私、だから炭酸って苦手なんだよ……
「でも、どうして俺を手伝ってくれたんだ? いや、普通にありがたかったんだけど……どうしてだろうなって思って」
俺が尋ねると、姫ヶ崎さんはよくぞ聞いてくれました、と言いたげに顔を輝かせる。
「実はね、私も寮の引っ越しがあるの。偶然方向が一緒だったから」
「それで手伝ってくれたのか?」
何ていい娘なんだ――俺は心底そう思った。
でも、弘学寮と方向が一緒の寮なんて、他にあっただろうか。
弘学寮は、蕭条学園の広い校地の中でも、そのほかの建物とは隔絶された場所にポツンと建っている。紗那の地図が正しければ、方向が同じ寮などなかったはずだ。
と言うことは――この娘も。
「あのさあ……」
俺は、姫ヶ崎さんに意を決して聞いてみる。
「姫ヶ崎さんの今度の寮って、なんて名前? こんなこと、いきなり訊くのも変だけどさ」
「え? 弘学寮だけど……」
やはりそうか――。
俺は、額に手を当ててため息をつく。
この純真そうな娘が、この心優しい少女が、そしてミス蕭条にまで他薦で――ここが重要だ――出た娘が、紗那の計画の餌食になってしまっていたという事実に、俺は直面させられた。
でも、紗那も妙子さんも、鬼門院の家にふさわしい女性について、そして俺の結婚相手について真剣に考えていたとすれば、こういう娘も計画のうちに含まれるだろう。
それは自然なことだ。
自然なことだが――。
「姫ヶ崎さん……」
いろいろ辛い事もあると思うけど、お互い頑張ろうな――と俺が言うと、姫ヶ崎さんは頭からクエスチョンマークを出しそうな、不思議そうな顔をした。
「実は俺の新しい寮ってのも、弘学寮でさ」
俺は、座ってコーラを飲んでいる姫ヶ崎さんに言う。
「それは奇遇だね」
姫ヶ崎さんもどことなく嬉しそうだ。
そこで俺は違和感に気づく。
姫ヶ崎さんは、この状況の異様さに気づいているのか――?
この学園では、男子は男子寮、女子は女子寮に完全に分断されている。だから、普通なら俺と姫ヶ崎さんが同じ寮で暮らすということは起こり得ないはずだ。でも姫ヶ崎さんはそれに違和感を微塵も持っていないようだ。
姫ヶ崎さん、ひょっとしたら少し抜けた娘なのかもしれない――。
しかも、今姫ヶ崎さんが飲んでいるコーラは俺が買ったものだ。
「うわっ⁉」
姫ヶ崎が甲高い悲鳴を発する。見ると、姫ヶ崎さんの制服がびしょ濡れになっていた。彼女の手には、勢いよくコーラを噴出し続けるペットボトル。
「私、だから炭酸って苦手なんだよ……」
この言葉にもいろいろ突っ込みどころはあるが、とりあえずそれは置いといて俺は荷物の包みを開いて、姫ヶ崎さんにタオルを渡す。
「これ、まだ使ってないから……」
制服のシャツの下に着けている下着が微妙に透けて見えるので、それから目をそらすようにしながら。
身体が細い割にかなり大きい――今の姫ヶ崎さんに目を向ければ、否応なく目線が胸元に行ってしまいそうだ。
去年のミス蕭条コンテストで水着審査がないことを黒瀬が悔しがっていた理由が何となく分かった。どうしてあいつが、姫ヶ崎さんがこんな大したものの持ち主だということを知っていたのかは謎だが。
「あ、ありがとう杉内君……」
姫ヶ崎さんはタオルを手に取って、ペットボトルを拭く。
「もっとほかに拭いた方が良さそうなところがあると思うんだが……」
前言を撤回する。姫ヶ崎さんは少しどころではなく、相当抜けた娘だ。
自分があられもない恰好になっていることも、全く気が付いていない。
「あ、そうだね、本当……」
姫ヶ崎さんは俺に言われて初めて気づいたように、制服を拭く。
「私、オレンジかと思って振っちゃったから……。ほら、ペットボトルに入った飲み物って、つい振っちゃうことってあるよね」
「そ、そうなのか……?」
「だから私もついつい振っちゃって、コーラだとは思わなかったから」
「見たらすぐ気づくと思うんだが……」
「ごめん。これは杉内君のだったんだよね……じゃあ私のオレンジジュース飲んでもいいから」
「いや、何かいろいろと悪いな……」
「あと、私のことは姫ヶ崎でいいよ……」
「あ、うん……」
姫ヶ崎さんの胸元に目が行かないように、目をそらしながら答える俺――。
出会ってそうそう、微妙な雰囲気になってしまった。




