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ミトロジア ~未来の魔王を拾いました~  作者: ビタードール
0部】3章『マリーゴールドにキスを望む』
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第42話【選択】

 戦いを遠目に見ているサタンは、久々に覚える恐怖を感じていた。骨の髄まで震える止められない体の症状、ギラギラの太陽でとても暑い夏なのに震えが止まらないのだ。

 赤ん坊のローズも、その恐怖を肌で感じてしまったせいか、泣き出してしまう。


「変な味だ……儂の好きな種類じゃないな」


 斬られた片目から血が流れ、タバコを吸う唇に染み込む。死体の山の上から見える景色はこの悪魔にとって懐かしい日常のことだ。死人がゴロゴロと出て当然戦い……戦争時代を思い出させる。

 貴族のような綺麗な服の汚れをひと払いし、片目の血を拭う。だが、同時にもう片方の瞳もバックリ斬れる。


「ッ……斬られていたか。流石闇の三神よのぉ」

「行くぞゼウス。奴の視界が封じられた」

「ああ」


 もうマモンに目の前の景色は見えない。挟み撃ちされたマモンは、音と気配を頼りに防御魔法を展開する。


「いい勘してやがる」


 だが、その防御魔法は二人にとって無駄だ。ゼウスの雲で再びマモンを踏み潰し、防御魔法を吸収したクルーニャが深くマモンの首を斬る。


「ぐっ!」

「死なないか!魔法以上に頑丈な体だ!」

「こっちも限界だ!押し返される!投げるぞクルーニャ!!」


 更に、ゼウスがマモンを上空へ投げ飛ばす。クルーニャは先程吸収した防御魔法でマモンを受け止め、そのまま刀で切り付ける。


「なっ!!」


 マモンの頭に深く刀が刺さる。だが同時に、刀が粉々に折れてしまい、使い物にならなくなってしまう。瞬時に刀を投げ捨て、手刀でマモンの首を狙う。


「ちっ、硬い。鋼鉄のような体だ」

「いい手刀だ。儂に傷をつけるか」


 そのまま近距離で殴り合う二人。だが、目の見えないマモンは一方的に殴られる。更に、クルーニャはマモンを蹴り落とし、それをゼウスの雲で受け止めて雷を直接流し込む。


「凄い。あのマモンを追い詰めてる。あの二人、マモンとの相性が良すぎるんだ」


 ベルも遠目に驚いていた。先程まで数十人の戦闘員相手に無傷で戦っていた男がたった二人の神に追い詰められている。


「もう奴に策はない!奴に触るんじゃ!」

「言われなくても!そのまま抑えてろ!」

「防御魔法!」


 雲と雷でマモンを縛るゼウス。そのマモンに触ろうと空から落ちてくるクルーニャ。そして、桃色のバリアを出すマモン。三人が同時に動いた。


「こやつ!傷が癒えている!」


 雷で痺れていたマモンが、逆に傷が癒えてどんどん体力を戻した。


「雷を解除しろゼウス!そのバリアは受けた魔法を治癒に変えているんだ!」

「くそっ!」

「もう遅い。ベール.シャリン!」


 マモンが放った魔法は、激しい音と共に雲を吹き飛ばした。だが、ゼウスもクルーニャもそれに合わせて動いている。マモンの首に触れれそうなクルーニャと神器を振り下ろすゼウス。そこに一切の音はなかった。


「音も殺気も消したな?じゃが見えているぞ」


 両目が切れたまま、マモンの額にギョロっと第三の目が生えた。それと同時に素早く動くマモンは、クルーニャを背負い投げしてゼウスの神器をぶつける。


「がはっ!」

「クルーニャ!?」


 更に、動揺したゼウスの心臓を小指で突き刺し、足元に出した青い防御魔法から雲を出す。そして、その雲で二人を縛り、嬉しそうに捉えた獲物を見上げる。


「お前の雲じゃ。透過しても無駄。クルーニャの両手はボロボロ……魔法吸収も無駄じゃ」

「くそっ!」

「儂の勝利に乾杯したいが、ワインがない」


 その雲は、捉えたゼウスとクルーニャを骨が潰れて血がにじみ出る程強く縛った。そして、魔法陣から出したワイングラスにその血を注ぐ。


「ぅっ!ぐあああぁ!」

「貴様らの血で我慢しよう。儂の勝利に乾杯じゃ」


 だが、そのワイングラスは背後から飛んできた黒い炎に壊され、マモンの自動防御がもう一つの炎に包まれる。


「……選択を間違えたな。クルーニャの妻よ」


 マモンの第三の目がギロッと動き、木の影に隠れるサタンを睨みつける。そして、気絶したゼウスとクルーニャを後にして、サタンの元へ素早く飛んだ。


「貴様も……儂に逆らうか?」

「ッ……何が目的だ?」

「支配だ」

「……」


 震えるサタンを黙らせるシンプルな答えだ。その言葉はとても重く、信念や執念が伝わってくる。


「この世界の支配か?お前は戦いが嫌いと聞いたが……」

「時間稼ぎか?英雄ジャックを待っているのか?」

「そうだ。あいつならお前を倒せる」

「奴は来ないぞ。遠くに弱弱しい奴の魔力を感じる」

「今すぐじゃなくても、お前は倒される」

「まだ虚勢をはるか。やはり女は怖いな。いいだろう……時間稼ぎに乗ってやる。もう少し話してやろう」


 マモンはそう言い、もう一本タバコを取り出してそれを指から出した炎で吸う。そして、その煙を吐き出して近くの瓦礫に座った。


「儂は探しているのじゃ。時の異邦者を」

「時の異邦者?前話してた闇の三神とかいう奴か?」

「ああ。噂によれば奴は唯一時代と時代を駆け巡れる存在だ。だから儂は妻の生きている時代を探し、息子の夢である世界征服をする。全てを支配すれば、時の異邦者もいずれ見つかる」

「愚かだな。過去に囚われた男は女々しいぞ。昔のクルーニャと同じだ」

「奴と同じにするなぁ!!!」


 サタンの一言は、久々にマモンに癇癪を起させる。おかげで、木の影に隠れているローズが泣いてしまう。それに気付いたマモンは、木の影に目を向けてサタンに冷や汗をかかせる。


「クルーニャは大事か?」

「……愚問だな」

「娘とどっちが大事だ?」


 マモンは木を吹き飛ばし、泣いているローズを防御魔法で守ってそのまま手元に引き寄せる。


「やめろ!!」

「動くな」


 咄嗟に手を伸ばすサタンだが、マモンの殺気によって手を引っ込めて悔しそうに身を引く。


「この子の未来を考えたことはあるか?」

「どうする気だ?何がしたい?」

「大人になる姿を見たいだろ?ジャックのような英雄になるかもしれぬし、儂の息子や孫のように大悪党になるかもな……」

「何が言いたい?」

「クルーニャと赤ん坊……どちらを生かす?」

「ッ!どっちも殺す癖に何を言う!」

「いや、契約して約束は守る。どっちかは生贄で、どっちかは命を保証する。生まれたばかりの赤ん坊か、愛する夫か……母親として、妻として、どうすんだ?」


 マモンの心に悪意はないように見えた。純粋な疑問と何を確かめるような少年のような瞳だ。サタンにとって、それが逆に恐ろしかった。


「……」

「早く答えてくれ。どっちも殺されたいのか?」


 マモンは答えが聞きたくてうずさうずしている。少し寂しそうな瞳を下ろし、爪をローズの首元に伸ばす。


「やめろ!答える!ローズだ!ローズの命だ!」

「……夫は捨てるか?」

「そういう……ことになる」

「ヌフフッ……そうじゃろうな」


 マモンの第三の目から血の涙が流れ落ちた。両目が潰れて表情が分かりずらいが、それはとても不気味なものだった。


「じゃあ、もう行ってよいぞ」

「……その前に、ローズを返してくれ」

「何を勘違いしている?あの世に……行ってよいと言ったんじゃ」


 マモンの尖った爪がサタンの首に伸び、その手刀が大きく振るわれた。


「ローズはどうなる!命の保証は!」

「貴様の命は保証してない。この赤ん坊は儂が育ててやる」

「くっ!!マモン!!」


 サタンが神器を取り出し立ち上がる。だが、マモンにその神器を受け止められ、手刀が大きく素早く振るわれた。それを遠目で見ていたクルーニャは、ボロボロの手を伸ばし、地に這いつくばったまま叫ぶ。


「やめろーーー!!!」


 * 


 静まり返った。ゼウスもクルーニャも戦える傷じゃない。ベルもセーレもリベも圧倒的な力を持つ大悪魔の前では無力だった。


「ッ!!」


 サタンも死を悟る。走馬灯という奴だ。まだ遠くにジャックの魔力を感じ、唯一の希望もこの場にはやって来ない。夏の暖かい風がとても冷たく感じる。我が子が悪魔に奪われ、自分はただ血に沈んで死ぬんだと悟った。


「……」


 だが、天空から落ちた雷がマモンとサタンに落ち、太陽に照らされていた空が台風と大雨に襲われた。天気が怒っているようだった。神の中の神がマモンに対して激怒している。もうこの大悪魔は太陽を拝めないのだと、天気が教えてくれているようだ。


「何が……起きた?」

「……赤ん坊が居ない?はっ!」


 マモンの手元からローズが居なくなっていた。手元に残る温もりが雨によってかき消され、あちこちで雷が落っこちる。更に、雲によって空が真っ暗になり、暗闇がこの場全体を取り巻いた。


「貴様は?」


 もう一発雷が落ちる。雷神と風神が同時に現れたような感覚だ。雷に打たれていないのに、皆痺れてしまったように動けない。マモンとサタンの間に現れた存在は、間違いなく神だ。だが、二人から見えている景色は存在は全く別だ。サタンからは救世主に見えているが、マモンからは邪神に見えている。

 その表情はとても穏やかで泣き崩れてた後の顔だが、静かな怒りがマモンを包んでいる。


「きゃはは!!」


 その少年は、笑うローズを抱いて優しく微笑む。その表情はとても悲しいが、雨がその悲しさも拭ってくれている。だが、奥底に眠る怒りだけは雨にも沈めれない。


「ありがとう……俺を家族と呼んでくれて……ありがとう」

「……カーマ?」


 少年――カーマは振り返り、サタンにローズをゆっくりと優しく預ける。そこに居るのは確かにカーマだが、サタンが知るカーマではない。悲しさ、寂しさ、虚しさ、その全てが表情ににじみ出ていて、無理に微笑んでいる。サタンはすぐ近くに居るカーマがとても遠くに居るように感じだ。こんな嵐だというのに、太陽に照らされる海の景色が見えるのだ。それがとてもとても遠かった。


「もう大丈夫……俺が全てを終わらせる」


 その背中は、分厚く、広く、大きく、逞しい。それはもう、少年のものではなかった。

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