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 見えるようになって、その光景に驚く。


 私が今いる場所がカントリーにまとめられた部屋だったから。整理整頓が行き届いていて、とても綺麗な部屋。


「あんまりきょろきょろしないで。恥ずかしいから」


「あ、ごめんなさい……!」


「いいよ。それで、なんだっけ?」


「私を見ていてくれた理由が知りたいんです」


「ああ、そうだった。理由ね」


 そう言った彼女は私から視線を逸らすと、どこからともなくティーカップを出した。そして差し出されたので受け取る。


「ありがとうございます」


「素直だね。普通もっと警戒すると思うんだけど」


 言われた言葉にぽかんとしてしまう。そして振動で揺れた紅茶の波を見つめて口を開く。


「あなたは毒を入れたり(そういうことを)するような人ではないと思うので」


「そうやって生きてるといつか痛い目にあうわよ。それでそのときになって漸く理解して後悔するんだから」


「そうですね。あなたの言う通りだと思います」


「なんで笑ってるのよ。気持ち悪い」


「いえ、優しいなあと思いまして」


「優しい? 馬鹿言わないでくれる。あんたに優しくした覚えないから」


 私は彼女の目をまっすぐ見つめて口を開く。


「優しいですよ。だってあなたの今の言葉は、私に気をつけなきゃ駄目だって忠告してくれていますし」


「っ! 馬鹿じゃないの! 変な解釈しないでくれる! そんなことこれっぽっちも思ってないから!」


 彼女はそう言ったけど、私の口から笑い声が零れ出てしまう。


「……笑いすぎよ」


「ごめんなさい。あの、私の名前……冬夜雪月っていいます」


「何よ突然。あんたの名前なら知ってるわよ。ずっと見てたんだから」


「そうですよね。あなたの名前も教えてくれませんか」


「は、はあ? わたしの名前? 知ってどうするのよ」


「え? いや、普通に知りたいなって思いまして。それとできれば名前で呼びたいです」


 そう言うと彼女は嫌そうに顔を歪めた。


 あ、これは断られる感じだ。無神経に距離を詰めすぎてしまった。


「……」


「ごめんなさい。踏み込みすぎました」


「……弓波、菫よ」


 聞こえた名前にばっと顔を上げて彼女を見る。


「菫でいい」


「菫さん……! ありがとうございます!」


 喜ぶ私とは反対に菫さんは少し機嫌が悪そうな顔をした。


「菫と呼んで。拒否はなしよ。さっきからあんたのお願い聞いてあげてるんだから」


「あ、はい! さん付けなしで呼びます。それから私のことも雪月と呼んでください」


「はあ……あんたのせいで話が逸れていってるのわかってる?」


「……ごめんなさい」


「別に謝らなくていいわよ。わたしも言い方を間違えたわ。ごめんなさい」


「菫こそ謝る必要ないですよ。確かに話が逸れていったのは私のせいですから」


 菫の瞳が私を捉える。そして紅茶をテーブルに置き、ゆっくりと口を開いた。


「質問の返事だけど、わたしが何を間違えたのか見たかったのよね」


「間違えた……?」


「そう。わたしは何かを間違えたのよ。だからわたしは死んだ。まあ、自業自得でもあるんだけとね」


「……」


「殺されてもしかたないことをわたしはやった。そこは否定しない。だけどわたしがそこに至るまでの原因を作った、この世界の責任でもあると思うの」


「原因を聞いてもいいですか」


「……この世界の人間は救われることを当たり前だと思ってる。でも最初の頃は感謝してくれたのよ。けど次第に救世主だから自分たちを救うのは当たり前で、救えなかったら救世主のせい。自分たちでどうにかしようともせずわたしを呼ぶ。それでわたしが解決できないと罵詈雑言」


「……」


 楓さんの記憶で視た状況と同じだ。でも楓さんのときよりも酷いかもしれない。


 置くタイミングを逃して持ち続けていたティーカップに力が入ってしまう。


「だからわたしは、わたしを守ってくれそうな人に媚びた。そして味方になってもらったの。だけど駄目ね。いざというときは王の命令だからとわたしを見捨てた」


「……」


「わたしは突然喚び出されて救世主にされただけの、ただの女なのにね」


 そう言うと菫の瞳は寂しそうに伏せられた。そして……。


「どうしてわたしに期待するの。どうして自分たちでどうにかしようとしないの。どうしてわたしに救われることを当たり前だと思うの。どうしてわたしだけがこの世界のために血を流して、心を削らなければならないの……! この世界にはわたしの大切な人たちも、日常もない! わたしを帰してよ!」


「……」


「帰り、たかった……」


 心の底から溢れ出たその言葉、想いは……ぼろぼろと零れ落ちる涙となって頬を伝う。


 私は立ち上がり、ゆっくりと菫に近づく。そして膝をついて菫を見上げる。


「ありがとう。たくさん頑張ってくれて。たくさんの人を救ってくれて」


「どうして、雪月がお礼を言うのよ」


「ただ、言いたくなったんです。ありがとうって」


「……どういたしまして。雪月。わたしの頑張りを認めてくれてありがとう。少し、救われた」


 涙でぐちゃぐちゃになってしまった顔で小さく笑って菫はそう言った。私も笑顔で「よかった」と伝える。

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