幸せな世界
嫌われなければ、それでいい。なんて思っていた。
でも。
「ローザミア嬢。俺は、貴女をお慕いしている」
そう言われた時のあの幸福感を、私はもう、手放す事は出来そうもない。
結局ドリアス王子はお忍びで遊学、という事で正式に許可を貰い、そのままアドリとして学園に通っている。
アドリ、という平民の特待生は確かに存在しているのだそう。だが彼女はこの学園に通う事を頑なに拒否していて、そこをドリアス王子に目を付けられた。
まあ――特待生と偽って学園に通っていたお咎めはあるようだが、殿下たちは肩をすくめてそこらの詳細は教えてはくれなかった。
もちろんその事を知っているのはあの件に関わった一部のみ。
定例だった昼休みの集いには、私とアドリの他にニルス殿下たちも揃って参加するようになった。当然、彼、ランバートも。
すでにお互いの家に挨拶へ行った私とランバートは学園内公認の仲となっている。
最初は、嫌われなければそれでいい。なんて思っていた。でも、彼からの好意をしっかり受け取ってしまった今は、もうそんな事は言えなくなった。
嫌われたくない。もっと、もっと私の想いを伝えたい。言葉では表しきれないもどかしさも感じて、でもそれすらも幸せで。
そんな私たちは婚約者というよりは恋人、という風に見られているようだ。
小説とはまったく違った方向へ進んで混乱した事もあったけど、今はランバートが私を見る甘い視線に溶かされて幸せの只中にいる。
「あ、ランバート。ついているわ」
パンの屑が彼の口元についているのを見てそう言うと、彼は手の甲で口を拭う。だが取れていない。私がそっと食べ残しを指でつまんで取ってやると。
ランバートは頬を染めて照れるが、熱い目でじっと私を見る。
「あーあー。あっついなー今日は」
「今日に限った話じゃありませんがね」
コルトとブロウがこちらを見る。
「くっそが。見せつけんなよ」
「いけないわアドリ。あなたは今、淑女なのだから」
やさぐれるドリアス王子に注意する私。
「そもそもお前は何で女生徒に成り代わろうと思ったんだ」
「そういう趣味がおありなのでしょう」
ニルス王子殿下に不敬なランバート。
「こいつ……もう俺を王子だと思ってないだろ」
ランバートを睨むドリアス王子が言うには、可愛い女子生徒なら変な因縁をつけられずに大事にされるのでは、と思ったからなのだとか。
「むしろ社交界では女性の方がえげつないものですよ。陰でどんな言動をしているのやら……考えたくもないですね」
ブロウはさすがに解っている。実際アドリは一部女子生徒の反感を買っているのだから。
「はぁ、失敗したよなぁ。色々と」
そんな言葉使いでありながら、愛らしい主人公の顔で私を上目使いで窺うアドリ。それを遮って間に入るランバート。
本当に、こんな展開になるなんて。前世を思い出した頃からは想像できない幸せが、私を溶かしていく。
一年後、貴族に引き取られた平民の少女が編入してきて。
また混乱を巻き起こして。
ドリアス王子の正体が全生徒の知るところとなるのは、別の話。
了