「あっ……全部読んだことある。レイと……」
思い出さないように毎日やりたい事を見つけ忙しくしていたけれど、ふとした拍子に現れては頭の中を支配した。
レイモンド・ギリニアとリリア・ローウェルトの婚約が決まったのは幼い頃だった。
両親から私の婚約者と紹介された時、恥ずかしくてまともに顔を見る事が出来なかった。
伏し目がちに見た殿下は、グリーンの瞳が母様のブローチのように綺麗で、金色の髪は光を発しているように輝いていた。私の茶色の髪より、紫色の瞳より綺麗だと思った。
王宮で一緒に遊んだりお茶会をするようになってお互いに話があうのを知り、いつの間にか「レイ」「リリー」と呼び合うようになってから、とても仲良くなって毎日王宮へ通い妃教育をしながら会う事が楽しみになっていた。
そんな毎日が幸せだったけれど大きくなるにつれて関係が少しずつ変わったのを感じ始めていた。
王宮に行ってはレイモンドと話したくて探す日が続いた。
遠くに見つけた時は、気づいて欲しくて大きな声で「レーイ」と呼び止めたし、走って追いかけたりもしたし、待ち伏せもしてお茶の時間を一緒に過ごしたいと我が儘も言ったりもした。でも今日は時間がない、都合が悪いと断られる日が多くなって寂しい気持ちが増えていった。
時々でいいからお茶とお菓子を食べながらおしゃべりしたかった。
楽しすぎて時を忘れるくらい話す時間がとても幸せだった。
だからお茶の時間を作る為に妃教育も頑張っていたのに。
勉強を詰め込みすぎて会えない日が続き、今日は久しぶりに会いたいと思い、王宮内を探していると庭園の方からレイモンドの笑い声が聞こえてきた。急いで向かうと楽しそうに令嬢と話す彼がいる。
(レイが笑ってる。私には笑ってくれなくなったな。いいな、楽しそう)
久しぶりに見た笑顔は、私ではなく別な人へと向けられている。
最近は話していても難しい顔ばかりして私とのおしゃべりは楽しくないのかなと思っていた。楽しそうに二人で話す様子を遠くから見ていたら、声をかける勇気がなくなってしまった。
(今日は帰ろう。次に会えた時には話せるといいな)
帰り道を一歩進むごとに寂しさがまた増えていった。
次の日も妃教育の為、王宮へ向かう予定だったけれど体調を崩してしまい、しばらくは休養をとるように言われ、レイモンドと会えない日が続いた。お見舞いのお花は届いたけれど、レイモンドが会いに来てくれることはなかった。早く良くなって会える日を思うと苦い薬も頑張って飲めた。
やっと外出の許可がおりた時、朝早くからレイモンドと食べるクッキーを焼いて、いつもより時間をかけて支度をする。久しぶりに会える彼の顔を思い出すだけで嬉しい気持ちが心を高鳴らせた。
レイモンドのいる執務室へ向かう途中、向こうから歩いて来るのが見えたから柱と茂みの隙間に隠れて待っていた。
(ちょっと驚かせちゃおう。うふふ)
声がはっきり聞こえ始め、だんだんと近づいて来るのが解る。
(きたきた、うふふ。久しぶりだからびっくりするかな)
近くまで来たらレイモンドの前に飛び込んで行こうと身構えていると、二人が話す内容で体が固まってしまう。
「殿下、最近ローウェルト嬢が会いに来ませんね。どうしたのでしょう」
「体調を崩して休養していると聞いたが妃教育には来ているんじゃないかな。忙しくて会える暇はないだろう。まぁ、おかげで助かったよ、煩わしく感じていたから」
「そう言わずに、婚約者様ですし、けなげだと思いますが」
「あれが? 追いかけられて、待ち伏せされて、こっちはうんざりしていたんだ」
「たまにはお茶にお誘いしたほうがよろしいかと」
「リリーとのお茶の時間が長引くくらいなら他の令嬢と話したほうが時間を有意義に過ごせる」
「そんなことをおっしゃらずに、王宮で会えた時は久しぶりにお誘い下さい」
「はぁ……お茶ね。長くなるんだよなぁ」
「大事にしないと嫌われてしまいますよ」
「善処しよう」
声が遠のき聞こえなくなるまでうずくまっていた。
(知らなかった、私は嫌われているのかな。知りたくなかった。聞かなきゃよかったなぁ)
その後どうやって帰ったのかわからない。
すぐに帰宅してきた私を心配した侍女は、部屋まで付き添ってくれたけれど独りになりたいと断り、部屋に閉じこもってしまった。
その日を境に王宮へ行かなくなり、妃教育もしばらくは休む事を伝える。
食欲が落ち、体力も日に日になくなり、部屋に閉じこもる時間が増えていった。
風邪を引いてもなかなか治らず体力が落ちた私は、拗らせて高熱でうなされる日々が続き、生死を彷徨うほどの熱でうなされた夜、看病してくれた侍女に弱音を吐いた。
「怖い、怖いよ。目を閉じると暗闇に引きずられそうで……。このまま死ぬのかと思うと……。死ぬのが怖い。死にたくないよ」
顔の汗を拭いていた侍女は、両手で私の手を握り絞めた。
「お嬢様、死ぬのが怖いのは何もしていないからです。お嬢様の人生はこの先も続くのです。たくさんの経験をしていつか人生の終わりの時に、とても幸せで充実した一生だったと思うことができれば怖さはなくなるのではと思うのです。ですので、負けてはなりません」
涙ぐみながらコクリと頷く。
(まだ何もしていない。生きたい。生きていろんな事をしたい)
必死に生きようとした気持ちの強さからなのか、次の日には熱が下がりはじめ、食欲は戻っていなかったけれど少しずつでも食べ、体力を戻していった。
長い間ベットで過ごすようになって、この先の人生を見直してみたくなった。
今生きている幸せを感じてこの先も幸せだと思う未来にしたいと思うようになる。
レイモンドの隣で幸せに笑っている自分が想像出来ない未来。
病弱な私では、この先寄り添う事は出来ない。
ただ幸せになってほしいと願う。
煩わしい存在である以上、苦痛になってしまうなら婚約を破棄しようと決めた。
「お嬢様……。お嬢様」
「……うん? あっ……ちょっとぼーっとしていたわ」
「本を読まずに並べて眺めていたのですか?」
「そうね、全部読んだことある本だったのよ」
「また、思い出していたのですね」
「……ええ。婚約してからいろいろあったなぁってね」
「時々は思い出していいと思いますよ。あった出来事はお嬢様の記憶の一部になっていますし、きっとお嬢様を強くしてくれるはずです」
「うふふ、そうね。辛い出来事でも糧にしないと、ということかしら」
「そうです。お嬢様の人生のピリッとからいスパイスです」
「スパイス……。いいわね、なんだかお腹空いてきたわ」
「早めのランチにしましょう。スパイスの効いたサンドイッチはいかがでしょう」
「美味しそうね、それがいいわ。甘めのミルクティーと一緒にね」
侍女は微笑み「かしこまりました」と軽くお辞儀をすると、並べてあった本を片付けてくれた。一緒に本を持ち、サンドイッチに何を挟もうかとお互いに言いながら頭の中で想像すると、支配していたものがいろんなサンドイッチに変わり沈んでいた気持ちを消していってくれた。




