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 今は夜。角部屋で一人。


 さっきまで町で聞いた話をまとめていた。でもサラさんが「長旅で疲れてるでしょ。だから今日はもうゆっくり休んだらどう?」という言葉で解散になった。そしてサラさんに案内してもらって私はお風呂を済ませ、部屋へ帰ってきた私は部屋にあった椅子に座る。


 お風呂は気持ちよかったけど、この服はなあ。緊張する。でもこの街のしきたりで救世主は白色のワンピースを着るって言われたら、着るしかないよね。私、白色の服を着たときってなぜか緊張して必ず汚しちゃうんだよな。だから今回も汚してしまいそう。いや、緊張しなきゃ大丈夫。


 ……緊張、するわ。駄目だ。今日はもう寝てしまったほうが安全かもしれない。あ、でも明日からどうする。


「ふー」


 いや、もう服について考えるのはやめよう。もし汚してしまったら誠心誠意謝る。それしかない。うん。それよりも今は考えることがあるだろう。


 さっきミーシェさんとサラさんが救世主の血を受け継いでいるとしたら、という仮定の話。二人が受け継いでいるのなら、団長さんも救世主の血を受け継いでいることになる。そして一度だけ私の目の前で不浄になりかけた。


「あのとき、団長さんはルナの私に対する態度に怒りがあった」


 そして団長さんがその怒りを吐き出しているときに影から黒い靄が出てきた。


「つまり、怒りがトリガーになる……」


 私が突進してしまったときに団長さんの意識が怒りから驚きになった。そしてそのときに黒い靄が消えた。と言うことは、一瞬でもいいから意識を逸らすことができれば不浄にならずに済むんじゃないだろうか。


 まあ、私の想像通りにいけるとは限らないけど。でももしそうなったときにやる価値はある。できることはやろう。迷ったら助けられないし。


「……」


 いやいやいやいや。あれ。なんだか自分の中で普通に助ける方向になってるけど……自分を危険に晒してまでやることか。別に逃げる選択をしたっていいわけで。


「……」


 --パンッ。


 自分の両頬を叩き、雑念を消す。


 どれだけ否定したって、あーだこーだ言ったって思ったって選択肢なんてもう決まってる。


 下手に考え込むな。自分の気持ちに素直になれ。心に従えば、それが正解だ。


「うん。そうだ」


 だから、うじうじ考えるのはやめよう。


 明日は早く起きないとサラさんたちに迷惑をかけてしまうし、今日はもう寝よう。


 目覚ましはサラさんたちが教えてくれた時間よりも早く朝五時にセットして。


 掛け布団を持って死角になっている机の横に座って顔を膝に埋める。


 徐々に体から力が抜け、意識は闇の中へゆっくりと落ちていく。



   ******



 何かがそよそよと頬を撫でる。


 その違和感にゆっくりと目を開く。


「こんにちは! おねえちゃん!」


「っ……こんにちは。久しぶりだね」


「うん!」


 私の顔を覗きながら、にこにこと笑う姿が可愛い。だけど起きてすぐに顔があるのは驚いた。


 まだ少しぼーっとする頭で女の子の頭を撫でる。すると女の子はきょとんとしてから、花が咲いたように笑った。


「んふふ。おねえちゃんはやさしくてあったかいね。わたし、おねえちゃんのことだいすき!」


「ふふ、ありがとう」


「おねえちゃん。わたしもありがとう! おねえちゃんのおかげでわたしはいきていられるの」


「え?」


「おねえちゃんのやさしさがわたしにちからをくれるの! だからわたしはまだここにいられるのよ」


 小さな両手が私の両頬に添えられる。


 私はじっと女の子の目を見つめ、女の子の言葉の意味を考える。


「おねえちゃん。おねえちゃんはこわいのにならないでね」


「……」


「おねえちゃんがこわいのになったら、とってもかなしいよ」


 女の子は眉毛を下げて悲しそうな顔をした。そして添えられている手が少し震えている。


「おねえちゃん。わたしがおねえちゃんをまもるからね。だから……だからかわらないでね」


「……」


 私は何も言わず、女の子の頭を撫でる。


 この子が言っている怖いものとは不浄のことでいいのかな。でもこの子は今『かわらないでね』と言った。さっきまで『ならないでね』だったのに。それはつまりこの子が言っている怖いものが不浄じゃない可能性がある。もしそうなら、この世界の脅威は不浄だけじゃない。


「ねえ……」


 女の子の名前を言いかけて口を閉じる。


 私、この子の名前を知らない。前回会ったときに話をしたのだから聞けばよかったのに。自分のことでいっぱいいっぱいになっててそこまで気が回らなかった。


「おねえちゃん? どうしたの?」


「ねえ、お姉ちゃんにあなたのお名前を教えてほしいな」


「わたしのおなまえ?」


「うん。駄目かな」


「ううん。わたしね、ひなたっていうの! おはながすき! それからおねえちゃんのこともすき!」


 無邪気な笑顔のひなたちゃんを見て、自分の頬が緩み心が穏やかになるのがわかる。


「ひなたちゃん、ありがとう」


「んふふ。おねえちゃん! おねがいがあるの」


「お願い?」


「うん! わたしのこと、だきしめてほしいの」


 声は明るいけど、どこか寂しさを含んだ雰囲気に私はひなたちゃんの小さな両手に触れる。そして私の頬から放して、包むように手のひらを優しく握る。


「ひなたちゃん。私の名前ね、雪月っていうの。冬夜雪月。それが私の名前」


「ふゆやゆづき……。ゆづきおねえちゃんだね」


「うん。お姉ちゃんもひなたちゃんにお願いがあるんだ」


「なあに?」


「今の私を覚えていてほしいの。それでもし私が怖いものになってしまったら、私の名前を呼んでほしい」


「……」


「ひなたちゃんに大丈夫だよって言えるように、元に戻れるよう頑張るから。だからお願い。もしものときは私を呼んでね」


「うん! わかった! わたし、ゆづきおねえちゃんをいっしょうけんめいよぶね! おおきなおこえでよぶからね!」


「うん。お願いします」


「うん! まかせてね!」


「ありがとう。ひなたちゃん」


「うん!」


 ひなたちゃんの頭を撫でてから、優しく抱き締める。


「んふふ。あったかい。あったかいね」


 腕の中にいるひなたちゃんを抱き締めながら、私は目を強く閉じる。


 ああ……私は、なんとなくわかってしまった。


 誰が私をこの世界に喚んだのかを--。

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