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あなたを嫁とは認めない!  作者: 須賀川乙部
① 第三章「男女七人、寮での共同生活――までは良かったのですが……」
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お前、最近女子から避けられてないか?

 それでも、俺たちが全く無関係で、他人のように過ごせたわけではない。

 寮生活でお互いに顔を合わせることがなくなったからと言って、ずっと相手の顔を見なくても済むというわけにはいかない。

 学校の授業は、通常通り行われるのだ。そして、この寮に住まう紗那以外の六人は、皆同じクラス、同じ教室と来ている。いくら接触しないようにしようと言っても、土台無理な話だ。

 しかも運の悪い事に、四月に入ったばかりの今は机の並び順が五十音順だから、俺の席の右斜め前には霧ヶ峰が、そして左隣には鷹司が座っている。

 俺たちは同じ教室にいても、目を合わせることもなかった。

 俺の隣の席に座っている黒瀬は、いち早く霧ヶ峰と俺の関係の不自然さに気づいたようだった。

「なあ、杉内……」 

 黒瀬が、休み時間中に声を掛けて来た。霧ヶ峰も鷹司も、休み時間になると決まって教室の外に出て行ってしまう。俺と同じ空間の空気を、吸いたくないということか。

「お前、霧ヶ峰と喧嘩でもしたのか?」

「ああ……まあ、そんな感じだ」

 本当のことを黒瀬には話すわけにはいかなかったので、俺はそう答えて誤魔化した。

何せ、このことは「鬼門院家の存続にかかわる機密だから」という理由で、弘学寮に住む七人の間の秘密になっている。尤も、俺と紗那はともかく、他の五人――姫ヶ崎はいいとして、他の四人だったら平気で言いふらしかねない。そうなった場合、どうなるのかは俺は知らない。

「それに……」

 黒瀬は心底心配するように尋ねる。

「お前、最近女子から避けられてないか?」

 確かに、クラスの女子二十人中五人から避けられていれば、傍目には女子全員から避けられているように見えるだろう。クラス全体の四分の一。

 しかも、それが黒瀬の注目する「美少女トップ一〇〇」に、一人を除いて含まれていると来ている。心配されるのも無理はない。

「お前、何かしたのかよ……」

「いや」

 俺は答える。

「俺は何もしてねえよ」

 自分でも嘘くさい言い方だとは思ったが、黒瀬はそれ以上追及することはなく、「ふーん……」と返す。

「困るぜ杉内。学校に来ても美少女の笑顔が見られないなんて、何のために毎朝来てるのか分からなくなるよ」

 前にも同じようなセリフを聞いたような気もするが、改めて――こいつが学校に勉強しに来ているわけではないことはよく分かった。


 黒瀬の言った通り、いっそのこと喧嘩だったら、どれほどよかっただろうか。

 俺が黒瀬に話した通り、俺にもわけの分からない理由で無視されているのだとしたら、俺もこんな苦しい思いをしなくても済んだのだろうか。

 あの時のことは、言い合いにすらならなかった。向こうの言うことが絶対に正しく、こちらの理屈は間違っていた――少なくとも、俺にはそう思えた。

 でも、俺たちはそれを言わなければならなかった。

 隠すよりは、よほどましだと思ったから。

 全てを明かすしか、方法はないと思ったのだから。

 現状、俺と女子五人の関係は、俺が一方的に無視されているだけ。

 あれだけ怒らせたのだから、あとどのくらいこんな状況が続くのかも俺には予想がつかない。一生こうなのだ、と言われても、俺にはそんなはずはないとは言えない。

 彼女ら五人にとって――いや、俺たちにとって、結婚と言うのはそこまで大きなことなのだろう。

 そして、それを無理強いされるということは。

 それを、家の存続と言う大義名分のために。

 何様のつもりだ――と言われても仕方がない。

 鬼門院の人間ならば、「鬼門院様のつもり」で済ませるだろう。

 でも俺はあいにく、それでは済ませられない。

 俺は紗那ほど、鬼門院の家に思い入れもないし、家のために何かしようと考えたことだってほとんどない。家のためを考えるようになんて、教わったことすらない。第一、俺は鬼門院家の人間ではなかったのだから。

 だから、俺が鬼門院家の人間であることを理由にするのは、鬼門院の家を――そして紗那や妙子さんを利用することだと思う。


 それにしても――。

 違うクラスだったら、少しは状況もましだったかもしれない、と思う。

 同じ教室にいれば、嫌でも相手の姿が視界に入ってくる。

 それが、相手をいらだたせることにも、俺は気づいていた。

 いや――気づきたくもないのに気づかされたと言った方がいい。

 御影なんて、教室内で俺と目が合っただけで腰に携えた竹刀に手をやって威嚇してくるし、甲賀沼も以前のように冗談を飛ばしてくることもなくなった。

 でも、一番辛そうなのは姫ヶ崎だ。

 彼女が俺や紗那に声を掛けようとしてくれているのは分かっている。現に、何回か一瞬だけ話しかけようとして口を開いたものの、声を出すことを躊躇(ちゅうちょ)して止める、と言うことが何度かあった。

 それでも彼女が、俺たちの計画に乗ってくれたわけではないことは、俺にも分かっているし、紗那も認めはしないが薄々気づいてはいるだろう。

 そして、担任教師の賀茂川も、俺たちの関係が険悪であるという気配は察知したようだった。不思議に思っているようだが、そこで彼女が何か行動を起こした訳ではなかった。

俺にとっては、むしろ賀茂川などが介入しないでいてくれた方がありがたい。

 事情を知りもしない賀茂川なんかが無闇に間に入れば、話はよりこじれるだろう。それこそ、回復不可能なほどに。 

 この時ばかりは、賀茂川の放任主義と職務意識の薄さに感謝した。


 そういうわけで――。

 俺の学校生活は、始まってそうそう五人の同級生女子と険悪なムードになるところから始まったのだ。

 これが地獄でなかったのなら、何が地獄なのか、俺は知りたい。

 しかし。

 一番辛い思いをしているのは、紗那に違いない。

 俺なんかとは比べ物にならないくらい。

 いくら妙子さんたちの差し金であったとは言え、それを実行に移したのはほかならぬ紗那だ。そして、彼女はきっとそれが家のため――そして、俺のためになると思って、それをやったに違いない。

 それが、これほどまでに裏目に出てしまったのだ。

 さすがの紗那も、それ以来、俺に始業式の日のようにベタベタすることは、ほとんどなくなった。それまではうるさいくらいに俺に話しかけてきたが――そのほとんどは一方的なものだったが、それも無くなった。

 紗那がすぐそばにいるのに、声が聞こえないというのは、奇妙なことのように俺には思えた。

 本当に、いつもしゃべっていたんだな――。

 

 俺たちの暮らす弘学寮は、俺の予想とは正反対に、暗く静かで、そして陰鬱(いんうつ)な空気が支配していた。

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