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あなたを嫁とは認めない!  作者: 須賀川乙部
① 第三章「男女七人、寮での共同生活――までは良かったのですが……」
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うん……全部、聞いたんだな

 四月半ばに入った、ある日のこと。

 寮の女子五人と、嫌でも顔を付き合わせて半日過ごさなければいけない、学校のある日が俺には苦痛だった。もしも紗那がいなかったら、俺はとっくに学校に行っていなかっただろう。もしくは、教室に入っていなかったか。

 紗那は、当初の宣言通り俺の生活を監視しているようだ。

 それも――あの始業式の日とは違って、とても静かに。 

 それが義務であるかのように、俺の様子をうかがっていた。

 そんな日々にいい加減うんざりして、俺は部屋に入って(かばん)を下ろす。

 数分――いや、数十分ほど自失して。

 俺は、部屋に誰かが来たことに気づいた。誰かが、俺の部屋の前で立ち止まったことに。

 それが紗那ではないことは、その数秒後にノックの音がしたことで分かった。

 紗那は、俺がどんなに言ってもノックというものをついぞしない。「兄様、いらっしゃいますか」と言って、良ければ返答を待って、悪い時には返答する間もなく入ってくるので性質が悪い。

 いや――今の紗那なら、ノックくらいして入るかもしれない。

 紗那はすっかり大人しくなってしまった。登校初日にあれほどまでの超人的な体力を見せた奴とは思えないほど。

 俺は、ドアを開けた。

 そこにいたのは、姫ヶ崎だった。


「姫ヶ崎……」

「少し、お話してもいい?」

 姫ヶ崎がそういうので、俺は彼女を部屋に入れることにした。誰かに見られたってかまわない。今の俺の印象は最悪だ。これ以上悪くなりようがないだろう。

「私……私、杉内君が何の理由もなくこんなことするはずないと思って……杉内君のこと、紗那さんに訊いてみたの」

 こんなこと――と言われるようなことだろう。

 無理やり、五人をこんなところに連れて来たのだから。

 それも、こんな沈鬱(ちんうつ)な空気の中に。

「紗那さんの家、潰れちゃうかもしれないんだってね」

「うん……全部、聞いたんだな」 

 俺が言うと、姫ヶ崎はゆっくりとうなずいた。

「杉内君のお父さんの話まで」

 鬼門院偉明(たけあき)が使用人との関係を持った結果として、俺がこの世に生れ落ちて来た、ということも、きっと姫ヶ崎は紗那から聞いたのだろう。

 この事態の全貌(ぜんぼう)を知るためには、どうしても不可欠になる要素だ。紗那も、嫌々ながら話さざるを得なかったに違いない。

 昨夜、メールで許可を取ってきたのには驚いたが。

 相当紗那は参っているのだろう。

「紗那さんが、自分の家を守りたいからっていう理由で、こんなことをしたってことは私には分かった。そして、杉内君の知らない間にこんなことを進めてたことも」

 最初に、私たちに説明してくれればよかったのにね、と姫ヶ崎は言う。

 でも、あいつは絶対そういうことはしないだろう。

 俺の出自を皆に暴きたてるようなことをするくらいなら、紗那は今のような状態になることを選んだに違いない。事実、そうなったわけだが。

 鬼門院家の恥になるようなことは、絶対言わない。それが紗那であり、鬼門院家の人間だ。

 ましてや、俺は紗那と血の繋がった兄妹。俺が本家から認められていないことなんて、進んで口にしたがるわけがない。


 姫ヶ崎は、ふいに話題を自分の家の話に移した。

「私の家、代々車作ってるんだよね……」

 俺も、それは知っている。

 「姫ヶ崎自動車」。それほど大きな会社ではないが、よく耳にする名前だ。

「でも、技術者一家っていうよりは、やっぱり杉内君や紗那ちゃんの家みたいなところで――鬼門院の家のことなんて知ってるわけじゃないのに、こんなこと言っちゃってって、言われちゃうかもしれないけど」

 でも――紗那の話を聞いて姫ヶ崎がそう感じたのなら、姫ヶ崎家の境遇と鬼門院家の境遇はそれほど違いがあるわけではないだろう。

 本当に違うのなら、似ているなどとは言わないはずだ。

 俺たちの家を、信じられないというだろう。

 そんなのは馬鹿げていると、笑い飛ばすだろう。

 こんなに悲しい顔はしないはずだ。

「私にも兄がいて――杉内君の前だから、普通にお兄ちゃんって言っていいかな。私が家でいつも呼んでるみたいに」

 それはご随意(ずいい)に――と俺は思う。

 ただこんな時なのに、姫ヶ崎の「お兄ちゃん」の言い方が可愛かった、と思っただけだ。

「お兄ちゃん、やっぱり家を継がないといけないんだけどね。早く結婚してほしい、そうしてくれないと家が滅ぶ。親戚の集まりがあるたんびに、そんな話だよ。それに、うちのお兄ちゃんもう二十三歳だし……昔だったら、もうとっくに結婚してる歳だって」

 そんな簡単に行くはずないのに、と姫ヶ崎は言う。

「でも、家がなくなっちゃうのはやっぱり私も嫌だ。だから、お兄ちゃんのために何かできたらな、っていつも思ってる」

 姫ヶ崎がその時見せた、わずかな()いを含んだ微笑みは、紗那が時々俺に見せる表情と重なるようで――。

 姫ヶ崎が紗那のように俺を溺愛(できあい)しているわけでも、お兄さんが俺のように複雑な事情を抱えているわけでもない。

 でも、確かに姫ヶ崎家と鬼門院家は似ているかもしれない、と思った。

 似ているどころではない。

 家を継ぐ、ということを驚くほどに重んじる。

 そういう意味で、姫ヶ崎家と鬼門院家は同じだ。

 きっと、姫ヶ崎と紗那は、同じ運命のもとにある――。

 だから紗那も、俺のことも、自分のことも、姫ヶ崎に話すことにしたのだろう。

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