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終章*

 


 ヤルノは崖の上から草原に沈む夕日を眺めていた。 家のすぐ裏手にある崖を上ってくると、小さなクリュエタの割れ目があって天頂まで登らなくても向こう側の草原を見ることができる、ここはヤルノが母に教えてもらった秘密の場所だった。「青い森」の霧の向こうに見える夕焼けは、まるで世界を林檎酒の瓶のなかに入れてしまったような不思議な黄緑色をしていた。 ヤルノにとっては見慣れたこの夕焼けの色もこの町を離れてしまってはみることができなくなる。 王都の専修校へ進学が決まってから、学校の帰りにここに上ってきて本を読み、夕日を見るのがヤルノの日課になっていた。 普段は危ないといっていい顔をしない母親も今回ばかりは黙認してくれている。 


「にいちゃまー」


幼い声が聞こえ、ヤルノが下を見下ろすとひと組の人影が近付いてくるところだった。最近は困ったことに何かと人のまねをしたがるヤルノの妹は、いつも自分は崖に上がれないと泣きべそをかいているのだが、今日は父親の肩の上に担がれて上機嫌の様だ。 


「ヤルノ、夕飯だぞ。 早く降りてこい。」

「おりぃてこおい~」


父親が笑いながら大きく手を振るのを見て、ヤルノはやっと今日は父が早上がりだから夕飯が早めになるといわれていたのを思い出した。 


「すぐいくっ!」


慌てて周りにだしていた本をかばんに詰め込む。 


 ヤルノの父親はこの街の「西方飛竜隊」の隊長をしていて、いつも忙しいのかこの時間に家に帰ってくることは珍しい。ああ見えても西方最強の翼竜乗りなどと呼ばれる有名人なのだが、ヤルノとしてはこの呼び方には少し異議を唱えたい。 

 ヤルノの今の父親は、彼の母親が4年前に再婚した相手だ。 周りいわく「5年も粘ってやっと結婚してもらえた。」という義父は、もともとは母親の上司で、しかもヤルノの本当の父親の親友という微妙な立場の人だったりする。生まれる前に父が亡くなり顔も知らないヤルノにとっては、父親という頼れる存在ができたのは素直にうれしいことだったが、世間でいう複雑な家庭事情といったところなのだろう、義父のほうは未だに家の中では母に頭が上がらないらしい。 

要するに、西方最強の翼竜乗りは父ではなく、そんな父を尻にひく母のほうではないかと思うのだが、いかがなものだろうか? とヤルノがきくと、当の義父も含めて大概の人が苦笑もしくは爆笑しながら賛同するので、ヤルノの推測は間違っていないと思う。 とにかく、食事の時間に遅れて「真・西方最強」の母を怒らせるなんてもってのほかだ。 



 急いでカバンを肩に担ぎもう一度崖の向こうを見ると、夕日がきらきらと宝石のように輝きながら青い森の向こうに姿を消すところだった。ふり返って夕日に背を向けると、眼下には早くも明かりがともり始めたはちみつ色の街並みが続いている。更にその向こうには今日最後の光を浴びながら輝く麦畑が広がっていた。 ヤルノの大好きな景色だ。 



 いつの頃からだろう、ただ憧れで翼竜乗りになりたいと夢見ていたのが、強くなるためにそうなりたいと確かな目標に変わったのは。 竜騎士になるために王都の学校に入りたいとヤルノが言いだしたとき、反対したのはいつも可愛がってくれる叔母夫婦の方で、両親はむしろ誇らしげに賛成してくれた。 父が命をかけて守り、母と義父が今も守り続けているこの街を、自分も同じように守れるようになりたい。立派な竜騎士になってこの街へ帰ってくる。 絶対に。



 慣れた様子で崖を降り始めたヤルノの胸元で、鎖にかかった二つの指輪がぶつかって澄んだ音を立てた。




挿絵(By みてみん)





最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


つたない文章に、お気に入り登録をしてくださった方、評価をしてくださった方、亀より遅い更新に最後までお付き合いいただいた方々、知らない方が自分の書いた話を読んでいただけるというのが、こんなに嬉しい事だとは知りませんでした。 本当にありがとうございました。





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