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目を覚ますと (i)

 ときどき思ったりするんだ。

 記憶を無くせることができれば、嫌なこと全部忘れられるんじゃないかって。


 自分の手足と、体が無いことに愕然とした。

 一体化したかのように呼応する洞窟に、これは自分なんだと諦めちゃったのね。夢なら覚めてくれって、何度思ったことか。


 これが自分だなんてやってられない。

 いきなり洞窟になって魔物を食べてるときなんか、自我を保つの諦めた。今までのわたしを捨てなきゃ、わたしの心が狂うかもしれなかったもの。


 簡単に人化できたときは嬉しかったけど、はぁそれで? って。片瀬亜紀の体はわたしのものでしょ。今までずっとこの姿で過ごしてきたんだから当然じゃない。

 

 それよりも、わたし的にはおっきなドラゴンと喋ることの方が嬉しかったんだ。物語の中でしか知らない高潔なる存在のドラゴンが、わたしのことを好いてくれることを知って、とんでもなく嬉しかったことを覚えてる。



 アホ勇者とどこが違う?

 アホ勇者は片瀬亜紀を見て好きになってくれたんでしょう。

 だからアホ勇者には、いつでも最悪の言葉を投げつけてきた。

 これで諦める恋なら、コイツの本気はその程度だったってことだよ。

 


 誰が誰を愛してるって? 



 片瀬亜紀の見かけだけ好きになったアホ勇者には、軽蔑の眼差しを向ける自信があった。けど、予想外の展開が続いてしまった。わたしの最悪の文句に挫けずに、真向から愛の告白を繰り返してきた。

 

 ぽんぽんと投げかけるアホ勇者との言い合いに、わたしは心地の良さを感じてしまったの。大好きなルッシーを裏切りたくないのに、惹かれつつあるわたしって最低な奴だと思う。



 そして畳みかけるように現れた、自称魔王な俺様ラクス。こいつが一番のクワセモノで、わたしをにえにえって呼ぶくらいだから相当お腹が減ってるとみた。他の食べ物も食べれるけど、満腹感を得られないって泣きたくなってくる。それに関して同情はするものの、せめて生きてる人間は止めてくれと主張したい。

 

 ラクスとわたしについて強さで言えばゾウとアリなんだけど、洞窟を主食として食べるところなんかわたしと同じだ。あべこべだけど似て非なる存在。


 身体を張って戦ったことにより、わたしはあいつとも仲良くなれるかもしれないだなんて思っても良いだろうか――だって、俺様ラクスが、おでこに手を当ててくれてるんだ。夢のようで夢じゃない――?




「「アキ、アキ!」」



 目を開けると、愛しの旦那さまとアホ勇者がいた。

 どちらもイケメンすぎて眩しい。

 お願いだから少し離れて――ぐえっ。


「目を覚まさないから、脳に不具合が生じたのかと……心の底から心配した」


 ルッシーの目元が赤い。

 あぁ、泣かせちゃったか。


「癒しの天使スキルを使ったのに、アキは三日も眠ってたんだ」

「それを言うなら我もだ。全治全能スキルを人に初めて使ったが、アキの症状が軽くなっていることなど分かりづらく……」


 げ、アホ勇者なんて泣きながらほっぺにすりすりしてきた。

 ルッシーとアホ勇者、どっちもすべすべな肌してるんだよね。


「どうだ気分は」

「ん、いいかも」


 机にもたれ掛かった魔王ラクスが、執事エルとこちらを見ている。


「貴様は脆弱すぎる。もう少しで俺は食あたりを起こすところだった」

「我が主、それでは唐突すぎるでしょう」

「よって俺は貴様が強くなるまで待つことにする。感謝しろ、俺のにえ


 つかつかと歩いてきて、デコピンされてしまった。

 わたし、いま目が覚めたばっかりなのに!


「まさか、魔王も夫候補に加わるつもりか……」

「さあな」

「ちょっと待て! 俺はやっとアキの第二の夫になったのに! というか、魔王は俺に大人しく倒されろ」

「寝言は寝て言え。勇者もアークドラゴンも、俺に遠く及ばないだろう」


 ああぁ、まさかあの賭けがちゃっかり有効とか。

 というか、ここ病室なんですがね。

 ベッドの上にいた病人達が恐々とこちらを窺ってるのが見えないのかな。


「我はアキを堪能する回数を減らされる。しかし、アキが奴の魂に火をつけた代償は払わねばならない」

「ちょっと待ってよルッシー! わたしは何もしてないよ……ぅ」

「アキ~~」


 二人からまんじゅうのようにむぎゅむぎゅ挟まれて、身動き取れなくなってしまった。

 

にえ、しばらくプレシェンタの街に留まるのか」

「えっ! う、うーん、どうだろ」 

「もう少しレベルを上げろ。そうしたら……」

「な、なに?」

にえが洞窟を操作して、海底や山の上など動く要塞として活躍できるだろう」

「そういえばルッシーも言ってたよね……」


 動く要塞てあんた。

 あれだ、火の要塞みたいなの!

 最奥には四魔将軍なんてのが……? 


「こーしちゃいられない!」


 ベッドから立ち上がると、目をきょとんとさせたルッシーとアホ勇者が。


「アキ?」

「エコーかけて海底洞窟散策とか、ジャングルとか、山のてっぺんとか妖精とか獣の廃墟とか……探したい!」


 今からでも間に合うかな。

 そして、あわよくば聖廟なんか見つけられたりしちゃうかも。

 ゲーマーの血が騒いでしまう。


「何なら手ほどきしてやろうか」

「う……お、お願いします」

「「!」」


 手を差し出されたから、自称魔王の手を握る。

 かと思いきや、その上から二つの手が同時に重なった。


「魔王みたいな危ない奴と二人きりにさせられるか! 俺なんてデートもまだなのに……」


 アホ勇者だって危ない。


「アキの行くところは我も行く。ツガイとはそういうものだ」


 ルッシーありがとう。


「ふ、監視したければすればいい」

「私もお供いたします」


 俺様魔王と執事エルも来るの?

 

「えーと、一気に仲間が増えた気がするね?」


 可哀想な子を見る目で、四人がこちらを見てきた。

 わたしは何にもしてないし!




*****



 動けるようになったので、病室を出るとあちこちに痣ができたマークスティンさんが居た。わたしを見ると、セルフィリアさんとナンシーさんも、マークスティンさんを支えながら三人が歩いてくる。


「アキちゃん、俺が悪かった!」

「え? え?」

「手加減できなかった俺が悪かったんだ、アキちゃんは俺のせいで三日も生死をさまよったって……」


 大きな身長のマークスティンさんに土下座される。

 しかもそれを見つめるアホ勇者とルッシーの眼差しがとてつもなく冷たい。


「頭を上げてください、マークスティンさん」

「しかし……」

「戦いでマークスティンさんに手加減されなかったことは、私にとっては大きな一歩で誇らしいんです。逆にされてたらわたしはあなたを軽蔑してたかもしれないし、自分はまだまだ弱いんだなって卑屈になってたかもしれないです」

「アキちゃん……なんて良い子なんだ!」

「へっ?」


 勢いづいて抱きしめられそうになったけど、横からアホ勇者に掻っ攫われてしまう。アホ勇者も良い匂いだわ……て、わたしだけお風呂に入ってないし、身体も拭いてないので居た堪れないかも。


「俺のアキにくっつこうとするな。幾らマークスティンだって許さないから」

「ちょ、ちょ、離してよ……」


 密着した身体から一転して、今度はルッシーに抱きしめられた。どちらとも今はくっつきたくない女心を分かってくれる人は――


「アキ、身体のお加減大丈夫ですの?」

「わたしも心配したよ」

「セルフィリアさん、ナンシーさん!」


 女性の存在は貴重だ。 

 彼女らに別室へと連れて行ってもらった。

 闘技場の中にある大衆浴場で、女性なら誰でも入れるところだった。


「すみません、着替えぜんぶ用意してもらっちゃって……」

「いーのよ。デイルとマークスティンが迷惑かけちゃったお詫び!」

「ふふ、恥ずかしがることなんてないですわ」

「ひゃっ、そ、そこは自分で洗いますから……!」


 ナイスバディーなナンシーとセルフィリアに、わたしは恥ずかしくなってうつむいた。それでも優しく頭と体を洗ってくれる二人に、お姉ちゃんってこんな感じなのかなとこそばしく思う。


「……この世界で、複数の夫を持つのは許されることなんですか?」


 貞操願念低そうだと噂されたら、それこそ恥ずかしくて死んでしまうかもしれない。誰が好き好んでビッチになるのか。


「いわゆるハーレムみたいなものですわよね。一人に対し一人だけという概念はこの世にありませんわ」

「だよね……アキは、気になってるんだ」

「そ、そうです。ルッシーだけでも手一杯なのに……浮気があっても、糾弾されないんですかね」

「「されないわね)」」


 目を瞑ってと言われて瞼を閉じると、上からあたたかいお湯が降ってきた。黒い髪がまとわりついて慌てて撫でつける。身体も洗ってもらい、三人で浴槽に沈み込むと女三人の話が盛り上がる。


「美形なデイルから言い寄られたら、悪い気にはなれないんじゃない?」

「そうなんですけど、なんだか気恥ずかしくて呼べないです」

「デイル様が可哀想ですわよ。夜ごとアキの名を出して自身を慰めておいででしたのに」


 ナンシーとわたしはブッと吹きだした。 

 

「ちょ、ちょっとセルフィリア! アキになんてことを言うの!」

「私は本当のことを告げるまでですわ。隠し事などなさるから、疑念が積もり積もっていくのです」 


 セルフィリアは迷いの無い言葉を吐き出してくれる。

 逆に精々しいというか、なんというか。

 吹っ切れた感じの表情が見えるかもしれない。

 

「私達は勇者デイルの仲間であり、冒険者でもありますの。マークスティンは知りませんけど、デイルだって性欲を持てあましたら女を買いに行きたいでしょう」

「も、もうセルフィリア!」

「ですがデイルは色街と呼ばれる場所へは一度も赴かなかったですわね」


 勇者は聖人だと思っていたセルフィリアだけに、ショックは大きかった。想いを寄せていた相手がアキの名を呼ぶ。最初は腹立たしくて苛立って、マークスティンにぶつけることが多かったらしいけど。


「殺されるならアキが良いって、仰られていましたわ」

「!」

「冒険者やってると死にもの狂いで足掻きますでしょ? 誰が好き好んで殺される運命を待つのですか――と、デイル様だけは違いましたけど」

「そこで私とセルフィリアは、デイルをきっぱりと諦めることができたの」


 ショックだよねーと笑い合う彼女達に、わたしは何も言い返せなかった。だって、アホ勇者にはあれが相応しいんだって思ってたから。


「デイルは私達には身に余る勇者だったと。アキ、頑張ってね」

「え? え?」

「デイル様は幼少の頃に勇者として世界を旅していたのですわ。ご両親に甘える暇なく、ご自分を強くすることだけにしか集中できなくて。ですが、これからはアキがデイル様の愛を受け止めてあげてくださいね」



 二人に言い寄られて、わたしはハイと頷くしかできなかった。

 




***



 ドレープ素材のワンピースを着こんで、闘技場の広場に出る。

 何かの掛け声がしてふらりと立ち寄ると、アホ勇者とルッシーがシャイニングソードで打ち合っていた。


「左側が注意散漫だ。それでアキを守ろうだなどと笑わせる!」


 ギィン……! とルッシーの剣がアホ勇者の剣にぶつかっている。

 

「俺はこれから、なんだよ! 千歳のドラゴンに追いつけるわけないだろう! このくそ爺!」

「ようやくお前の本音が聞きだせたか――我をくそ爺などと罵ったのだから、さぞ強い剣神なのだろう――!」


 縦、横に薙ぎ払って、もう一度ぶつかり合う。

 そしてその上から乱入者が降って現れた。


「お前たちの醜い争いをしている間に、にえが来たぞ」

「え?」

「アキッ!」


 アホ勇者を押しのけて、ルッシーに抱きあげられた。

 

「ルッ、ルッシー……!」

「アキ、アキッ! 不甲斐ないドラゴンで悪かった。我はまた、再び強くなる努力をしよう」


 だから消えてなくなるなと抱きしめられた。

 ルッシーは常に無表情だから、わたしが居なくなっても寂しいだなんて実感が湧かなかったのに。


「ルッシーを不安にさせちゃったね。ごめんね、ルッシー。大好き」


 ルッシーの目にも涙。

 ぺろりと舐めたらしょっぱかった。


「アキ……その、俺……」

「わたしのために強くなる自信ある?」

「あぁ、俺はさらに先を行くよ。だから、アキ……」

「わたしは強い人にしか興味ないんだ。デイルも、そうだよね?」

「お、俺の名前……も、もちろん! ルシエルより、魔王よりも強くなるよ!」


 二人からまた挟まれた。

 く、苦しい。

 


 そして……




「勝てたら良いな。お前たち全員、この俺に」

「またその台詞せりふ……もう飽きたよ」


 自称魔王のこめかみがピクリと動く。


「馬鹿が。お前が引き出せぬだけだろう」

「ふぎゃっ、やめ、やめてよぅ!」


 乾かした黒髪がくしゃくしゃと乱される。

 乱暴だけどなんだろう、最初に会ったときの冷徹さが消えた感じがする。


「わたしは諦めないんだから」

「ぞんぶんに足掻け。そのぶんにえも強くなるだろう」


 まだ見ぬ世界で、弱く生きるには辛すぎる。

 旦那様プラス勇者と魔王を引き連れて、わたしは私だけの冒険をする。

 

 否定されたって構うもんか。

 生きた証をこの世に刻み、わたしはわたしであるがために地を歩く。


 



 イメージイラスト追加↓


挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)




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