うわぁ…彼女は威圧感がある
翌朝。
ナハトヴァルト公爵邸の食堂は、まるで修道院のように静まり返っていた。
テーブルの端に座らされたライサンダーは、目の前に並べられた朝食、硬そうなパンと、何かのハーブスープ――を眺めていた。
周囲には数人のメイドが立ち並び、一挙手一投足を見張っている。まるで、毒を盛るか、あるいは盛られていないかを確認されているかのようだ。
「……食べるべきか、あるいは丁重に拒否すべきか」
一口スープを啜る。
意外なことに、味は悪くない。むしろ、驚くほど洗練されている。
その時、食堂の扉が重々しい音を立てて開いた。
入ってきたのは、昨日とは違う――いや、昨日よりも鋭利な雰囲気を纏ったセラフィナだった。
彼女は迷いなくライサンダーの向かいに座ると、優雅な動作でティーカップを手に取った。
その動作の一つひとつが美しく、そして……うわぁ、威圧感がすごい。
彼女がそこに座っているだけで、食堂全体の気温が数度下がったような錯覚すら覚える。
「……おはようございます。公爵閣下」
ライサンダーが声をかけると、彼女はカップを置かずに、冷ややかな視線を向けた。
「昨夜、あんな時間に廊下を彷徨いていたそうね。……自分の部屋の場所も覚えられないのかしら?」
「左の廊下は教えていただきましたが、そこから右に曲がるか左に曲がるかの判断が難しくて。この城は、対称性が高すぎて迷路みたいですよ」
セラフィナは鼻で笑った。
「言い訳ね。それとも、私の視察を盗み見るのが目的だった?」
「盗み見るなら、もう少し隠密スキルを磨いてからにします」
彼はわざとらしく肩をすくめて見せた。
セラフィナの指が、カップの縁を叩く。カチリ、カチリと乾いた音が、静寂に緊張感を走らせる。
「あなたは噂通り、図太い王子ね。普通、この場所で私を前にすれば、震えて食事も喉を通らないものだけど」
「震える必要が? 僕がここで大人しくスープを飲んでいる限り、閣下は僕を殺さない……そう判断しましたが」
セラフィナが目を細めた。その瞳に、一瞬だけ鋭い「興味」が宿る。
「……なぜそう思う?」
「ここが『外交の場』だからです。僕を殺せば、ルテニアとの関係は修復不可能になる。閣下が合理性を重んじる方なら、まずは僕という『担保』を最大限利用するはずだ」
セラフィナは少しだけ黙り込んだ。
彼女の表情から読み取れるのは、憤怒ではない。もっと冷静な……計算だ。
「合理的、か。……そうね。あなたは私にとって、せいぜい『ルテニアとの交渉を有利にするための道具』に過ぎない」
彼女は立ち上がり、ライサンダーのすぐ側を通り過ぎようとして瞬だけ足を止めた。
その香水の匂いが、ふわりと鼻をかすめる。冷たい森のような、少し寂しい香り。
「今日から、私の執務を手伝いなさい」
「……は?」
「『無能』なりの使い道を見つけてあげる。……せいぜい、期待に応えることね」
彼女が食堂を出て行った後、ライサンダーは椅子にもたれかかり、大きく息を吐いた。
背中に、冷や汗が流れているのを感じる。
「……威圧感が半端ないな。本当に人間か?」
だが、彼は知らず知らずのうちに、ニヤリと口角を上げていた。
彼女が去り際に残した書類の束――そこには、公爵領が抱える「秘密」のヒントが隠されているかもしれない。
「執務か……」
これは、ただの追放生活では終わらない。
ライサンダーは最後の一口を飲み干すと、立ち上がった。
「さて。まずは、彼女が隠している『しっぽ』を掴むとしようか」
ナハトヴァルトでの、本格的な「王子の無能演技」が、今、幕を開けようとしていた。。
みんな、寝たいんだ。




