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「ん……」


 大きな音に誘われるように意識が浮上する。それに抗わず目を開けると、昨日寝る前に見た景色があった。


 ひなたちゃんを抱き締めた状態だったから、何も言えずにこっちに戻ってきてしまった。今回は目覚ましの鳴るタイミングが悪かったというか、何というか。


 目の前で鳴り続ける目覚ましを止めながら、そう思う。


 ぐーっと体を伸ばしてから立ち上がる。そして掛け布団を畳んで、部屋にある洗面所で顔を洗い歯を磨く。全部終わったら手櫛で簡単に髪を整えて、部屋の外へ。


「裏口から出て、階段を上がる……」


 小さな声で言いながら、昨日サラさんが教えてくれた内容を思い出す。


「そこに井戸があるから、水を汲んで掌で掬って飲む」


 裏口に着いて、静かに扉を開け外へ出る。そして静かに扉を閉め、緩やかな階段を上り始める。


 まだ日が昇っていないから薄暗いなあ。気を付けて上らなきゃ。


 日が昇っていないのもあると思うけど、木々が生い茂っているからか肌に触れる空気が少し冷たい。それが心地よくて頬が緩む。空気が美味しいし、さわさわと風に揺れる木々の音も心地よくて。


「うん。得した気分」


 なんだか楽しくなってきてるんるん気分で階段を上っているときに、ふと自分が白いワンピースを着ていることを思い出した。


 瞬間、動きが止まる私。片足を上げた状態で止まったため、端から見たら変な人である。


 私は上げていた足を下ろし、そろりと下を向いて裾を持ち上げる。そして汚れていないか確認。


「よし。セーフだ。セーフ」


 よかった。まだ汚れてなかった。気を引き閉めて最後まで汚さないように気を付けて行こう。うん。


『夜が明ける』


「え?」


 不意に聞こえてきた穏やかな男性の声に驚き、つい聞き返してしまう。そして回りを見るが誰の姿もない。


 私は首を傾げ、それから思いあたる一つの可能性に頷く。


『早く上においで。とびっきりの景色が見られるよ』


 私はその声に連れられるように、上へと行く。


 黙々と階段を上る私の中に恐怖心はなくて、ただ声の主に会ってみたいという気持ちだけが私の足を動かす。


 もし私の考えが合っているなら、この先にいるであろう人物は不浄と呼ばれる存在だ。


 楓さんや花さんのときとはたぶん違う。何というか……自我を失っていないような気がする。だから会ったら普通に話ができるかもしれない。


「……」


 そうだったらいいな。

 もし会話ができたら何を話そう。


「最初は挨拶だよね。それから……」


 それから、何を話そう。どんな話をしたら喜んでくれるだろう。


 内容を考えながら階段を上り、回りの木々より階段のほうが上になった頃……私の想像していた姿をした人が私のほうを見て立っていた。そしてその後ろからルナが勢いよく私に向かって走ってくる。


「え……!? ルナ?」


「ウォン!」


「ルナ! そんなに勢いがあると危ないよ!」


「ウォン! ワンッ!」


 ルナが元気よく大丈夫と言いながら走ってくるので、私はハラハラしてしまう。


 ほら、あれだよ。小さな子とか自分もたまにやってしまうけど、大丈夫って言った次の瞬間に転んだりするあれだよ。


「ルナ、本当に気を付けてね」


 言いながら、意味もなく両手をさ迷わせてしまう。


「ワンッ!」


 ルナが私のところまで無事に来たと思ったら、私を通りすぎた。そして私の背中の肩の辺りを鼻先でぐいぐいと押される。


「え? ルナ、いきなりどうしたの? ん? ルナ……?」


 あれ。昨日のルナって私の腰くらいのサイズだったと思うんだけど。今のルナは私の肩くらいのサイズで。


 いや。ルナは大きさを変えられるけど。まさか私を押すためだけにサイズを変えたのかな。もしそうならそれはそれで可愛い。


「ワンッ!」


「あの人のところまで行くんだね」


「ウォン!」


 嬉しそうなルナの声に、私は足を速く動かす。


 ルナの様子を見る限り、あの人はルナの大切な人。そして私の前に来た救世主に不浄にされた団長さんの前の団長さんだろう。


 昨日その事実を団長さんから聞いた私は、あまりの衝撃にそりゃあ団長さんも救世主()に怒りを向けたくもなるよなと思った。ルナは静かに私の隣で団長さんの話を聞いていた。時折、私を気遣うように寄り添ってくれて私は「ありがとう」とお礼を言って撫でたのを思い出す。


「ルナ。あの人、とても優しい雰囲気だね」


「ワンッ! ウォン!」


 ルナが嬉しそうに話してくれる。


 ルナの話を聞きながら上り、そして真っ黒な靄に包まれた前の団長さんの前に立つ。


「はじめまして。私、冬夜雪月といいます」


 楓さんたちよりも大きな姿。たぶんこの人が男性だからだろう。でも楓さんたちとは違い真ん前に立っても恐怖心は出てこない。


 どこまでも穏やかで、優しい空気が回りにある。


『はじめまして。私は、エドワード・クロワイル。気軽にエドと呼んでもらえると嬉しい。私は君をユヅキさんとお呼びしてもいいかな?』


「もちろんです! エドさん」


『ありがとう。ああ、そろそろ日が昇り始める』


 エドさんがそう言って右を向く。私もそれにつられて左を見る。


 真下は木々が生い茂っているけど、少し遠くの下を見ると街が見える。


 まだ夜も明けていないのに干されている織物たちが風に靡いている。


 まだ夜が明けていないからか、灰色の無地のように見える。本当は何色なんだろうか。日が昇るのが楽しみだ。


「ウォン!」


『ああ。来たね』


 暗闇のなか、光が上に昇ってくるのが見える。それはゆっくりと昇ってきて、少しずつ街を照らしていく。


「っ、わあ……」


 あまりにも美しい光景に言葉が出てこない。


 干してあった織物は白色の無地だった。それが朝日の光を浴びた瞬間、色とりどりの花が白色の織物に浮かび上がったのだ。


「……」


 ひらひらと風に揺られて……まるで花が舞っているみたい。


 日が昇るにつれ、花が咲く。


 それはとても幻想的で、私の生まれた世界では見られることのない景色。


「ウォン!」


「とても素敵だね」


 どきどきと言うのか、高揚感がすごい。胸の中にたくさんの感情が生まれる。


 ありきたりな言葉ばかりになってしまうけど、本当に--。


「綺麗」


『ありがとう。そう言ってもらえると、とても嬉しいよ』


「あ……」


 エドさんの微笑む姿が黒い靄の中からうっすらと見える。


 優しそうな顔した美しい男性。美しいとは言っても線の細い感じではなく、何というか凛々しい感じの美しさだ。


 楓さんたちのときとは違う見え方に少し驚くも、最初から違う感じだったのでこういうときもあると納得する。


『あれは朝染めという染色方法で、この街の伝統技術の一つです』


「朝染め……とても綺麗で素敵な染色方法ですね」


『ありがとうございます。朝染めは白い織物に特殊な魔法薬で模様を描き、朝日を浴びさせ完成させるのです』


 エドさんに教えてもらったことを噛み締めながら、じっと風に靡く織物を見る。澄んだ空気に美しい光景。荒んだ心が癒されていくのを感じる。


『ユヅキさん。あなたの着ているワンピースの裾を見てください』


「え? わっ……」


 白いワンピースの裾を見ると、街で干されている織物と同じように花が浮かび上がっていた。暖色系の花が私の気分をさらに高いところへと連れていってくれる。


 とってもはしゃぎたい気持ちをぎりぎり押さえて我慢する。


『手を貸していただけますか?』


「はい」


 差し出されたエドさんの手の上に素直に自分の手を乗せる。するとエドさんは微笑んで私の手を優しく握った。


『その場でゆっくりと一回転していただけますか? 横と後ろの裾も染色できますので』


「はい」


 映画で観た社交ダンスのような感じで一回転してみる。当然と言えば当然なんだけど、綺麗に一回転はできなかった。でもその回転で横と後ろの裾が綺麗に花模様に染色されていた。


 エドさんの手を握り返したまま裾を見て嬉しくなる。


「ふふ。綺麗」


「ワンッ!」


「ルナ、見て。とっても綺麗なの」


「ウォン!」


 ルナも嬉しそうに返事をしてくれて私の頬に自分の頬をくっつける。それを微笑ましそうにエドさんは見ていた。

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