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「……」
菫と話して思ったことがある。
団長さんや他の人から聞いた菫とはまったく違う。菫はみんなが言うような人じゃない。
私と同じ。
楓さんたちと同じ。
帰りたくて。
死にたくなくて。
生きていたくて。
必死に抗ってどうにかしようと行動してきた人。
ただ菫は、そのためにこの世界の人間を傷つけてしまった。それが正しいことだとは思っていない。だけど私や他の救世主も菫と同じような選択をしたかもしれないし、してしまったかもしれない。
そう思うと私の顔は自然と下がってしまう。
私からするといい人や優しい人でも……菫にとってはそうじゃなかった。
菫を酷く言う団長さんたちの気持ちもわかる。だけどそうせざるを得なかった菫の気持ちもわかる。
「……難しいなあ」
「何が難しいの?」
「人の心ですかね?」
「なんで疑問系なのよ」
「考え始めたら自分でもよくわからなくなってしまったので」
「考え始めたらって……それじゃあ何を考えてたの?」
「あ、えと……」
「単語でもうまくまとまってなくてもいいからはっきり言って。わたしは雪月の考えが知りたいから」
菫のその言葉に、小さく息を吐く。そして浮かんでくる言葉をそのまま口にしていく。
「団長さんたちから菫のことを聞いたとき、私は私の前の救世主って酷い人なんだなって思ったの。それでそれだけのことをされたら団長さんたちも救世主をよく思わないよねって。でも菫と話してみて……」
一度口を閉じて、鼻からたくさんの空気を取り込む。そしてたくさんの空気を吐き出すように、自分の中で重くなってしまった言葉を声にする。
「私も喚ばれた人間だから菫の気持ちが痛いほどわかる。この世界の人たちは勝手すぎると思うし、理不尽だとも思う」
「……」
「でも、その中でいい人がいたのも確かで。私にとって団長さんたちも菫も変わらないくらいいい人で優しい人だから……双方の話を聞いて悲しさや寂しさがあって、悔しさもある」
「……」
「私にとって何が正しくて、何が間違っているのかなんてわかってるの。この世界が救世主を喚ばなければよかっただけ。もちろん始まりの救世主も含めて。そうすればこんなことにはならなかった。別の世界の人間同士が傷つけ合わずにすんだ。だからこそ怒りも感じてる」
そこまで言って、いつの間にか握り締めていた手から力を抜く。
「この世界と同じで私も自分勝手な人間だから、私が大切にしたいって思う人たちだけをどうにかしたいの。助けるとか救うみたいな偉そうなことは言えない。だけどこの世界で救世主が綴ってきた物語は、ハッピーエンドの大団円で終わらなきゃ絶対に駄目だ。だって救世主は自分たちが生きるためだったり理由があると思うけど、見ず知らずの世界のために頑張ってきたんだから。でも今の私にはどうにかする手立ても策もないからどうしようって思ってる」
「雪月……」
「そこまで考えた。だけどこの世界に喚ばれて今日まで生活してきた今の私は、救世主だけじゃなくて団長さんたちにも幸せになってほしいって思う。そう考えたら難しいなあって思いました」
最後まで菫の目を見て言い切る。すると菫は少しの間目を伏せて、思案する素振りを見せた。
「話してくれてありがとう。雪月の考えを知ることができてよかった」
「いえ。あ、ごめんなさい。まとまってない話になってしまって」
「ううん。やっぱりわたしと雪月じゃ違うね。私は最後までこの世界の人間に幸せになってもらいたいなんて思うことができなかったから。それに他の救世主についてもね。はっきり言ってもしわたしが雪月と同じ状況でも、雪月と同じ考えには至らなかった。わたしはわたしを守るために力を振るうし、わたしだけのことを考えて行動する。そして誰とも向き合おうだなんてしない」
「……」
「雪月の素直さはいいところよ。だけどそれが仇にならないか心配になる。わたしには他の救世主のように雪月に渡せるだけの力が残っていないから、わたしの力で自分の身を守ってと言うこともできない。そして残りかすのようなわたしが雪月を守ることもできない。わたしにできることは、ただ雪月を見ることだけ。それだけしかできないの」
菫の言葉に私はついにんまりと笑みを浮かべてしまう。
「なんで嬉しそうなの? 聞いてた? わたしは雪月に何もできないのよ。わたしにできることはただ見ているだけ」
「はい。ちゃんと聞いていましたし、わかっていますよ。その上で嬉しくなったんです。だって菫は誰とも向き合おうだなんてしないって言ったのに、私の心配をしてくれて私のために何かしようと考えてくれた。それに菫の今の言葉を私解釈にすると、菫は私を見ていてくれるってことになるんですから」
「っ、はあ? 確かに雪月の言う通りわたしは雪月を見るつもりだけど、それだけよ。ねえ、本当にわかってる? 雪月に何かあってもわたしは助けられないのよ」
「わかってますよ。だって私は菫に助けてもらいたいわけではないので。私は、私を覚えていてほしい。私が私であるために。菫が私を見ていてくれるということは、菫の記憶に私がいる。私は私を覚えていてくれる人がいてくれるだけで、嬉しい」
「……」
「あ、えと、変なことを言ってごめんなさい。でも本心、です……」
沈黙に耐えられず謝罪を口にする。そして本心であることも伝えようと菫を見た瞬間、語尾の言葉がぼろっと落ちぽかんとしてしまう。そして瞬き数回。
菫は、微笑んでいた。柔らかく。穏やかに。
菫の澄んだ瞳が私を捉える。
「わたしは本当に何もできない。だけど雪月が喜んでくれるなら、わたしは雪月を見てる。そしてちゃんと雪月を覚えてる」
「……ありがとうございます」
「お礼を言うのはわたし。ありがとう。わたしと向き合ってくれて。本当に感謝してる」
「菫……」
「だから雪月はわたしのようになっちゃ駄目よ。いい? わたしと同じ選択をしては駄目。絶対に自分自身を否定してはいけない。もしわたしと同じになったら容赦しないから」
菫の真剣な瞳と声、そして言葉。
私はその意味を理解して、胸から喉にかけて言葉が詰まる。
「事切れる間際の最期の悪足掻きで、わたしは始まりの救世主と近しい存在になった。だけどそこに救いはない。あるのは絶望だけ」
そう言いながら、菫は笑った。
「まあ、雪月のおかげでそれだけじゃなくなったけど。だから雪月はこっち側になったら駄目。本当に絶望だけになる」
「……約束、する」
私は小さく頷き続けながら、言葉を繋げていく。
「絶対に、私は冬夜雪月を否定しない。それで最後の最期まで生きる術を考えて、どうにかしてみせる。だからそこは安心してほしい!」
最後はとびっきりの笑顔で言い切る。菫は小さく、けれど穏やかに笑って私の頬を撫でた。
「雪月。昔のわたしはできなかったし言えないけど、今のわたしなら言える。生きるために頑張りなさい。それで生きるために楽をなさい。いい? 無茶するためには、体と心が万全でなくてはならないのだから」
「うん」
「ごめんね。無理矢理連れてきた上に八つ当たりして」
「大丈夫だよ。私は菫と話ができて嬉しいから」
「……雪月」
そっと抱き寄せられて、ぎゅうっと抱き締められる。
私を抱き締める菫からは体温が感じられなくて寂しく思っていると、菫は違ったらしく「あったかい……」と小さな声が聞こえた。それが嬉しいのと同じくらい、菫と話したことや菫がいたということを覚えておきたくて……私も菫を抱き締める。
「……そろそろ雪月の体が危ない。だからお別れ。本当に、ありがとうね」
笑顔でそう言った菫は少しの間のあと「それじゃあ、ばいばい」と言って私の体をトンっと押した。身構えていなかった私は後ろへとよろめく。そしてふわっとした何かに包まれて、緩やかに落ち始める。
驚きつつも菫の顔を見ると、穏やかに笑ってこちらに向かって手を振っていた。
私は息をありったけ吸って、腹の底から声を出す。
「菫! またね!」
叫ぶような声。けれど声は明るい。
菫は目を見開いて驚いていた。だけどすぐに花が咲いたように笑って、私に向かって大きく手を振った。




