*ヴェイル視点 4
一瞬、疲れた俺の頭が見せた錯覚かと思った。
「よろしくお願いします、殿下。」
俺の前で、可憐な女性が静々と頭を下げている。
こんな薄汚れた場所に似つかわしくない程、彼女は美しく輝いて見えた。
騎士団を率いた俺は、魔物の討伐のために、森の奥深くへと入ってきていた。そして今、水辺の近くに設置した簡易な拠点で、次の討伐の準備をしている。
そこへ突如現れた俺の番、ステラ・バレリー。
なぜ、彼女がここにいるんだ?
この場所は、拠点と言っても、ただの荷物置き場に過ぎず、安全対策は取っていない。討伐が始まれば無人になるこんな危険な場所に、どうして...。
俺は、何度も瞬きを繰り返して彼女の姿を確認した。
その時ふと、彼女の近くに立てかけられた剣が目に入った。
この天幕には、剣やら弓矢やら予備の武器が乱雑に置かれている。
危ないだろう!
彼女がそれに触れて、怪我でもしたらどうする!
俺は、彼女をこの場に連れて来たニルセンを睨みつけた。
「ニルセン、話がある。」
俺は軋む椅子から立ち上がると、ニルセンを連れて天幕から出る。その際、彼女に一声かけた。
「バレリー殿、少しここで待っていてくれ。決して物には触れぬよう。いいな?」
緊張気味に立っていた彼女が頷くのを確認して、俺は足早に天幕から離れた。
「おい、ニルセン。これは、どういうことだ?なぜ彼女を連れて来た?」
「バレリー様は優秀ですので、彼女の上司から許可を取り、団長の補佐として借り受けました。想定以上の魔物の数に、こちらも人手不足でしたので。」
確かにニルセンの言う通り、報告より多い魔物の群れに、俺達は苦戦を強いられていた。事務官として連れて来た獣人を、戦場に駆り出しているぐらいには人手不足に陥っている。
「だが、彼女は非力な人間の女性だぞ!ここは魔物との戦いの最前線だ。戦闘が激化すれば、何があるか分からない。今すぐ彼女を安全な野営地へ送り返せ!」
「ですが、団長!実は...、これは、陛下の命令でもあるのです。」
「は?」
兄上の?
「バレリー様をなるべく団長の側に置くようにと、陛下から密命を受けました。」
ニルセンの思いもよらない発言に、俺は頭を抱える。
ニルセンは頭がいい。
これは、兄上が下した命令の意味に気付いているな。
兄上も余計な事を...。
俺は、番と、彼女と、どうにかなりたいわけじゃない。
それはもう、今更なんだ。
「団長、バレリー様は、私とメルデンが命をかけて守ります。ですからどうか、暫しの間だけでも、彼女をお側に。」
傅くニルセンを鬱陶しく思いながらも、俺はその甘美な誘惑を振り払うことが出来ない。
彼女を側に...。
胸の奥から沸々と湧き出る熱が、俺を番の下へと突き動かした。




