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 市場に着き、団長さんにお礼を言って別れようとしたんだけど……。なぜか「荷物を持つ者がいたほうが楽でしょう。共に行きます」と有無言わさぬ圧力で言われて断れず、結局一緒に見て回ることになってしまった。


 だけど団長さんと一緒だとゆっくり見て回ることができない。だってすっごく私のこと見てるんだもの。それはもうすっごく。だから一度見て回るのを諦めて、市場から少し離れた草原みたいな場所へ行こうと提案した。そして現在、市場の人通りの少ない場所を歩いているところだ。そのせいで回りに人は居らず、私とルナと団長さんだけしかいない。なんてこった。


 くそう、私は欲しいものがあったから来たのになんで気を使わなきゃならないんだ。送るだけって話じゃなかったですか。もしかして女一人じゃ危ないからと一緒に来てくれた感じですか。いいえ、違います。これはあれだ。私を見張るためのような気がする。純粋な優しさからくる行動じゃないのが何となくわかってるから、この人と一緒にいるのは居心地が悪い。


「……」


 ちらり、と左横を歩く団長さんを見る。


「救世主殿。見たいところがありましたか?」


 端整な顔立ちの団長さんが私の視線に気づき、すっと栗色の瞳を細めて私を見る。


 微笑んでいるように見えるそれ(・・)は警戒の色を滲ませていて。やはりさっきのは失言だったなあと思う。それと同時にもっと上手に隠してくれないか、とも思う。私と違って騎士団の団長さんだし、こういう場面くらい何度かあったはずだ。だから、こう、なんと言うか……素人の私に察せられないくらいの上手さであってほしい。


「いえ。私の買い物に付き合わせてしまっているのが申し訳なくて。暇じゃありませんか?」


「楽しいですし、幸せですよ」


「それならよかったです」


 私は団長さんの言葉を聞いて安心したように笑う。


 私と団長さんの上部だけの言葉と笑顔のやり取り。互いが互いに警戒しているこの状況。ギルベルト・フライクとは違ったやりづらさがある。


 だけどまあ、だからこそわかったこともある。この人は私を好きじゃない。そして恐らくどうしようもない状況になったら迷わず私を見捨てるだろう、ということ。


 ……ふー。でもこれって考えるだけ無駄だよなあ。その状況になってみないとわからないし。何より私に利用価値があるなら生かすだろう。


 私でも、そうする……。


「ワンッ!」


 不意に右隣を歩いていた中型犬サイズになっているルナが鳴いた。


 何事かと思って見ると、私の右手に頭をぐいぐいと押し付けてくる。


 これは、撫でてということでいいのだろうか。


 首を傾げながら、右手を動かして頭を撫でると満足気に鳴く。それが可愛くて癒される。


「ルナがそんなにもなつく姿を見るのは初めてです」


「え? そうなんですか?」


「はい。ルナは警戒心が強く、見知らぬ人間には近づかないような性格です。そして見知らぬ人間が近づけば唸り、迷わず攻撃してくる。そのせいで怪我をしたのも一人や二人ではありません」


「……」


「クゥ?」


 ルナの頭をわしゃわしゃと撫でる。


「私のこと、信じてくれてるの……?」


「ウォン!」


 ルナはぶんぶんと尻尾を振り、元気よく返事をしてくれる。


「ありがとう」


「ウォン! ワンッ!」


 しゃがんでルナを優しく抱き締める。するとルナも私の肩に顔を置いて、私の頬や首にぴったりとくっついた。それはまるで抱き締め返してくれるかのように。


 ルナが喉を鳴らしながら小さく「クゥ」と鳴いた。そしてもぞもぞと動き、もう一鳴き。


 私がルナから少し離れて顔を見ると、ちょんと鼻と鼻が触れ合った。


「ルナ?」


「クゥ」


 私が名前を呼ぶとルナは目を細め、もう一度鼻をちょんとくっつけた。


 瞬間--空気がピリッと緊張する。それを感じ取った私の心臓が一度大きく跳ねた。そしてバクバク激しく動く心臓。


「……っ」


 肌にまとわりつく冷たさに、思わずヒュッと息を飲む。


 ……たぶん、団長さんだ。


 私の直感がそう言ってる。だから振り向けない。


 今、振り向いたら……死ぬような気がする。


 震え始める体にドクドクと脈打つ心臓。それとは反対に冷静な私の頭。


「……」


 どうすればこの状況から脱せられる。何が団長さんの逆鱗に触れた。それがわからない。


「ヴォン!」


 腕のなかにいるルナが威嚇するように鳴いた。


 あ……そうか。ルナだ。ルナが私に鼻をくっつけたときだ。空気が緊張したのって。つまりルナが団長さんにとっての逆鱗。


「なぜだっ……」


 考えていると、不意に聞こえてくる団長さんの声。その声には空気と同じくらいの怒りと冷たさが入り交じっていた。でもどこか寂しさというのか悲しさを感じて、死ぬかもしれないと思っていたのに振り向く……。


「っ……」


 そして固まる。


 私の目に写った団長が、今にも泣き出してしまうそうな顔をしていたから。そんな団長が口を開く。


「ルナ! なぜだっ! なぜその女になつく……!」


「ウォン! ウォンウォン! ワンッ!」


「お前はあの人にだけなついていた! あの人だけだっただろう! なぜだっ! なぜよりによって救世主(その女)になつくっ! なぜ親愛を示したっ!」


「ウォンウォン! ウォン!」


救世主(その女)救世主(あの女)と同じだ! 自分勝手で好き放題し、男を侍らせ喜ぶような救世主(あの女)とっ!」


「ヴォン!」


「何が救世主だ! 何が世界を救うだ! 人々を惑わし、意のままに動かそうとするその女こそ不浄だろうっ!」


「っ……!」


 私はルナを離し、団長さんに向かって全力で動く。

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