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最終話 世界の音

鏡湖の異変が解決してから一か月。

リナたちは旅を続けていた。

山へ行った。

海へ行った。

小さな村へも行った。

忘れられた鐘。

誰も使わなくなった道。

名前の消えた花畑。

消えかけた音を見つけては聞いた。

そのたびに沈黙は小さくなった。

だが。

世界の異変は終わらなかった。

むしろ増えていた。

ある日。

勇者協会から緊急召集がかかる。

王都。

協会本部。

大広間には各地の勇者たちが集まっていた。

奏者たち。

協会長。

そしてリナたち。

協会長が静かに言う。

「見つかった」

部屋が静まり返る。

「沈黙の中心だ」

地図が広げられる。

世界の中央。

誰も踏み入ったことのない荒野。

そこには古い神話にも記録された場所があった。

『無響の谷』

世界で最初に沈黙が生まれた場所。

勇者たちは出発した。

何十人もの奏者。

壮大な遠征だった。

だが。

谷へ近付くほど。

音が消えていく。

鳥が鳴かない。

風が鳴らない。

足音さえ小さくなる。

やがて。

谷の中心へ辿り着く。

そこにいた。

巨大だった。

山のように大きい。

黒い影。

無数の沈黙が集まっていた。

何百年。

何千年。

忘れられた音。

失われた記憶。

誰にも聞かれなかった声。

それら全てが集まり。

一つになっていた。

勇者たちが構える。

エレナも。

ガロンも。

ミリアも。

戦う準備をする。

だが。

リナは動かなかった。

ただ見ていた。

すると。

聞こえた。

泣き声。

苦しみ。

寂しさ。

怒りではない。

憎しみでもない。

ただ。

忘れられた悲しみだった。

リナは前へ歩く。

「危ない!」

エレナが叫ぶ。

だが止まらない。

巨大な沈黙の前まで進む。

そして。

小さく尋ねた。

「寂しかったんか」

その瞬間。

世界が震えた。

巨大な沈黙が泣いた。

空が揺れる。

大地が震える。

何千年分もの声。

何千年分もの悲しみ。

それが溢れ出す。

勇者たちは耳を塞ぐ。

だがリナは聞き続けた。

逃げなかった。

聞いていた。

それだけだった。

やがて。

リナはオカリナを取り出す。

そして吹いた。

小さな音。

世界で一番小さな音。

けれど。

優しい音。

すると。

エレナがバイオリンを奏でる。

ガロンが太鼓を鳴らす。

ミリアがハープを奏でる。

他の勇者たちも続いた。

世界中の音が重なる。

強さを競う音ではない。

聞いている。

忘れていない。

そう伝える音だった。

その時。

巨大な沈黙の身体が崩れ始める。

黒い影は消えていく。

風になる。

波になる。

鳥の声になる。

木々のざわめきになる。

忘れられていた音たちが。

世界へ帰っていく。

最後に。

リナだけが聞いた。

『ありがとう』

それは。

最初に森で聞いた声と同じだった。

長い長い時間。

誰かに聞いてほしかっただけなのだ。

静かな風が吹く。

谷に音が戻る。

世界に音が戻る。

こうして。

数百年ぶりに現れた聴者は。

敵を倒さなかった。

誰かを支配もしなかった。

世界を変えようともしなかった。

ただ。

聞いた。

それだけだった。

数か月後。

リナは村へ帰ってきた。

見慣れた丘。

見慣れた風。

見慣れた家。

じいちゃんが畑にいた。

「帰ったでー」

リナが声を上げる。

じいちゃんが振り向く。

「おう」

「帰ってきたか」

「ただいま」

じいちゃんは笑う。

「で」

「世界救ったんか?」

リナは少し考えた。

そして首を傾げる。

「知らん」

「なんやそれ」

「うち聞いただけやし」

じいちゃんは大笑いした。

「上出来や」

風が吹く。

草が揺れる。

遠くで鳥が鳴く。

リナはオカリナを取り出した。

小さな音が丘に響く。

誰も知らない音。

けれど確かに世界にある音。

それを聞きながら。

リナは少し笑った。

旅は終わった。

でも。

音を聞く旅は。

これからも続いていく。

― 完 ―

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