第1話 選定式へ行こか
風が吹いていた。
丘の上。
草が揺れる。
遠くで鳥が鳴く。
村を見下ろせるその場所で、リナはオカリナを吹いていた。
ポーー……
高くて細い音が風に溶けていく。
演奏というほど上手くもない。
ただ好きだから吹いている。
それだけだった。
「またおるんか」
後ろから声がした。
振り返ると、じいちゃんが杖をついて立っていた。
「おるで」
「毎日飽きへんな」
「風の音毎日違うし」
リナはそう言ってもう一度吹く。
じいちゃんは隣に腰を下ろした。
しばらく二人で風の音を聞いていた。
「じいちゃん」
「なんや」
「なんでオカリナってこんな形なんやろ」
「知らん」
「知らんのかい」
「知らんもんは知らん」
二人で笑った。
村には昔から楽器があった。
笛を吹く人。
弦を弾く人。
太鼓を叩く人。
大人も子供も何かしらの楽器に触れて育つ。
それは当たり前のことだった。
だから十二歳になると、一つの行事がやってくる。
選定式。
王都で開かれる、勇者候補の選定。
楽器を持つ者なら誰でも参加できる。
行くも行かないも自由。
祭りみたいなものだ。
少なくともリナはそう思っていた。
翌日。
村の広場。
村長が名簿を持って立っていた。
「さて、今年の参加者やけどな」
子供たちが集まる。
「フルートのマルク」
「はーい!」
「リュートのアレン」
「はい!」
村長が紙をめくる。
「オカリナのリナ」
「おるで」
周りの大人たちが少し驚いた。
「リナも行くんか」
「珍しいな」
「王都なんか興味ない思てたわ」
リナは肩をすくめた。
「行くだけやで」
村長が笑う。
「なんやそれ」
「王都見てみたいし」
「観光か」
「観光や」
帰り道。
じいちゃんと並んで歩く。
「ほんまに行くんやな」
「せやな」
「勇者になりたいんか?」
リナは少し考えた。
「別に」
「やろな」
「王都行きたいだけやし」
「やろな」
「あとでっかいパン食べたい」
「やろなあ」
じいちゃんは大笑いした。
リナもつられて笑った。
その夜。
夕食のあと。
リナは窓辺でオカリナを磨いていた。
古いオカリナだった。
じいちゃんからもらったもの。
少し欠けている。
色もくすんでいる。
特別なものには見えない。
「なあ」
リナが聞く。
「なんや」
「選定式って何するん?」
じいちゃんはお茶を飲みながら答えた。
「演奏するんやろ」
「それだけ?」
「知らん」
「また知らん」
「わし行ったことないし」
「そうなん?」
「村出るん面倒やった」
リナは呆れた顔をした。
「なんやそれ」
「若い頃から出不精や」
少し沈黙が流れる。
外では虫の声が聞こえる。
風が窓を揺らした。
その音を聞きながら、じいちゃんがぽつりと言った。
「まあ行ってこい」
「うん」
「面白いもん見れるかもしれん」
「でっかいパン?」
「それしかないんか」
「重要やで」
「ほな食べてこい」
「食べてくる」
その夜。
眠る前。
リナは窓を開けた。
風が部屋に入ってくる。
遠くの丘。
鳥の声。
草の揺れる音。
村の誰かが弾く小さな弦楽器。
いろんな音が聞こえる。
リナはなんとなくオカリナを手に取った。
小さく吹く。
ポー……
風が返事をしたような気がした。
「変なん」
そう呟いて笑う。
その時はまだ知らない。
王都で待つ選定式が。
そして自分だけに聞こえる音が。
世界そのものを変えてしまうことを。




