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あなたを嫁とは認めない!  作者: 須賀川乙部
① 第三章「男女七人、寮での共同生活――までは良かったのですが……」
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そして、ボロ家だけが残った

 朝から紗那に追いかけまわされ、重大な計画を打ち明けられ、ゴミの集積場で変な奴と出会い、さらには鷹司とよく分からない会話をした翌日――。

 朝起きると、寮のポストに俺宛ての手紙が差し込まれていた。

 俺は、寝ぼけた頭でそれを取り、読む。

 紗那からの手紙だということは、その文字からも分かった。あのボールペン習字のテキストに使えそうな、整った字。

 その文面は、兄様へ、で始まる。

 長い前置きを読み飛ばし、俺は紗那が昨日明かした計画に関する記述がある部分へと目を移す――。


 ――――――――――


 そろそろ本題に移りたいと思います。兄様の新しい寮のお話でしたね。

 兄様の新しい寮は、弘学(こうがく)寮というところです。

鬼門院家の政治力を使って寮を使わせてもらう運びにはなったのですが、あいにくそこしか空いているところがない、と言われてしまいました。鬼門院家の力も、さすがに無限ではありませんね。

 校地の外れにはなってしまいましたが、逆に兄様のお嫁さんの候補の皆様とは深い関係が築けるのではないでしょうか。少し校舎までは遠いですが、そこは我慢してください。

 少し古い寮ですが、掃除をすれば住むのには問題ないと思います。私は今日が入学式なので、兄様のお手伝いをすることはできません。五人の方々との初めての共同作業になりますね。

 候補者の五人の方々にも、この手紙はお送りしていますので、それについては安心してください。

 決して兄様の手を煩わせることはいたしませんので。


 ――――――――――


 ――というのが、手紙の文面だ。 

 そして、俺が寝坊して入学式に来なかった、ということをなじるような文章が、この五倍以上の文面を割いて続いている。「兄様、あんまりです」「本当にひどいです」「もっとわたくしを愛してください」と言うような言葉ばかりが続くので、俺はうんざりしてその文章を通読することを止めた。

 俺は寝坊したんじゃない、行くつもりがなかったんだ――。

 しかし、校地の外れか……。

 俺は、手紙に挟まれた地図を見る。赤ペンで丸がついており、矢印をして「弘学寮」と書かれている。そして、その周りの直線は道を示しているのだろう。

 それにしても、この地図が正しいとすれば、紗那の指示した弘学寮はやけに他の施設からは遠い。

教室棟も地図には書き込まれているが、道筋には省略を表す波線が引かれている。光潤(こうじゅん)寮も書き込まれているのだが、それから位置関係を推測しても、昇降口までは優にここからの三倍はかかる。

 俺を遅刻させて、霧ヶ峰といい仲になってもらおう――という策略すら感じさせる。

 遅刻が増えたところでいい関係にはならない。

 むしろ悪化していくと思うが。

 でも紗那のことだから、そのくらいは考えそうだ。そんな、当て外れの作戦を。

 何せ、こんな計画を平然と推し進めている、鬼門院家の人間なのだから。


 時計を見ると、もう午前十時だ。昨日、いろいろありすぎて疲れていたのか、つい長く眠り込んでしまったようだ。

「あ――」

 引っ越しは、今日の夕方までに済ませておかなければならない――確かそう言われていたはずだ。

 俺は慌てて、部屋の中の荷物を(まと)めるのに取り掛かった。

「よう、杉内」

 黒瀬が部屋に入ってくる。

「準備か? 手伝うぜ」

「ああ、悪いな……」

 黒瀬が手伝ってくれたので、意外と荷造りには時間がかからなかった。部屋にそれほど荷物がなかった、というのも早く終わった理由の一つにはなるだろうが、意外と黒瀬はこういう仕事は得意らしい。

「家の稼業(かぎょう)も荷物運びみたいなもんだしな」

 貿易会社を荷物運びで済ませてしまうのは黒瀬だけだろうと思う。

「さすがは本業だけあるよな」

 俺も冗談を飛ばす。

「でも『弘学寮』って言ったら、もう二十年も使われてないところだろ?」

「そういやそんな話、どっかで聞いたことあるな」


 弘学寮――一九九五年の卒業生が、この寮を使っていた最後の世代だ。バブルが崩壊して景気が悪化すると 同時に、少子化が進んで、分母となる子供の数が少なくなっていくことが予想された時期。

 この年、蕭条学園の志望者が減ったことで、開校以来初の倍率一・一を記録。

 いいところの私立の感覚としては、定数割れも同然な数字だったに違いない。

 今後、受検者がこれ以上増える見込みはないということもあって、時の理事会は定員自体を減らすことを決定し、弘学寮は廃寮とされた。

 結局、その後の二十年で少子化が社会問題化して、これ以上受験者数は増えないという理事会の想定は正しいことが証明され、いまだに弘学寮は放置されている。

「あんなの、何で今まで放っといたんだ、って話だよな」

「取り壊すのには、理事会の中でも反対があったらしいぞ」

 保健室の須甲(すこう)先生から聞いたことがある、と黒瀬は言う。彼女の父親は現役の理事なのだそうだ。

「お前はな……」

 情報通になるのはいいがもう少し見境を持った方がいいと思う。

 しかも美少女という歳でもあるまいに。

 でも、賀茂川にあれほど異様な情熱を抱く黒瀬のことだから、別に不思議もない。俺も賀茂川などよりはずっと須甲先生の方がいいし。美人で心優しい須甲先生をあんなサド蜥蜴(とかげ)と比較するのも失礼極まりない。

「受験者数が減ったのは、バブルの崩壊に伴う一時的な現象だ。景気が戻れば、きっと持ち直すはずだって。結局、どっちにもならなかったわけだけどな」

「どこでもそういう奴っているんだよな」

 確か、鬼門院家にも親戚の会合があるたびにそんなことを言っている親族がいた。やはり、グループ企業のトップを任されている男だったと思う。

「そして、ボロ家だけが残った、ってわけか」

 そしてそこに俺たちが住むことになるのだ。

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