*ヴェイル視点 8
走って、走って、走って。
道なき道を最短距離で、一心不乱に走り抜けた。
無惨に破壊された小川を飛び越え、ニルセンが持つ魔道具の信号を追う。
ステラは大丈夫だ。
彼女の側には、ニルセンとメルデンがいる。
だから、大丈夫...。
俺は、何度も自分に言い聞かせた。
しかし、なぜ竜は向こうへ行った?
ニルセンもメルデンも、そこまで魔力は多くない。
むしろ、こちら側にいた騎士達の方が、高い魔力を持っていた。
餌なら近くに揃っていたというのに。
なぜ、態々あの体で移動した?
回復のためにも、逸早く魔力を喰らいたいだろうに。
どんなに考えても答えは出てこない。
だが、何だ?
この言いようのない不安は...。
俺は、大きな岩に飛び移ると、ステラの姿を探して目を凝らした。
いた!
ステラは、ニルセンの手を借りて、急な岩場の斜面を登っていた。その下方には、竜が迫っている。
俺は、更に速度を上げて、ステラの下へ急いだ。
その時、竜が前足を高く上げ、後ろ足だけで立ち上がった。そして、そのまま地面に体を打ち付ける。
その衝撃で地面は激しく揺れ、重なり合っていた岩が、音を立てて崩れていった。
俺は、瞬時に体勢を立て直し、地面に降り立つ。その一瞬の時間に、ステラの体が、急な斜面に投げ出されていた。
「ステラーーー!」
斜面を転がり落ちるステラの体は、辛うじて、枯れ木に引っかかった。しかし、酷く体を痛めたのか、ステラはその場から動かない。竜は、そんな彼女を涎を垂らして狙っていた。
どうして...。
なぜステラなんだ?
餌なら俺がいるだろう。
駄目だ、絶対に。
絶対に彼女は渡さない。
必死に駆ける俺を嘲笑うかのように、竜は口を開けてステラに迫る。
そこへ、ニルセンとメルデンが割り込んだ。
ああ、あの二人なら大丈夫だ。
そう思った矢先、竜は口から炎を巻き上げた。
ここからでは間に合わない。
俺は、有りっ丈の異能を剣に注いで、竜に向かって投げつけた。
神よ、頼む。
ステラを守ってくれ。
母上が消えてから、父上が落ちぶれてから、背を向け続けてきた神に、久方ぶりに祈った。今更、図々しいとは分かっていても。
その時、ステラの体から膨大な魔力が溢れた。
高濃度の魔力は、キラキラと光を反射して、花弁のように彼女の周りを舞っている。
こんな危機的な状況だというのに、俺はステラの幻想的な美しさに、目を奪われてしまった。
その魔力が、ニルセンとメルデンの前に集まり、鏡のような盾を作り上げる。盾は、竜が放った炎を柔軟に受け止め、そのまま反転させた。
返された黒炎と俺の青炎が合わさり、竜へと向かう。
圧倒的な火力に襲われた竜は、叫び声すら上げることなく、全身を焼き尽くされていった。
「ステラ!」
彼女の下へ辿り着いた俺は、崩れ落ちたステラの体を抱き上げた。
血の気を失ったステラは、目を閉じたまま動かない。
さっと彼女の状態を確認すると、衣服は至る所が破れ、血が滲んでいた。そして、土で汚れた額からは、真っ赤な血が流れていた。
「ステラ...、ステラ...。頼む、死なないでくれ。」
俺は回復魔法は使えない。
回復薬も切らしてしまった。
医学の知識なんて皆無だ。
今の俺には、ステラを救う術がない。
俺が不甲斐ないせいで、こんな事になったというのに...。
「団長、しっかりして下さい。まだ走れますよね?バレリー様を抱えて、野営地まで戻って下さい。あちらには、軍医のゼイン様がいます。さあ、早く!」
ニルセンが、ステラの額を布で縛ると、俺の背を強く押した。
俺は、ステラを抱え直して、ただ足を前に出し続けた。
 




