1-28
日が翳ってきた森の中を、私は、ただひたすらニルセン様の背を追って進み続けていた。
苦しい。
肺が痛い。
もう動けない。
私の体力は、疾うに限界を迎えていた。
でも、背後から迫る闇に、全てを飲み込まれそうで、足を止めるなんて出来なかった。
私達が待機していた拠点に、岩竜が現れたのは、突然だった。木を薙ぎ払いながら現れたその竜は、拠点の中を暴れ回り、あっという間に全てを破壊し尽くしてしまった。
そして、今、そこで見つけた私達を、執拗に追いかけ回している。
そんな竜との戦闘は避け、私達は地形を利用して、隠れながら逃げた。木々の合間や洞窟を使えば、上手く撒けると考えたからだ。でも、なぜかあの竜は、見えないはずの私達の位置を正確に把握し、着実にその距離を縮めている。
竜と目が合ったあの時、獲物を見つけたと言われた気がした。
竜が、私を見て笑ったのだ。
多分、竜は気付いた。
私の中にある『アレ』に。
私はもう、竜にエサと認識されているのだろう。
暫く獣道を進むと、森の裂け目のような広い渓谷に出た。
「バレリー様、大丈夫ですか?少しここでメルデンを待ちましょう。」
「は、はい。」
恐怖で止まれずにいた私の足が、ここに来て酷く痛み出す。私はそっとその場に座り込み、傷だらけの足を優しく摩った。
そこへ、メルデン様が偵察から戻って来た。その顔には、少し焦りが浮かんでいる。
「ニルセン、残念だが、駄目そうだ。なぜか私達の位置を、ヤツは完全に把握している。弱っているせいで動きは鈍いが、このままでは、確実に追いつかれる。どうする?私達二人で、やってしまうか?」
「それは駄目ですよ、メルデン。バレリー様を一人にするつもりですか?私達が優先すべきは、バレリー様の命です。今は、団長達と合流することだけを考えましょう。」
「ああ、そうだな。」
ごめんなさい。
私は完全に、二人の足手纏いだ。
それに、私達の位置がバレているのは、きっと私のせい。
それなのに、私はただ震えているだけ。
なんて、情けない。
「バレリー殿、立てますか?遠回りにはなりますが、あの渓谷の岩場を抜けて行きましょう。少しは足止めになるはずです。もう少しですから、頑張りましょう。」
「はい。」
本当に、このまま逃げ切れるだろうか。
怖い…。
でも、今は少しでも前に進もう。最悪の覚悟はしておきながら。
これ以上、二人の迷惑にならないように。
私は、メルデン様の手に掴まって立ち上がった。
私は二人に助けられながら、急な岩場の斜面を登り続けた。
既に、手足の感覚は鈍い。でも、必死に手を伸ばして上を目指した。
「もう少しです。さあ、手をこちらへ。」
「はい!」
斜面の頂上が見えたその時、ドンという衝撃音と共に、地面が大きく揺れ動いた。
「バレリー様!」
体重を支えきれなかった私の手が、岩から離れ、そのまま体が斜面を滑り落ちる。乾いた地面になす術もなく、私の体は転がり続けた。
途中に生えていた木に引っかかり、漸く私の体は、斜面の下方で止まる。
痛みで意識が朦朧とする中、何とか体を起こすと、目の前に竜の巨躯が迫っていた。
逃げなきゃ。
でも、体が動かない。
竜から発せられる殺気が、私の体を地面に縫い付ける。
ダメ。
もう、逃げられない。
そう覚悟した時、ニルセン様とメルデン様が、私を庇うように前に立った。
「大丈夫ですよ、バレリー様。あの蜥蜴は、ここで沈めます。」
「バレリー殿、ご安心を。すぐに終わらせます。」
剣を構えたニルセン様とメルデン様の逞しい背中が、狂気を宿した竜の視線を私から遮ってくれた。
でも、いいの?
見ているだけで?
竜は、私を追って来たのに?
二人の足手纏いになっていたのに?
どうして私は、こんな時まで出来損ないなの?
竜が二人に向けて、炎を滴らせた大きな口を開ける。その口の中には、黒い炎が渦巻いていた。
「ダメ!」
このままじゃ…。
お願い!
お願いだから、答えて!
二人を守って!
私は、自分の中にある『アレ』に向かって、必死に叫んだ。そこに保管されている魔力を引き出すために。
すると、私の懇願に応えるように、私の心臓が大きな鼓動を打った。全身が痺れるほどの脈動に、私は思わず胸を強く押さえる。その胸元から、熱と共に、光の粒子が外へ流れ出ていった。その光は、ニルセン様とメルデン様の前に集まり、不恰好な盾を作り上げる。
そして、迫り来る黒い炎を受け止め、そのまま竜へと跳ね返した。
良かったと、安堵したその瞬間、熱かった私の体に凍えるような寒さが押し寄せる。
寒い。
苦しい。
虚しい。
寂しい。
私の胸に大きな穴が開いたかのように、そこから急激に自分の熱が奪われていく。
薄れゆく意識の中、私の閉じかけた視界に、美しい青の炎が写った。
誤字報告ありがとうございました。助かりました!




