決着の行方は
「ガキンチョが棄権した? じゃぁ、わたし達が勝ったの?」
今ごろになって腰が抜けた。
足元がおぼつかなくて、ルッシーに慌てて支えられる。
ルッシーの体だってボロボロなはずなのに、わたしを優先しなくても。けどなぜかな、今だけは無性に縋りつきたくなってしまう。
魔物女子になってから、命の大切さを特に感じるよ。泣く回数も増えた。わたしはこんなに泣き虫じゃなかったのに。
「あの魔王に勝てたな」
「う、うん。ほとんどルッシーのおかげだよ。それと、わたしはやっぱりルッシーの助けにもなれなかった。ごめんね……」
役立たずもいいとこだ。
闘技場での戦いはルッシーに守られながらわたしの盾となり、剣となってくれた。そんな彼にこそ、ドラクレス達を統べる国でふんぞりかえって欲しいとか思わなくもないだなんて。
「我は、アキからの応援が欲しかった。ほっぺにキスだって、我からねだって貰える機会を狙っていた。打算を考えていたのは我の方だ」
「ん?」
「それに元はと言えば、我のわがままでアキを巻き込んだ。アキの気持ちを考えぬまま暴走して、気遣われてしまったことはツガイのオスである我のせいでもある」
ルッシーの銀色の髪をぐしゃぐしゃと撫でちゃった。
ボサボサになっちゃったけど、カッコよさはそんなことじゃ崩れないから不思議だ。
「ルッシーのせいじゃないよ。あのガキンチョとは場所は違えど、どこかで戦ってた気がするもん。にえにえ~、って言ってわたしを喰いに襲い掛かってきたはず」
生殺与奪の確率が低い条件のもと、制約も桁外れに多いチーム戦で戦えたこの機会はチャンスだったんじゃないかと思う。逆の発想でいえばわたし達ってかなり運が良い方なんだよね。今回の戦いではレベルなんてちっとも上がんなかったけど、わたしにとっては得られるものが多かった。
「あ」
ギュルルル
「……ご、ごめん」
「アキの腹の虫だな」
ペルシアちゃんに少し待ってもらったよ。
腹が空いては戦ができぬというもの、常備していた洞窟ガリガリご飯を食べちゃった。こんな硬そうなご飯、わたしにしか食べられないってのにアホ勇者が果敢にも挑んできた。
「わたしのご飯に興味心身?」
コクリと頷くアホ勇者に待てをして、尻尾を振ったわんこにどうぞと差し出した。口に含んではぺっと吐き出して涙目になっているよ。これが当たり前の反応だよね。
「これはわたし専用なの、アホ勇者には無理!」
ルッシー手作り巾着の中のがりがりご飯に視線を向けると、今度は巾着ごとなくなっていた。こんな芸当できるのはルッシーか、ガキンチョしかいない。ふよふよと宙に浮きながら足を組み、超えらそうなガキンチョに冷たい視線を送っても良いよね?
「おい、このガリガリすっごく甘いぞ。どうなってる」
「ルッシーに三原色で、プリン味という至高の味を再現してもらいました」
「おい、味の有無がお前に分かるというのなら、俺にだって作れるはずだな。使い道のない弱者な餌の存在意義を、俺はようやく見つけた気がする」
「あんた超失礼なこと言ってるの自覚してんのコラ……」
わたしと同じ洞窟化できる魔王ラクスが、ガリガリご飯を余裕で食べてるの。ずいぶんと頑強な歯をお持ちで……って、それはわたしも一緒か。金平糖なみにボリボリっとな。
「今度はもう少し柔らかい感触にしてもらうんだ。ルッシーに!」
ここぞとばかりに甘えて、夫を使うべし!
そのあと美味しく頂かれるのはわたしの方かもしれんけどね。とほほ。
「ツガイのヨメたるもの、そこは餌が料理するのではないのか。お前は他力本願すぎる」
「わたしがマゼンタを使うと焦がしちゃうんだよ。まだ二色しか使えなくて……って、敵のガキンチョがどうしてすんなりわたしの隣で食ってんの? それわたしのご飯だから!」
「俺の飢餓感が半端ないと言ってるだろう。悪くて餌の精気を根こそぎ奪うぞ」
「ちなみにそれって」
「夜の営み「はいNG! バカとアホは二人で結構ですから!」」
プリン味なガリガリご飯を奪い合いながらも、俺様魔王が見事に完食です。ルッシーに、いつか海鮮丼やら肉のフルコース味のガリガリご飯を作ってもらうんだ。
『あの~、空腹は満たされたでしょうか。よければ決勝戦を初めていただきたいのですが』
「無粋な愚図め、空気を読め」
『ことごとく人を貶める発言を繰り返されますね。私はこれでも司会進行を務める立場にあるのですよ。その権限であなた方に休憩時間を与えているということをお忘れなく!』
憤慨したペルシアちゃんが、法衣の文字列をどんと増やしにかけている。ここに居たら、わたしとルッシーもガキンチョの巻き添えを喰らうじゃないの。
「あんた、ほんとーにデリカシーないよね。もうあっち行ってよ! いこ、ルッシー!」
「うむ。デリカシーとやらを身に付けるがよい。小僧」
「デリカシーとやらを餌が教えろ。あー、寝屋では優しくすれば良いのか?」
二つの蹴りがガキンチョにお見舞いされるも、三原色で防御される。
「アキは我のツガイなので手出し無用だ」
「これからアキの第二の夫を賭けて勝負するので君は邪魔。うっとおしいから退場してくれ」
「勇者とアークドラゴンと俺――正直最初は面倒だったが、レベル上げには三つ巴な戦いも面白そうだな。機会があれば俺も参戦させてもらおう」
二人でもいらんのにもう一人増えたら収集がつかな……
『では、ドラゴンと魔物女子チーム対、勇者チーム。決勝戦はじめ!』
****
彼ら勇者チームが舞台上に立つと、煌びやかさに戸惑う。
観客らの声援は特に大きく、アウェーを感じさせられちゃうよ。
わたしとルッシーは肩身が狭いじゃん!
それなのにあのアホ勇者ときたら、胡散くさい笑顔をみんなに振り撒いてやがんの。あー、あー、そうだった。最初にこいつと会った時もこんな顔してた気がする。
「アキは本当に強くなったね」
「それはどーも」
しょっぱなから本気モードのアホ勇者にわたしは度肝を抜かれた。
右手に持つのはルッシーと同じ剣、シャイニングソード。あんなので斬り付けてくるんじゃないでしょーね。
「貴様は一度、我のアキからスキルを奪おうとしたな」
「洞窟化のね。でも、俺はもう無理強いしないことにした」
剣と剣が激しく衝突する。
それから、勇者チームの斧の使い手マークスティンが振りかぶった。
ドゴォッと、床が深く抉れる。
この馬鹿力のせいで足場が崩れる。
「俺らの平穏のために、デイルに勝たせてくれ! 遅い初恋なんだよ、な、デイル!」
「うん!」
「勇者のどこを見て遅いと言うのか。我の初恋の方が千年も遅いのだぞ」
「「「ええっ!」」」
「ルッシーてば千歳越えてるのっ! うっそ!」
「アキを見つけるまで恋などしたことない。十五、六年の若造の初恋など大したことないではないか」
わたしの旦那さまがそんなに待てを……いや、もしかしたらぼっちだった? これじゃあ普段のスキンシップがべたべたになるはずだ。
「聞きましたかマークスティンさん! わたしのルッシーの方が遅い初恋だって!」
「あああ、デイルの暴走を止められるのは君だけだ、アキちゃんっ、悪ぃなっ」
大技使わなくてもこの威力……勇者チームの名は伊達じゃない。しゃらんと、丈の長い白巫女風な女性が錫杖を打ち鳴らした。
「はぁ、デイル様ってば恋は盲目ですわよ。このわたくしがお傍におりますのに」
「セルフィリア、もうあれ使うの?」
「えぇ、本気で戦っても良いとお達し頂けましたので。ナンシーもちゃんとケジメをお付けになさらないと」
「うん……そーだね」
キンッと耳鳴りがする。
空気が冷たく、床を見ると氷つつあった。
「氷幻の自由を解き放つ。いでよ、白椿!」
白くて長い布を纏いし美の彫刻のような女性に、わたしの心臓が止まりそう。
「召喚を得意とするのはアキだけではなくてよ。いざ、勝負!」
闘技場が一瞬にして白い世界に染まる。
氷の世界にわたしの体が震えあがった。
「さ、さむい……」
「甘いわね、アキ。隙がありすぎよっ!」
慌てて体を避けたら、ナンシーが拳を打ち込んできた。
わたしはそれを精いっぱい避けるけど、床が凍っているためか滑ってこけた。
「っつう!」
「アキ! くっ……!」
わたしがこけたから気の散ったルッシーが、勇者からの攻撃に受け止められなかった。ルッシーの長くて美しかった銀色の髪がバサリと切られてる。
「ルッシー、ルッシー!!」
「私は魔術と体術を得意とするの。今までチームのみんなやデイルを、それで支えてきた」
いつも軽快にしゃべるイメージのナンシーが、苦しそうに喋っている。わたしの存在は、彼らには受け入れられるものではないのを知ってる。それなら協力なんてしなきゃいいのに。
「アキにはすでに夫がいる、だから諦めた方が良いって何回も言ったの。でもデイルが諦めることはなかった」
「くぅ……」
いつの間にか足元が氷漬けされている。
わたしの動きが封じられてしまっていた。
「幼馴染の私達よりもアキを選ぶって言ってるの! もう、私たちの声なんかじゃ止められないのよ」
冷たい両手で頬を抑えられる。
泣きそうな顔のナンシーに、わたしはどう言葉を返せばいいのかわからない。けどね、わたしにだって選ぶ意志があるっての。
「わたしは殺してやるって何度も言った……」
ルッシー目掛けてアホ勇者が剣を何度も斬り付けていく。わたしという荷物がなければ、ルッシーは誰にも負けないんだから。
「この戦いで私に勝ったら、アホ勇者の望みを叶えても良いって。わたしの野望は尽きないよ……」
アホ勇者がサンドバックになってくれたらわたしはもっと強くなれる気がする。レベル6しかないこのわたしは、ガキンチョの魔王にもいずれ勝つのだ。障害は高ければ高いほどいい。
「あのスキルを使うつもり? ――舞い踊れ火球、ファイアボール!」
「洞窟と共に! 来て、わたしの仲間達!」
ルッシーによる三原色の防御幕は、今回使用を止めてもらった。
守られてばかりじゃわたしはいつまでたっても弱いままだから。
何のための二色使いだ。
わたしはマゼンタを使えるはずでしょう。
いつまでもおんぶに抱っこで良いわけない!
ルッシーに甘えるのなんて、卒業しなくちゃ進めないよ。
「ヴァッファロウ!!」
ありったけの赤紫色の剛速弓で炎の威力を半減させた。
炎と炎がぶつかり合うと威力は増すが、わたしの体に降りかかるのは逸らせたと思う。これでナンシーとセルフィリアの攻撃は対処できる。
「ルッシー……ッ!」
ルッシーがアホ勇者に押されてる。
あれは、現在を司る光の精霊だ。あの子がルッシーの動きを封じてるんだ!
「アキちゃんの身が危ないから、剣技に集中できないんだよ」
「!」
「それはうちのデイルも一緒だけどな。三つ子の精霊でカバーしてるよ。ほんと、欲しいもののためによくやるぜっ!」
勢いよく斧が振り下ろされる。
当たれば致命傷な攻撃ばかり。
マークスティンさんもナンシーもセルフィリアも、みんな本気なんだ。
洞窟と共にで喚び出したキラーアントやブルドックアーマー、スケルトンアーマーはナンシーとセルフィリアの足止めをしてくれている。
わたしはノーマークかと思いきや、マークスティンさんにばっちりロックオンされていた。
「わたしのせいで、ルッシーが押されてるの?」
「たぶんな」
ヴァッファロウでマークスティンさんを打ち返そうにも力では敵わない。
敗北の二文字が脳裏を掠む。
魔王ラクスの冷ややかな瞳と目が合った気がした。
「――勝負あったな」
「そのようですね」
わたしはマークスティンの斧の打ち合いにより、場外へ弾き飛ばされる。失格となったわたしが負けを認めたとき、ペルシアちゃんの声が高々に聞こえた。
『優勝は、大本命の勇者チームです!』
闘技場の観客たちが一気に湧き上がる。
その声を耳にしながら、私は意識を手放した。




