2-20
嫌な臭いがする。
錆びた鉄のような生臭い臭い。
私が一番嫌いな臭いだ。
私、怪我なんてした?
でも、体はどこも痛くない。
なら、この臭いはどこから...。
意識が浮上して、瞼が開く。
けれど、周りは暗くて何も見えなかった。
体を動かすと、自分が冷たい床に寝ていることが分かった。しかも、腕を後ろ手に縛られている。
「ここ、どこ?」
埃っぽいこの部屋には、明かりはない。
目を凝らして部屋の隅を確認すると、古びた木箱がいくつも積み上げられていた。
古い倉庫?
私、どうしてこんな所にいるの?
私の中に焦りが生まれ、段々と恐怖が這い上がってくる。私は拘束を解きたい一心で、小刻みに腕を動かした。すると、暗がりの中から身動ぎする音が聞こえた。
「ゴホッ、はぁ、バレリーさん、大丈夫ですか?」
「え?ニルセン様?」
「はい。すみません、貴女を守りきれませんでした。はぁはぁ、ぐっ...。」
「ニルセン様!?」
ニルセン様の様子がおかしい。
私は、声がした方へにじり寄った。
ニルセン様に近付くにつれて、私の嫌いな臭いが強くなる。嫌な予感がした丁度その時、雲から出た月の光が、真っ暗な部屋の中を照らし出した。
「うそ...。ニルセン様...。ニルセン様!しっかりして下さい!」
ニルセン様は酷い怪我を負った状態で、柱に縛りつけられていた。
ぐったりしたニルセン様からは、今も血が流れ落ちている。どう見ても楽観視出来る状況ではなかった。
「...私は、大丈夫、です。バレリーさんの拘束を解きますから、後ろを向いて下さい。」
ニルセン様が踵を強く踏むと、靴の先端から小さな刃が飛び出してきた。ニルセン様は、それを使って器用に私の腕の縄を切ってくれた。
「私のピアスを取ってくれますか?」
私は言われた通り、ニルセン様の右耳のピアスを外した。ピアスに付いている青い石は、ニルセン様の瞳の色によく似ていた。
「そのピアスを使えば、一定時間、姿を消すことが出来ます。私が作った物ですが、効果は保証しますよ。それを使って、バレリーさんは、今すぐここから逃げて下さい。」
「わ、私だけ逃げるなんて出来ません!逃げるなら一緒に!」
「残念ですが、そのピアスは一人用なのです。」
「でしたら、怪我をしているニルセン様が、ピアスを使って脱出して下さい。私は大丈夫です。」
「騎士が女性を置いて一人で逃げるなんて出来ませんよ。それに、貴女は団長の大切な人です。決して失ってはならない人なのです。」
私を見つめるニルセン様の顔には、悲観も絶望も感じられない。
ただ、そこにあるのは、強い覚悟だけだった。
ヴェイル様の下に帰りたい。
だから私も、今ここで覚悟を決めなきゃ!
「ニルセン様、このピアスにかかっている魔法は、ニルセン様のものですよね?」
「ゴホッ、...ええ、そうですが。」
「ニルセン様、貴方の魔力を私にくれませんか?二人でヴェイル様の下に帰るために!」
私はニルセン様が隠し持っていたナイフで、彼を拘束する縄を切り始めた。




