*ヴェイル視点 15
今頃、ステラは、同僚達と別れを惜しんでいるのだろうか。
明日の朝、サージェントの使節団は、この国を発つ。ゼイン医官とその部下数名、そして、ステラを残して。
ステラが、この国に残る決断をしてくれて良かった。でもきっと、彼女は、こんな俺に二度と会いたくなかっただろう。
これから俺は、そんな彼女に、どう償えばいい?
「ステラ…。」
俺は、執務室の窓から、ステラがいる離宮に目を向けた。
昨夜の痛々しいステラの姿を思い出すだけで、俺の胸は張り裂けそうになる。
あの時、気丈に話していた彼女の声は、終始震えていた。
当たり前だ。あれだけの事情を抱えていたのだから。
それなのに、俺は、ステラの傷を更に抉るような事をしてしまったのだ。
獣人は、一様に嫉妬深い。
一度、恋人や伴侶と定めた相手には、酷く執着する。
その上、俺は異能者だ。異能者の番に対する欲求の強さは、常軌を逸する。そんな事は、父上を見て、よく理解していたというのに、俺は自分を律することが出来なかった。
俺とステラの色を交ぜた、あのドレスを着ている知らない女性を見た瞬間、感情が爆発してしまった。
あっという間に黒い感情に呑み込まれた俺は、どうやってステラを連れ去ろうかと、ただそれだけを考えていた。
今思うと、そんな自分に反吐が出る。本能に負け、ステラを害そうとした卑劣な自分の心に。
俺は、手元にある一通の手紙を大事に撫でた。
ゼイン医官を通して、ステラから貰った手紙。そこには、綺麗な文字で、謝罪と俺を気遣う優しい言葉が書かれていた。そして、今日の夕方、俺の所に来ることも。
俺はその手紙を、もう一度初めから読み返すと、丁寧に胸元へしまいこんだ。
これから、ステラの本格的な治療が始まる。
魔力がなければ維持出来ないステラの体は、一刻も早い治療が必要なのだ。しかし、実験による後遺症を完治させる事は、難しいのだという。
だから、生まれ付き魔力を持たないステラの体に、魔力を生み出す器官を移植する。
ゼイン医官曰く、それは、命懸けの治療になるそうだ。だが、俺は、俺の命を使う事に躊躇しない。ステラの命は、どんな事をしても必ず助ける。
「団長、バレリーさんが、いらっしゃいました。」
「ああ、分かった。」
俺は、自室の扉を開けて、廊下に佇むステラを迎え入れた。
そして、昨夜の俺の態度を、膝を突いて誠心誠意謝罪した。「悪いのは、全て俺なんだ。」と、惨めったらしく彼女に縋った。今後も治療に協力させて欲しいと。
心優しいステラは、そんな俺の謝罪をすぐに受け入れてくれた。その後は、彼女まで謝りだして、終わりのない謝罪合戦になってしまったが。でも、ステラが笑ってくれて...。俺に笑顔を見せてくれて、ホッとした。
だが、俺は愚かな自分を赦すつもりはない。
だから、俺のこの気持ちは封じよう。
俺はただ、彼女の幸福な未来だけを願おう。
それが、俺に出来るステラへの贖罪であり、愛なのだから。
 




