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私の存在を忘れたかのようにルナだけを見ている団長さんを大きな声で呼ぶ。すると団長さんの栗色の瞳が私を捉えた。
「ごめんなさい! 失礼します……!」
私は謝りつつも勢いを落とさず、むしろ頑張って勢いを増させる。そして思いっきり団長さんの懐に突っ込む。
「……わっ!」
「っ……!」
あまりの勢いにタックルしたような感じになってしまった。そのせいで団長さんがバランスを少し崩す。ついでに私も崩してしまった。いや、崩してしまったというか犯人は私だ。考えなしに突っ込んだから、最初から私がバランスを保てるはずがなかった。でもそんな私に腕を回し、尻餅をつかないよう支えてくれた団長さん。これは本気で団長さんに感謝しなければ。
「大丈夫ですか」
「はい、大丈夫です。すみません。ありがとうございます」
「いえ……」
団長さんが居心地の悪そうな顔をして私から視線を逸らす。対して私はそんなことには気にも留めず、下にある影を確認して横から団長さんの後ろを見る。
よし、消えてる。あの黒の気配も近くにはない。いや、気配があるかは知らないけども……。でもとりあえず大丈夫そうだ。
確認できた私は安心して、団長さんにもう一度お礼を伝えて離れる。
「……」
念のためしっかり後ろを確認しよう。もしまだあるようなら、団長さんに謝りながら背中を叩くしかない。
そう思いながら団長さんの背中に回り、ゆっくりじっくりと確認する。
「あの、救世主殿……」
「なんですか?」
「先程から何をしているのですか」
「……」
そう問いかけられて悩むことなんて何もないのに、つい首を傾げ悩んでしまう。そして答えられずに悩んでいると、団長さんの小さな声が耳に届く。
「……怒っていないのですか」
呟くように言われたその言葉。そして振り返り、私を見るその表情。それはまるで小さな子が悪いことをして叱られることがわかっているときの顔にそっくりで。
笑う場面では決してないのに、思わず笑ってしまった。
「きゅ、救世主殿……?」
「ふふっ……ごめんなさい。突然笑ってしまって」
「いえ……」
「怒ってないですよ。むしろ……安心しました」
「は……? 安心?」
「はい」
「どこにあなたが安心するところがありましたか。自分で言うのもなんですが、普通なら安心どころか怒りを感じたり不安になるところですよ」
その言葉に「私はこの世界に来てからずっと怒っているし、不安なんだよ。でもそれを誰かに言っても意味のないことを知っている。そしてそれを言った私に待っているのは死。誰も助けてはくれないし、誰も私の味方をしてくれない。だからそれら全てを必死に隠して生活しているんだ。今さら何を言われたってどうってことない」という想いが口から言葉となって零れそうになる。でも一度零れ出てしまったら、きっと私はこの怒りや恐怖の全てを話してしまう。そして『帰りたい。帰してほしい』と言ってしまうだろう。それは決してこの世界の誰にも言ってはいけない言葉だ。
生きていたい。
死にたくない。
帰りたい。
帰れない。
ぐるぐると私の中を回る様々な感情に酔いそうだ。
それら全てを今までと同じようにぐっと押さえつけて、お腹の底へと閉じ込める。
「救世主殿?」
団長さんが思案していた私を呼ぶ。それに反応して下がっていた視線を持ち上げる。
「あ……ごめんなさい。言葉が上手にまとまらなくて」
「いえ。大丈夫ですよ。ですが、まとまっていなくても大丈夫ですので話していただけませんか。あなたが安心した理由を知りたいので」
「はい。私が安心したのは、あなたが真っ正面から本心をぶつけてくれたからです。この世界の人たち皆さんとても私に優しいから、本当はどう思ってるんだろうって考えてて。何か粗相とか、嫌な思いさせてないかなって考えたり……」
「……」
「でもついさっきあなたの本心が聞けました。だから……安心したんです」
口角を上げ、目元を緩め笑う。
そう。安心した。私に敵意があることを知れたから。私の考えていたことが当たっていたから。
私に、似ている人。
私のことを信用していなくて、私のことを嫌いな人。そして救世主を恐れている人。
互いが互いに恐怖し、不安を抱いている。そして警戒して下手くそな笑顔で笑うの。ただ……団長さんと私の違うところは、団長さんがこの世界の人間だということ。
守りたいものがある団長さんと守るものが自分だけの私。
「……あ。でも、さっきの緊張した空気は怖かったです」
「申し訳ありません。救世主に対する怒りが溢れ出てしまいまして、あのような愚行をしてしまいました。誠に申し訳ありません」
「え、いや、あの……! 頭を上げてください! むしろ頭を下げて謝らなきゃならないのは私ですよ!」
「いいえ。先程の言葉であなたが前の救世主とは違うことがわかりました。救世主というだけで前の救世主と同じだと思い込み、殺気をぶつけました。その行為を謝罪のみで許されようとは思いません。ですが、それでも……」
私は団長さんを覗き込む。そして笑う。
「気にしないでください。救世主として一括りにされるのは当然だと思います。だって私は誰にも私のことを話していませんし……だから怒りをぶつけられるのも仕方ないことだと思います。でもあなたはいきなり体当たりして勝手に体勢を崩した私をその剣で切らずに支えてくれました。団長さんなら、私を支えるより先に切れたでしょう」
「……っ」
「だからもういいんです。私を殺さないで、支えてくれた。その事実があるだけで……さ、頭を上げてください」
私がそう言うと、団長さんは頭を上げてくれた。そして目を閉じてぐっと何かを飲み込むような仕草をした。
「……救世主殿」
「なんですか?」
「私は先程、救世主に不浄にされる覚悟で怒りに任せ発言致しました。ですが、あなたはそんな私を怒ることもなく包むように優しく接してくださった。それがあなたの作戦なのかもしれない、と思う私がいます」
「はい」
「その反面……あなたが心根から優しい方なのだ、と思う私もいるのです。この答えを今すぐに出せそうにありません。ですから答えが見つかるまで私はあなたを警戒し疑います」
「はい」
私はただただ団長さんの言葉に頷く。
この団長さんの言葉は私への誠意だと思う。しっかり私の目を見て話してくれているし。それにあえて言う必要のないことを言葉にして伝えてくれた。
「そして……あなたを、守ります」
「っ……!」
そう言った団長さんは笑っていた。柔らかく、やや幼さの残る顔で。




