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あなたを嫁とは認めない!  作者: 須賀川乙部
① 第三章「男女七人、寮での共同生活――までは良かったのですが……」
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初対面の女子の身体に触ろうとするなんてあなたも大胆なのね、姫ヶ崎さん

 休憩を終えて、姫ヶ崎が一歩間違えば身の危険をもたらしかねない程度には天然ガールであることも知って、俺たちは弘学寮に向かった。

 姫ヶ崎も、寮が同じということで、一緒についてきてくれるらしい。彼女が俺と寮が同じという事態の不可解さに気づくのは一体いつになることだろうか……きっと最後まで気づかないのではないかと思う。

 一生懸命な奴ではあるのだが。

「ちょっと重いね……さっきより、重くなったような気がする」

 姫ヶ崎がリヤカーを()きながら、荒い息と一緒に吐き出すように言う。さすがの姫ヶ崎も、辛くなってきたらしい。

「そりゃこれだけ歩いたらそうだろうな……」

 この辺りで二回目の休憩を入れておいた方がいいだろうか、とは思ったが、姫ヶ崎にはその気はないようだ。

 でも、リヤカーが異様に重くなったような気がするのは、本当に疲労だけのせいなのだろうか? 荷物が増えたりしているのではないだろうか? 俺の頭に、ふとそんな疑問が持ち上がってくる。

 俺は後ろを振り返って荷物を確認するが、何も異状はない。

 しかし、この急激な重みの増加は異常だ。単なる疲労からとは考えられない。

「本当に重くなったな……」

 俺はリヤカーを牽きながら呟く。

「まるで人を積んでるみたいだ……」

「本当に、そんな感じで重くなったよね……」

「不思議なこともあるものね……」

 姫ヶ崎も、俺の言葉に同意する。

 ――そして、姫ヶ崎とは別人の声も聞こえたような気がしたが。

「姫ヶ崎、今『不思議なこともあるものね……』って言ったか?」

「私は言ってないけど……杉内君じゃなくて? 私、杉内君が言ったと思ったんだけど」

「私も杉内君がいきなりオネエになったのかと思って驚いたわ」

「ん……?」

 やはり誰かリヤカーに乗っているのだ。姫ヶ崎と俺の二人しかいないとしたら、姫ヶ崎の言葉に「私も」なんて言って同意する奴の存在など考えられない。

 それに、姫ヶ崎がこんなこと言うはずがない。

「今、聞こえたよな……」

「うん……幽霊か何かかな?」

 姫ヶ崎の言うことも、一応は可能性がある。

 しかし、それよりももっと可能性として高いのは――。

「誰か乗ってるだろ! 早くそこから下りろ!」

 俺が怒鳴ると、リヤカーの中から人影が出てくるのが見えた。その人影には、俺は見覚えがあった。紫がかった髪をツインテールにした、湿った目をした小柄な少女――。

「あ! お前、昨日のエリザベス何とか言う奴だな!」

「エ……エリザベス?」

 全く状況のつかめていない姫ヶ崎が俺に訊き返す。

「私はエリザベスではないわ」

 そう言って、彼女は額の汗をぬぐう――真似をする。

「お前汗かいてないだろ! ずっと荷台に乗って楽してたよな!」

「荷台に乗っているのも楽ではないのよ」

 さも疲れた、と言わんばかりのため息をつく、エリザベス・佐藤。本当の名前をまだ聞いていない。

「私の名前はヴィクトリア近藤よ」

 エリザベスの次はヴィクトリアか――。

「エリザベスからヴィクトリアに進化したの」

「進化ってお前……」

 ゲームのモンスターじゃあるまいし。


「ところで、本当のお名前は何なんですか?」

 姫ヶ崎もさすがにこいつが冗談を言っているだけだということには感づいたらしい。

「そうね……私の本当の名前を聞いたが最後、その人はスライム地獄に落とされるという都市伝説がごく局地的に流布しているようだけど、それでもいいのかしら」

「どんな都市伝説だよっ――! しかも半分自分で否定してるしっ――!」

 突っ込みを入れるのも癪だと思ったが、こいつには俺を黙らせてはおかない何かがある。

「はい」

 姫ヶ崎は、こいつに生真面目に答える。

「私は甲賀沼(かがぬま)(あまね)

 またどうせふざけるのだろうと思っていたが、彼女は意外にも真面目にそう答えた。

「日本政府の直属機関である、科学技術部から送られたスパイよ」

 やっぱりふざけやがった。科学技術部と言うのも相当ふざけてはいるが。

 それに自分で自分をスパイなんていう奴がどこにいる。

「甲賀沼さん? 私は姫ヶ崎聖花。もしかして同じクラスだよね?」

 姫ヶ崎は見事に甲賀沼の訳の分からんボケをスルーして、満面の笑みで言う。

「そうね。私はどこにでもいてどこにでもいないから分からないけど」

「やっぱり! よろしくね、甲賀沼さん」

 姫ヶ崎は甲賀沼とハイタッチをしようと手を伸ばしたが、「初対面の女子の身体に触ろうとするなんてあなたも大胆なのね、姫ヶ崎さん」と言って身を(かわ)した。

 姫ヶ崎はそれでも不思議そうな表情をしている。

 怒っていいぞ、姫ヶ崎――。

「大胆ついでに教えてあげるわ。甲賀沼周十六歳、身長は一四九センチで体重は三七キロ、スリーサイズは上から一〇〇、五三、八五」

「適当なこと言うな」

 絶対にそうは見えない。そんな奴本当にいたらどういうシルエットになるのか全く想像がつかないが。

 むしろ実際の甲賀沼は、絵に描いたような幼児体型というか、何というか。身長は多分本当だろうが。多分体重も本当だろう。それ以外は全部大嘘だということが見ただけでもすぐに分かる。

「というか初対面でスリーサイズ言い出すってどんな奴だよ……」

「そういうあなたはどこの誰なの? どこかで見たことのあるような顔だけど。どこでだったかしら――」

 甲賀沼は俺に近づいてそう問い、はっとした表情を浮かべた。

「ま、まさか――⁉」

「な、何⁉」

 姫ヶ崎が手を胸のあたりで握って小さく叫ぶ。

「もしや、前世の記憶が……」

「昨日会ってるだろ⁉ ゴミ集積場で‼」

 でも、その時にはこちらから名前は告げなかったはずだ。

「俺は、杉内鳳明」

「杉内君ね……良く覚えておくわ」

 ――って。

「お前が何でリヤカーに乗ってたかの説明をまだ受けてないんだが⁉」

「それは……おいおい説明することにしましょう。まずは、リヤカーの歴史について……」

「そんなもん聞いてねえ‼」

 甲賀沼がかなり変わった奴だということだけはよくわかったが、それ以外の情報はないに等しい。

「……仕方ないわね。私も実は、寮がこっちの方向にあって、それで歩くのが面倒なんでリヤカーに乗せてもらうことにしたのよ。あ、あとお金はいらないから」

「むしろこっちにくれるもんじゃないのか……⁉」

 甲賀沼は俺の突っ込みを聞く前に、リヤカーの荷台にサッと収まる。

 それが自分の指定席であるかのように。


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