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 団長さんと合流して、少し話してから団長さんの家に行くことになった。そして団長さんの家に向かって歩き出したのはいいんだけど、高い場所にあるらしく螺旋階段を上りまくっている。


 ところどころで横を向いて下の景色を眺める。


「……」


 あちこちに多くの織物が干してあって、ときどき吹く風で靡いている。それから上のほうでも干してある織物が靡いているのが見えるし、どこからかいい香りがする。花の香りより優しく、爽やかな匂い。


 何の香りだろうか。


 香りをよく感じたくて目を閉じて空気を吸う。


 ああ、この匂い好き。とても落ち着く。


 香りを楽しんで目を開くと、やはり美しい光景が広がっている。


「ん……ふふ……」


 なんだかワンピースを着て走り出したい気分になってきた。


 まあ、そういう場合ではないのだけど。


 ……国王や肩を刺してきた人とか嫌なところばかりだけど、空気は美味しいし景色も綺麗で。そういうところはとても好き。


「救世主殿」


「はい。なんでしょう?」


「この景色はお好きですか?」


「はい。とっても」


 団長さんの問いかけに笑って答える。


「あ……! ごめんなさい。突然立ち止まって」


「いえ、構いませんよ。救世主殿が楽しそうで私も嬉しいです」


「ウォン!」


「ルナも嬉しいの?」


「ウォン! ワンッ!」


 ルナは私を見上げて、きらきらとした目で見ている。


 私はしゃがんでルナの頭を撫でる。すると気持ち良さそうに目を細めてごろごろと喉を鳴らすルナ。


「ルナもここが好き?」


「ウォン」


「一緒だね」


「クゥ。ウォン」


 ルナを優しく抱き締めて首の横に自分の顔を寄せる。ふわふわする毛からはお日様の匂いがする。


「あ、この香り……」


 風に連れられてここまで来た匂いだ。


「ワンッ」


「え、私からもするの?」


「ウォン」


 ルナに言われて、私は自分の腕の匂いを嗅ぐ。


「……よくわからないね」


「ウォン」


「私のは少し違う匂いなの?」


「ワンッ!」


 自信満々に答えてくれるルナには悪いけど、自分の匂いが何かはわからない。ごめんね。


「クゥ?」


「ごめんね。やっぱりわからないや」


「ワンッ!」


「ん、ふふ。ありがとう」


 わしゃわしゃと戯れて立ち上がる。


「お待たせしてすみません。行きましょうか」


「はい」


 また階段を上り、団長さんの家へと向かう。



          ******



「ここが私の家です」


「……」


 どこまでが団長さんの家ですか。いや、その前にお家はどこですか。見えるところ全部、織物が風に靡いているんですが。


「さあ、こちらへどうぞ」


 そう言って団長さんは織物が干してある間を器用に進んでいく。私もぶつからないように団長さんに着いていくけど、団長さんほど華麗に進めない。


「ふはっ。雪月、別に当たっても問題ないよ」


 私の後ろを歩いていたギルベルト・フライクが私を安心させるように言ってくれる。でも、一つだけ。なぜちょっと楽しそうなんですか。こっちは織物を傷つけないかどっきどきなんだよ。


「救世主殿。フライクの言う通りです。織物には気を使わなくて大丈夫ですよ」


「それでも当たりたくないです。だってすごく綺麗ですし。もし引っ掛かったりしたらすっごく申し訳なくなって落ち込む自信しかありません」


 言いつつ回りを見る。色とりどり、模様も様々な美しく丁寧な織物が私の眼前を占めている。


 こんなにも美しいものを傷つけた日には、本当に立ち直れないぞ。


「では私が押さえますので、そこを通ってください。それならば救世主殿が引っ掛かったりしないでしょうし」


「あ、ありがとうございます!」


「いえ。構いませんよ」


 団長さんのありがたい申し出に私は迷わず返事をする。そして団長さんのおかげで織物を干しているところから無事抜けられた。


 見えた風情のある家の前に背筋がピンと伸びた笑顔の綺麗な人が団長さんに声をかける。


「おかえり。シーヴァ」


「ばあ様。ただいま戻りました」


 ふわり、と感じる優しい雰囲気。それは間違いなくあのおばあさんから。


 まるで……楓さんや花さんのよう。


 そう思いながらじっと見ていると、おばあさんが私の視線に気づいて微笑んだ。


「ふふ、はじめまして。あなたが救世主様ね。お名前を伺ってもいいかしら」


「は、はい! はじめまして。冬夜雪月です。よろしくお願いします」


「ユヅキさんね。私はミーシェ・ウォルフよ。こちらこそよろしくお願いしますね。さ、遠くから来たから疲れているでしょう? 中へ入って休んで」


「すみません。ありがとうございます」


「気にしなくていいのよ。さ、中へどうぞ」


 ミーシェさんに促され、中へ入るために着いていく。そしてミーシェさんが扉を開けるのと同時に大きな声が聞こえる。そして涼やかな目をした綺麗なお姉さんが現れた。


「シーヴァ! あんた帰ってくるなら連絡くらいしなさいよ!」


「ね、姉さん……」


「救世主様と一緒ならなおのこと! 女の子なんだからむさ苦しい男たちと一緒に寝させるわけにはいかないんだからね! 準備が必要なのよ! このお馬鹿!」


「す、すまん」


「……」


 目の前で繰り広げられるやり取りに目が点になる。


 団長さんがたじたじになっているし、お姉さんは脇腹に手をあてて団長さんを叱っている。


「ね、姉さん。救世主殿が驚いてしまう」


「は? なにいっ……あ、ああ! ごめんなさいね! 気づかなくて」


「い、いえ。大丈夫です。はじめまして。冬夜雪月です。よろしくお願いします」


「丁寧にありがとう。私はサラ・ウォルフ。シーヴァの姉です。こちらこそよろしくね」


 笑って手を差し出してくれるサラさん。私はその手をおずおずと握る。


 不思議な気持ちと言うべきか、なんと言うべきか。サラさんからも楓さんや花さんのような雰囲気がしていて……困惑、してるというか。


 何か、関係があるのかな。


「っ……」


 もしかして……救世主の血を受け継いでいるとか。あり得ない話ではない。だって最初の頃に天寿がって話をした。楓さんや花さんより前に喚ばれた救世主の人たちがこっちの世界で結婚して子供を生んでいる可能性がある。


 待てよ。ということは、不浄になる確率が高くないか。


 楓さんの記憶にあった。誰にも否定されていない、だけど突然不浄になった人が。初めて見たときはわからなかったけど、もし私の仮定があっているとするならば……あの人は救世主の血を受け継いでいたんじゃないだろうか。


 誰かに否定されたり、唯一の人に否定されることだけが不浄になってしまうトリガーじゃない。血を受け継いでいる人たちは別の何かがトリガーになって、不浄になる。


「大丈夫?」


「え? あ、大丈夫です。すみません。ぼーっとしてしまって」


「大丈夫ならいいのよ。ごめんなさいね。長旅で疲れてるのに引き留めてしまって。さあ、中へ入って」


「はい。ありがとうございます」


 サラさんは握手していた手を握り直して、私の手を優しく引いてくれる。それに抵抗せず、中へ入った。

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