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「頭を上げなさい」
私の頭の上に優しい声と、温かい手が乗る。
それに促され、そっと顔を上げると、そこには主人の穏やかな笑顔があった。
「いつの間にか、可愛い末の娘は、愛する者を見つけたようだ。寂しいが、巣立ちだな」
主人は、少しの寂寞と溢れる程の慈愛が籠った目で私を見つめている。その瞳があまりにも優しくて、私の胸に熱いものが込み上げた。
「アデライード様…」
「ステラ、私は、誰よりもお前の幸せを願ったんだ。こんな時くらい母と呼んでくれ」
「…っ!」
そんな事を言われたら、もう駄目だった。我慢していた涙腺が決壊して、私の視界の色が滲む。そこから熱い涙が流れ落ちて、口からは意味のない声が漏れ出た。
私は、ずっと家族というものに憧れていた。無条件で愛してくれる親がいる人達が羨ましかった。
だから、どんな時も私を気にかけてくれた主人の事を、密かに母のように思っていた。もちろん、それは心の中だけ。そんなことは、口が裂けても言えるわけがないから。でも、姫様も王子殿下も私に優しくしてくれて。不敬とは分かっていても、家族とはこういうものかと、想像の中で勝手に感じていたのだ。
だから、今、母と呼んでもいいと言われて…、願いが叶って、私は、歓喜の涙を我慢することが出来なかった。
私は、震える唇で必死に、けれど、はっきりと愛しい人を呼んだ。
「お母様」
「ああ、ステラ、私の可愛い娘。幸せになりなさい」
私の前にしゃがみ込んだ主人に、きつく抱き締められる。その時感じた体温と匂いは、とても懐かしいものだった。
「ヴェイル殿下、結婚を認めよう。ただし、ステラを不幸にしたら分かっているな?王族だろうと異能者だろうと、サージェント王家が全力で潰す。心得ておくように」
「はい、肝に銘じます」
主人は、私を抱き締めたまま、強い口調でヴェイル様に告げた。それを彼は、真剣な表情で受け入れてくれた。
「さて!」
しんみりしていたところに、姫様の明るい声が斬り込む。それに釣られて、主人の腕の中から顔を上げると、姫様はにっこりと私に微笑みを返した。
「お母様が認めたのなら、私も承諾するわ。とっても、とっても不本意だけれど、ステラの幸せが一番だものね…」
その言葉の後に、でもと、続けた姫様から表情が消える。
「前にも言ったけれど、ウェディングドレスの件は譲らないわよ!ドレスも含めた嫁入り道具は、こちらで用意するわ!ですよね、お母様?」
「ああ、そうだな。あと、サージェントでは、婚約期間は、各々の親元で過ごすのが決まりだ。だから、ヴェイル殿下、婚姻の日まで、ステラは我が国で暮らす。そのつもりでな」
姫様の迫力ある宣言の後、主人は、私の帰国を決定事項として、ヴェイル様に告げた。
その時のヴェイル様の顔は、敵を前にしたような憎悪に歪んだ表情をしていた。




