これから六人で一緒に暮らしていただくというのに……最初からそんなことでは困ります
「みんな落ち着いて。この男にそんな度胸があると思う?」
霧ヶ峰は、ただ一人冷静に俺を指さして言う。擁護してくれているのは分かるが、かなり複雑な心境だ。
「確かに、そうは見えんな……」
「そうだな。もっとみみっちいことをやる男だよ」
「お前らっ!」
いくらなんでも俺を馬鹿にし過ぎではないだろうか。
「でも拳銃と三千万のくだりは別にしても、あんた聖花に手出ししてただで済むと思ったら大間違いよ!」
霧ヶ峰が、俺にかかった最初の嫌疑を混ぜっ返す。俺を風評から守ってくれるほど、甘くはないようだ。
「そうだ! 此奴がこの可憐な娘を手籠めにしたことは事実! 見過ごせん!」
「そうだな。どう償ってもらおうか?」
「だからそれは誤解なんだって‼」
「皆様! 一体どうされたのですか!」
そんな状況の中で、ひときわよく通る声を発したのは、この元凶の元凶である紗那だった。制服姿のまま、この紛糾の渦に歩み寄ってくる。
「遠巻きに眺めておりましたら、何やら揉めているご様子。何があったのか、お話しください」
「紗那! お前入学式は……」
「もうとっくに終わりました。それで、新しい兄様の住まいを覗いてみたら、こんなことに……一体何があったのですか」
「この男が女を手籠めにしたのだ!」
御影が鬼のような形相で、俺を竹刀で指して言う。
「落ち着いて御影さん、固有名詞が入ってない」
「あ、これは失敬。私としたことが」
霧ヶ峰の指摘に、御影が冷静さを取り戻して竹刀を収める。
それを機とばかりに紗那が俺たちと霧ヶ峰たちの間に割って入る。紗那を挟んで、三人ずつ向かいあう形になった。
「これから六人で一緒に暮らしていただくというのに……最初からそんなことでは困ります。皆様、ここは一旦落ち着いてください」
これから六人で一緒に暮らす――。
紗那のこの言葉はさらなる紛糾を招いたことは言うまでもない。
「六人でって……私が⁉ 杉内と⁉ ふざけたこと言ってるんじゃないわよ! そんなの絶対みっとめらんないわあ!」
「何⁉ 何を申しておるのだ‼ 私が⁉ この男と⁉ 冗談も大概に致せ!」
「校則によれば、男子寮と女子寮は分かれているのではなかったかな?」
「六人で? 楽しそうだね」
「私は今無性にアイスバーが食べたいわ」
竹刀を振り上げる御影を手で制して紗那は「いっぺんに質問するのはおやめください!」と悲鳴を上げるように言う。
「まず、私に答えられる鷹司様の疑問からお答えします。確かに、校則の第百五十三条には、男子寮と女子寮の区分、そしてその相互移動の禁止が明記されております」
男子は女子寮に入ってはいけない、ということが校則で定められている。逆もまた然り。その程度は、校則を全文読み通したこともないしそんなことをする気もない俺でも知っている。
「しかしながら」と紗那は良く通る高い声で続ける。
「この寮は、生徒総会の決議と理事会による追認に基づき、校則上は『特別寮』とされています。男女同衾しても、問題はありません」
「第三項の特別寮規定か……」
男女同衾しても問題がないかどうかは知らないが、校則には抵触していないというのはどうやら本当のようだ。その証拠に、ミニ風紀委員も反論をせず、「うぐぅ……」と言って押し黙っている。
「後姫ヶ崎様のお言葉の訂正。私もご一緒することになるので、七人です」
「そうなんだ。じゃあもっと楽しそうだね」
「楽しいとかそういうこと言ってる場合じゃないでしょ⁉」
中学時代からの友人の間の抜けたコメントに、霧ヶ峰は猛然と反論する。
「特別寮の規定があることは知ってるわ。校則上は、男子も女子も、同じ寮で暮らせないことはないってことはね。でもそれとこれとは話が別でしょう⁉ 何で私たちが杉内と暮らさなきゃなんないのよ⁉」
「そうだ。貴殿の説明はその答えにはなっていないぞ」
御影は竹刀の柄を握って、紗那と向かい合う。暴力的手段を使う気満々だ。
「それはですね。それをご説明するためには、わたくしの家の込み入った事情をお話ししなければならないのですが」
「アイスバーが食べたい……あ、いややっぱりかき氷でもいいわね」
甲賀沼のこの要求は、紗那にも無視された。
「事情があることは分かった。しかし、なぜその事情とやらに、我々を付き合わせる。その理由を話せ」
射るような眼光を放ちながら、紗那に迫る御影。
兄として紗那を助けなければならないのではないかと本気で思ってしまった。
「それはですね……」
紗那が、重い口を開く。
「そんなに言いにくいことなの?」
霧ヶ峰がそう追い打ちをかけるように言ったほかは、水を打ったように静かな緊張があたりを支配していた。
「家の事情をお話ししなければ、やや誤解を招く言葉になってしまうのですが……」
俺は、その理由を知っている。
紗那の言葉が招くのは、誤解などではなく正当な無理解だということも。
「実は……皆様は、我が鬼門院家の跡取りである兄様――杉内鳳明の、婚約者候補です」
紗那がそれを言った瞬間、俺たちを取り巻くすべての空間の、時間の動きが止まったような気がした。
紗那だけが、その真ん中で変わらぬ表情のまま立っている。




