わたくしはどうすればよかったというのでしょうか――
「じゃあ私たちは、ずっとあんたらと顔付き合わせて暮らさないといけないってことなのね……私たちのことなんて、所詮は家を存続させる道具くらいにしか考えてないあんたらとね」
「そ、それは……」
紗那も反論に困っている。
「そんなことは……」
俺も何か言おうと思ったが、それは無理なようだった。
「もうちょっと私のこと、大切に考えてくれてると思ったんだけどね……」
「いえ、兄様は悪くないのです」
「どうだか……」
霧ヶ峰も、聞く耳を持たない。
「鬼門院の家がどれだけ偉いのか知らないけど、私はそんなことに巻き込まれるのは御免だわ」
こんな時に――。
俺が何を言ったって、無駄なのだろう。
俺は、鬼門院の人間なのだから。この策謀が始まっていた時点で、彼女たちにとっては、俺はほかならぬ鬼門院の人間――鬼門院の理屈で動く、その中心となっている人物が、俺なのだから。
何を反論しても、言い訳にしかならない。
あるいは、家に罪を擦り付けることにしか。
だから俺は黙って受け入れなければならないのか――。
「ずっと、外にいても仕方ないでしょう」
甲賀沼が、思い立ったように風呂敷包みを抱えて、寮のドアに向かう。俺と姫ヶ崎の牽いていたリヤカーは、甲賀沼の身体だけでなくこんなものも載せられていたのか。
「ちょっと、あんたねえ! あんたはそれでいいって言うの⁉」
「霧ヶ峰殿の言う通りだ。こんなことに自分から進んで付き合うこともないだろう」
霧ヶ峰と御影が、甲賀沼を制止しようとする。鷹司はそんな三人の様子を、冷笑的な目で眺めている。
「でも、住むところはここしかないでしょう」
「そうは言っても……」
甲賀沼の行動に戸惑っているかのように見える霧ヶ峰に、彼女は言い放つ。
「それに、別に同じ寮で生活しているからと言って、毎日毎晩顔を付き合わせてないといけないってこともないでしょう」
ついさっきまで政府機関のスパイだなんだと言っていた奴とはとても思えない、身も凍るような雰囲気を全身から放ちながら。
いや――それは俺にとってそうだっただけだ。
甲賀沼は、古びて焦げ茶色になった寮の木戸を開け、中に入って行った。
彼女の行動に、鷹司、霧ヶ峰、そして御影も続く。俺たちの残っている、寮の外から一刻も早く離れたいと、その誰もが思っているということを、彼女たちの歩調は雄弁に語っていた。
外に残された、俺と紗那――そして、姫ヶ崎。
この間、姫ヶ崎はずっと無言だったのが、俺には気になった。
「姫ヶ崎様は、どうされるのですか」
紗那が、彼女に恐る恐る尋ねる。
寮から出て行ってしまうかもしれない――と心配したのだろう。
しかし、その心配は杞憂だったようで、姫ヶ崎は「う、うん、そうだね。私も行く」と言って、寮の木戸の中へと入って行った。彼女の荷物は、すでに中に入れてしまっているらしい。
俺と紗那だけが、周囲に人影もない山の中の古家の前に取り残された。
さっきまで嫌になるほど天気が良かったというのに、震えるほどの強い風が北から吹き付ける。
「兄様――」
紗那の口調は、沈鬱なものだった。
「わたくしはどうすればよかったというのでしょうか――わたくしたちは――」
つまり、それは鬼門院の家だ。
鬼門院の家は、どうすればよかったのだろうか。
家が潰れていくのを黙って見ているという選択肢はなかったはずだ――。
俺には、紗那の言葉に答えることはできなかった。
そして。
俺たちの寮生活が、波乱の内に始まったわけだが。
それからと言うもの、俺と五人が顔を合わせたことはなかった――少なくとも、まともに顔を合わせたことは。
甲賀沼の言った通りになったというわけだ。
一週間以上、同じ寮での生活が続いてもなお、である。
一度、御影が部屋から出て来た時に顔を見たが、向こうがすぐに戸を閉めてしまった。それも、俺と目が合った瞬間、すさまじい殺気を発しているのを感じた。
あんなのは、まともに顔を合わせたとは言えない。
俺と紗那以外の五人の間では、数は少なく、一つ一つも短かったが、会話は一応交わされていたようだった。弘学寮は壁が薄いので、部屋にいても廊下の話し声は聞こえる――周りがこんなに静かなら。
でも俺がそれに参加することなど、出来るわけがなかった。
そして、この状況を作り上げた張本人である紗那も、それは同じだった。
兄妹揃って、針のむしろ――。
それが、今の俺たちを指すにふさわしい言葉だった。
そうなるのが当然であったにしても――。
やはり俺にとっては耐えがたい、地獄のような寮生活だった。




