第70話.2人のお話
お土産屋さんで会計を済ませて、そのまま店から出ると西口の方へ向かった。これぐらいの時刻になってくると俺達のように帰る人も少なくはない。
「イルカさんもう一回見たかったな〜」
「ふふっ、そうですね」
現は隣でそう言い、華山はそれに対して微笑みながら返す。
(イルカ今日めちゃくちゃ見ただろうよ。もう一回見たら現だけ三回見ることになるぞ?)
内心そう思いながらも駅の方に向かって歩いて行った。
水族館から駅まではだいたい徒歩10分ほどで、そこまで離れていない。それにほとんど真っ直ぐな道だから迷うことも無い。
(本当に分かりやすくて助かった。なんせ俺は意外と方向音痴だからね。スマホでマップ開いてもたまによく分からないから)
「お、駅が見えてきたね〜」
隣を歩く現は前の方を指さしながらそう言う。
「そうだな」
適当にそう返しながら、右手に持っている荷物を持ち直した。
✲✲✲
「まもなく電車が到着します。黄色い線の内側までお下がりください」
駅のホームには電車の到着を知らせるアナウンスが響く。線路の少し奥の方を見ると、ヘッドライトを点けた電車がこちらに向かって走ってきているのが見えた。
「ふあぁ……。今日はちょーっと、はしゃぎ過ぎちゃったかもね」
大きくあくびをしながら現そう言った。
「現さんお疲れですね」
隣にいる華山は、俺の耳元で内緒話をするような感じでそう言ってきた。
「そうだな」
そうとだけ返すと、だんだん速度を落としてきた電車が止まるのを待った。
「よーし、電車も来たことだし乗り込むぞ〜」
「はいはい、子供じゃないんだからはしゃがない」
「私は一生子供なのだ〜」
現は睡魔に襲われ始めているせいか、よく分からないことを言い始める。
(一生子供って、この子は一人暮らしとかしてみたくないのかね?)
そんな事を思いながら、華山と一緒に現の後を付いて行った。
車内に入ると空いている座席に並んで座っていく。位置取り的には現が、真ん中で俺が左の華山が右だ。
「ふあぁ……、本当に疲れた」
現は目を擦りながらそう言った。
「別に寝ててもいいんだぞ?駅に着く前に起こすし」
「えー、でも迷惑かけちゃうよ?」
「いいよ別に」
現は俺を今日いきなり水族館に誘った罪悪感からなのか、なかなか素直に寝ようとはしない。
(気にせずに寝ればいいのにな)
「有理さんはどう思います?」
現は隣にいる華山にそう聞いた。するとすぐに華山答えを返してあげる。
「ここは鏡坂くんに甘えてもいいと思いますよ?無理に起きてても体に毒ですしね」
「そうですかね?」
現は華山の返答を聞くと、こくりと頷き俺の方を見た。
「じゃあ、私寝るね」
「おう、そうしろ」
「ちゃんと起こしてね?起こさずに私だけ置いて帰らないでね?もし置いて帰ったら泣くからね?」
「起こすから安心しろ」
「うん」
俺達はそんなやり取りをする。それが終わると現は俺の体に体重を預けてきた。隣からは、昔から聞き慣れている寝息が聞こえてくる。
「え、俺にもたれて寝るの?」
俺は現が起きないように静かな声でそう言うと、華山がそれに反応した。
「今日くらいは現さんを、甘えさせてあげてください。鏡坂くんと水族館に来るのが相当楽しかったみたいですよ」
「そうなのか?」
俺は華山にそう聞く。
「はい。鏡坂くんがソフトクリームを買ってきてくれている時に、2人でお話をしていたらそういう話題になりまして」
「そうか。にしても意外だな、あいつが俺と遊びに行くのが楽しいって言うの」
そう素直に思ってしまう。
確かに今も別に仲が悪い訳ではないが、昔に比べると格段に一緒に出かけたりすることが減った。
それ以前に性別が違うのだ。趣味嗜好も微妙にズレていたりするし、それこそ些細な事で言い合いになることもある。
それでも、それを踏まえた上で、あいつが、現が、俺と遊びに行くのが楽しいって言うのなら、俺はそれがただただ嬉しい。
いつの間にか大きくなって、いつの間にか小さい妹から大人の女の人に変わっていって、俺の知らない現になるんじゃないかって、どこか不安に思っていたのかもしれない。
でも、そんなことは無かった。
あいつはあいつのままで、バカ言って、一つの事に夢中になって、俺の手を引いて回って、昔から結局根っこは変わってない。
結局あいつはあいつなんだ。
「まぁ、現が楽しいってことに免じて許してやるか」
「そうですね」
俺と華山は静かにそう言いながら、お互いの顔を見て笑い合う。
しばらく笑った後には、ガタンゴトンと電車が線路の走る音だけが聞こえる無の時間が流れ始める。
俺たちは喋るでもなく、ただその音に耳を澄ませて時の流れを感じながらただゆっくりと過ごした。
✲✲✲
水族館の最寄り駅から数駅来たところだろうか。そこで華山は不意に口を開く。
「鏡坂くんちょっといいですか?」
「何だ?」
俺はそう言うと耳だけ華山の方に集中させる。
「私今日すごく楽しかったです。元々一人で来て、一人で帰るはずの今日という日が、三人でこんなにはしゃいで楽しめるとは、夢にも思っていませんでした」
「そうか、それは良かった」
「はい。私こういう所にも基本は一人かお姉ちゃんとしか来なかったので、何気にこうして家族以外の人と回ったりするのが初めてだったんです」
「うん」
俺はそう返す。
華山の言葉に多くの言葉で返す必要性はない。ただ感情だけをしっかりと込めて、伝わればいいのだから。
「だから……」
華山はスっと息を少しだけ深く吸い、喉の奥から言葉を引っ張り出してきた。
「今日はありがとうございました」
「どういたしまして」
一言でいい。
俺はそうとだけ返すと、後ろの窓から外の景色を見た。
街には明かりが点々と灯り、見ていると今日見たイルカショーの水飛沫が思い出される。
こんなふうに、将来こんな景色を見て俺は今日の事を思い出す日が来るのだろうか。
俺はまだ見ぬ未来を想像しながらまた前を向く。
第70話終わりましたね。やっと終わった水族館。そしてまだまだ続く夏休み。山海高校の夏休み少し長くはありませんこと?とか、そんなことを思いながらも書いている今日この頃の作者です。
さてと次回は10日です。お楽しみに!
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