↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
侵略のポップコーン  作者: 進常椀富
PR
18/35

癒やしのむいむい4

 外はまだ明るかったが、部屋のなかはすでに薄暗い。

 進常が言った。

「ま、敵も下手に動けなくなっただろう。敵が動けないあいだにこっちはミッションシップを直して向こうに突撃でもいい。できるだけ早く直してもらいたいけど、今日はもう作業は無理だろう。アマガを起こして帰ろう」


「起きてー、アマガー」

 メリコがアマガを起こす。


 鈴木は日除けつきの帽子を目深に被った。

 この帽子でも目ざとい人には髪が変だとバレてしまうだろう。鈴木は大きくため息をついた。

「はぁあああああー……」


 鈴木の落胆ぶりを見兼ねてか、進常が慰めるような口調で言った。

「今日は鈴木くんすごく頑張ったから、帰りに『むいむい』寄ってくか」

 鈴木はとたんに目を輝かせた。

「マジすか! 虫買ってくれるんですか!?」

「ごはんもあるから控えめにな。持ち帰りで」

「いぇーいっ!」

 鈴木は跳ねるほど喜んだ。

 虫は鈴木の好物だが、そうやたらと食べられるものではない。

 虫は値段が高く、鈴木の小遣いではとても食べられなかった。

 それに『むいむい』は居酒屋で鈴木ひとりでは入れない。

 進常が特別なときにしか奢ってくれないのだ。

 今日は確かに特別な一日だろう。

 地球の危機を救い、髪の毛を大量に失った。

 こんな日に虫を奢ってくれるなんて、進常はやっぱり鈴木のことをわかっている。

 嫌いになれない。


 メリコもなにかを期待しているような目になった。

「なに? なにかおいしいもの?」

 鈴木は得意になって答えた。

 人差し指を振りながら言う。

「もちろん、むっちゃおいしーよ! メリコちゃんとアマガさんの分も買おうね! 残ったらぼくが食べるから」

 メリコが不思議そうな顔をする。

「シンジョーの分は?」

 進常は顔をしかめた。

「わたしは無理。無理だからいいんだよ、わたしの分は……」




 かくして一行はいったん進常の家とは反対方向へ進み、居酒屋『むいむい』の前まで来た。


「こんばんはーっ」

 鈴木は元気よく暖簾をくぐる。


 鈴木の姿をみとめると、店の主人が愛想よく言った。

「お、旦那、久しぶりじゃねえか。元気にしてたか」

「はい!」

 むいむいの主人は鈴木のことを旦那と呼ぶ。

 四角い顔で眉毛とあごひげが濃い。

 気難しそうな板前に見えるが、気さくな人だった。

 特に虫食好きにならなおさら愛想がいい。

 鈴木はこの店に来る客のなかでは一番若かったので気に入られている。


 主人は言った。

「今日はなんにする? 虫だろ」

 鈴木は注文を開始した。

「タケムシの素揚げとイナゴ串は外せないしー、それとムカデ串!」

「今日はセミも入ってるよ」

「じゃ、それも! ぜんぶ三人分、持ち帰りで!」

「よっしゃ! 少し待っててくんな!」

 主人は調理に取りかかった。


 むいむいはカウンター席のみのこじんまりとした店だった。

 一番のウリはもちろん虫料理だったが、虫は単価が高い。

 ムカデ串など一串千八百円にもなる。

 虫だけでは客を呼べなかった。

 それでカウンターの上には肉じゃがや煮魚の大皿が並べてあり、

 安くおいしい普通の料理も食べられる店だった。


 メリコは肉じゃがの大皿に目を奪われていた。

 熱視線でみつめ、半ば開いた口からよだれが垂れかけている。

 匂いがまた食欲をそそるらしかった。


 メリコはとうとうたまらず言った。

「ね、シンジョー、これ、これも食べてみたい! 買って! アマガも食べたいって!」

「わ、わたくしは我慢できますが、食べたいか食べたくないかといえば、睡眠欲を忘れるくらいにはた、食べてみたいです……」

 アマガも食べたいという。

 虫料理ができあがるまで手持ち無沙汰でもある。

 メリコなど、あまり我慢させると勝手に手を出してしまいかねない。

 しかたないので進常は食べさせてやることにした。

「ウチにごはんあるんだからね。ちょっとだけだよ。二人でひとり分ね。大将、肉じゃがと煮魚一人前ちょうだい! 箸は二人分ね」

「はいよ!」

 主人は脊椎反射的に返事をしたあと戸惑う。

「っと、もしかして姐さんかい? ちょっとのあいだにずいぶんとまた……」

 主人はそこで言葉を飲みこむ。

 いまになってやっと進常が進常であることに気づいたらしかった。

 鈴木が別の保護者と来ているものと思っていたらしい。

 進常はそれほどまでに太り、変容していた。

 もともとスリムだったからなおさらだった。


 進常は潔く認めるしかなかった。

「はい、そーです。いつもの姐さんですよ。太りました。むっちゃ太りました! 諸般の事情で!」

 主人は作り笑いを浮かべて言った。

「はははっ、姐さんも虫食べなよ。虫は高タンパク低カロリー、痩せるよ!」

「遠慮しときます」

「一人前でいいんだね」

 主人が肉じゃがと煮魚の皿を進常の前に置いた。

 進常はそれを横のメリコたちへ移動させる。箸も渡す。

「こういう料理初めてだったね。少しずつ、ゆっくり味わって食べな」

 メリコとアマガは口を揃えて言った。

「いただきまーす!」

 メリコは肉じゃがを口へ運ぶと、例によって感嘆の声をあげた。

「おいしー! 柔らかい! 安心する味!」


 美味しさを表現する語彙がだんだん増えたきた。

 煮魚はさめだった。

 切り身なのでもとの姿はわからない。

 メリコもアマガもグロいなどとは思わないだろう。

 骨がないのも二人にはいい。

 アマガは箸を器用に使ってさめの一片をとり、口に入れた。

 メリコ同様、感嘆を口にする。

「おいしいですわぁー! まるでとろけるみたいな舌触り! 奥深い味わいがありますわー!」

 こっちも味を表現する語彙が増えていた。

 メリコとアマガは「おいしい、おいしい」と連呼しながら肉じゃがとさめを少しずつつつく。


 むいむいの主人が手を動かしながら言う。

「変わった娘さんたちだね。うまいって言われて悪い気はしないけどよ」

 鈴木が弁解するように言った。

「え、えっと、二人ともずっと外国暮らしで日本の料理を珍しがってて……」

「そのわりには日本語ペラペラじゃねえかい?」

「しょ、諸般の事情です!」

「ま、いいけどさ」


 のどが乾いてきたので進常はウーロン茶を注文した。

 鈴木にもサイダーをとる。

 鈴木は飲める年齢ではないし、進常も酒を飲まない。

 居酒屋の客としては上等とはいえないが、そのかわり鈴木は虫料理をたくさん注文する。

 年も若い。

 そのため、むいむいの主人は二人がくると上機嫌だった。

 サービスもしてくれる。

 むいむいの主人は言った。

「今日はたくさん注文してくれたからウーロン茶とサイダーはサービスにしとくよ。もうちょっと待っててくんな。いま焼きあがるから」


 それからしばらく時間が経った。

 鈴木と進常が飲み物を飲み終わり、

 メリコとアマガが物足りなさそうに空になった皿をみつめていると、虫料理ができあがった。


「はい、お待ち!」

 主人が膨らんだ白いレジ袋を鈴木に手渡す。中身は見えない。

 進常が言った。

「おあいそー」

 進常は一万円札を二枚出した。お釣りは少ない。虫は高いのだ。

「まいど! また来とくれよ!」

 機嫌のいい主人の声を背に、店を出る。


「ああー、今日は悪くない日だなー」

 鈴木も上機嫌だった。

 髪の毛を失った悲しみも一時的に忘れられる。


 メリコが鈴木にまとわりつくようにして言った。

「ムシってどんな料理? ホントにおいしい? ちょっとみせてー」

「はい、どーぞー」

 鈴木は袋を広げて中身を見せてやった。


「ぎゃー! クリーチャァーッ!」

 メリコは飛び退って光線銃を抜いた。


 鈴木は慌てて手を振って制止する。

「メリコちゃん、もう死んでる! 死んでるから撃っちゃだめ! ホントにおいしんだってば!」


 アマガがふふふと笑う。

「メリコは感情表現が大げさなのですわ。おいしいものばかり食べてる地球人がそんな変なもの作るわけありません。なにか見間違えたのでしょう」

 そういって自分も袋のなかを覗く。

「……」

 アマガの動きが止まる。

 そしてそのまま崩れ落ちていった。


 顔に笑顔を貼りつけたまま、アマガは気絶していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。