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少し湿った風が吹き抜ける暗い森に、今、刺すような緊張感が漂っていた。
いつもは煩いぐらいに聞こえていた鳥の声も消え、不気味なほど辺りは静まり返っている。
日の出前に起こされた私は、護衛のニルセン様とメルデン様の側で、生い茂る木々の先を見つめていた。
ドン!ドーン!ドン、ドン!
大きな破壊音がしたかと思うと、私の胴体の何倍もある太い木々が、土煙を上げて倒れていく。
その粉塵の中には、奇怪な赤い光が無数に揺らめいていた。
「バレリー殿、何があってもここから動かないで下さい。」
メルデン様が、私達の周りに強力な結界を張って、臨戦態勢を取った。
グオーーー!
耳を劈くような獣の雄叫びが、空気の中を伝播していく。その咆哮によって吹き飛ばされた粉塵の中から、猪に似た巨躯の魔物が、地響きを轟かせて、悠然とその姿を現した。
しかも数は、1体ではない。
これが、魔物の群...。
こんなに沢山の魔物は、初めて見た。
魔物は、口からダラダラと黒い唾液を垂らし、大地に生えた植物を腐らせていく。姿だけは、大きな猪そのものなのに、やはり魔物は、この世界の生き物ではなかった。
気持ち悪い。
その存在が、震えるほど不快だった。
あの魔物の赤い目が、私から命を少しずつ奪っていくようで。
その時、突然、一番端にいた魔物が、近くの騎士目掛けて走り出した。それに釣られて、他の魔物も、一斉に騎士達に襲いかかった。
その中に、アレン様とサージェント王国の騎士達の姿を見つけて、私の鳩尾が引き攣る。
アレン様、どうかご無事で...。
私は、胸元の魔石を握りしめて、みんなの無事を神に祈った。それしか出来ない自分を、歯痒く思いながら。
私にも戦う力があったら...。
それなら私も、誰かを守ることが出来たのに。
怒号と激しくぶつかり合う金属音が、森の中に響き渡る中、微かに吹く風が、鉄錆の臭いを運んできた。その鼻につく臭いが、私の緊張を更に煽る。
「大丈夫ですよ。バレリー様、我々は負けませんから。」
両手を握りしめていた私へ、ニルセン様がいつも通りの優しい声色で話しかけてきた。
「その通りです、バレリー殿。この程度で負ける騎士は、ここにはおりません。ほら、来ましたよ。」
メルデン様が、俯く私に森の先を指し示した。
太陽が昇る場所、高い崖の上に人がいる。
姿を現した太陽の光で、私の目では、その人物の顔は見えない。
でも、光と共に現れたその方が、私達の希望であることは分かった。
「ヴェイル、殿下...、どうか。」
 




