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あなたを嫁とは認めない!  作者: 須賀川乙部
① 第二章「兄様には、五人の中から将来のお相手を選んでいただきます!」
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ええ、ですから近親相姦は日本の法律で認められていないだけではなく後々の世代に様々な遺伝子上のリスクをもたらすとされており……

「それって――」 

 俺が、鬼門院の家に入れたこと。紗那と兄妹として暮らすことができるようになったこと。

 それは、啓明さんの力添えも多分にあったからできたことだ。

 そうでなければ、使用人の息子を鬼門院家の一員として認めるなんて、誰も考えなかっただろう。

 鳳明(ほうめい)君も、偉明の子だ。この子に罪はない――そう言ってくれたのが、啓明さんだった。

「もっと早く分からなかったのか?」

「いえ、先日突然体調を崩されて、それで病院に行ったら――」

 末期の癌だと診断された、という。

「そんな大事なこと……」

「それは、わたくしも忘れはしません。わたくしにも兄様にも、よくしてくださった啓明伯父様の事……わたくしがすっかり忘れていたのは、ここからのことです」


 包み隠さず申しますと……と、紗那は瞼の筋肉を緊張させて言う。涙をこらえているのだということは、すぐわかった。

「啓明伯父様は、もう先は長くない、と言うのが、医師の先生の見立てです。そして、弟である父様はもう亡くなっています。そこで、鬼門院家の中で権勢を振るうのは、三男・國明(くにあき)……」

 とはいかなかったのです、と紗那は続ける。

「國明叔父様は、若いころに東南アジアを旅すると言って、ジャカルタの方へと行かれて、そのまま音信不通に。そのお気持ちも、分かりますが……」

 ここまで鬼門院の家に染まった紗那でも、いや、紗那だからこそ、家を飛び出した國明さんに自分の望みを重ねるのだ。

「――ですから、最も権力があるのは、今の時点では実明様」

 鬼門院實明――俺たちの祖父、鬼門院繁明の弟だから、俺たちにとっては大叔父となるわけだ。俺を鬼門院家の一員として、最後まで認めなかった男。今も、心の底では認めていないだろう。

 紗那の口調にも、自然と怒りがこもる。

「このままでは、兄様は父様の後を継ぐことができなくなってしまいます――そして、鬼門院の家の一員であることも」


 鬼門院家を追放される――。

 それが紗那にとって一大事であるということは、俺にもすぐに分かった。

 鬼門院は、お家が大事。

 江戸時代の昔、時の政権と深い関係にあった鬼門院家の専横(せんおう)を妬んだ庶民たちが揶揄(やゆ)して言った言葉。そこから維新後は大財閥だから、他のパイプも無数にあったに違いない。

 この言葉は鬼門院家の因習を言い表すために、時には家の内部の人間たちの口にも上る。

 勿論、そんなことを言うのは俺のような鬼門院家のつまはじき者ばかりだ。

 でもそれだけに、この言葉はかなり正鵠(せいこく)を射ていると思う。

 だからこそ、こんな言葉が今でも残っているのだ。

 そんな「お家大事」が当然のこととして育った紗那にとって、鬼門院の家から叩き出されるということが、何を意味しているのか――それは、容易に想像がつく。

 そして、俺が鬼門院家の人間でなくなった瞬間、俺と紗那は兄妹でいられなくなる。俺と紗那がそう考えていても、家はそれを認めないだろう。

「ですから――」

 既成事実を作らなければいけません、と紗那は言う。

「既成事実――」

「ええ。それも早急に、です」

 古くから、鬼門院家には「家庭を持ち、子をなしてからが一人前」という因習が存在する。後継ぎには、結婚すること、子供を産むことが不可欠ということだ。 

 そして、紗那の言っていることは、「早く鬼門院家の世継ぎとして認められるように、鬼門院の人間に一人前として認められるようになれ」ということだろう。

 つまり。

「俺に――」

「はい」

 早く相手を見つけて、結婚しろ。

 紗那は、俺にそう言っている。

「全くもって、すっかり忘れていたのはそのことです」

 紗那は俺を射るような、真剣な目をしてそう言った。


 ――でも。

 どうして紗那は、それを唐突に思い出したのだろうか。

 確か、寮を出る前俺と黒瀬は、彼女がいなくて悔しいぜ――と言う話をして、それから結婚の話に繋がった。そして、紗那の話も、俺に早く結婚相手を決めろという話だ――。

「お前、まさか……」

「ん? 何ですか兄様。ああ、なるほど……兄様もそうお考えなのですね。わたくしはそれでも良いと思ったのですが……」

 鬼門院の家は、それを認めてはくれないでしょう。紗那はそう言った。

「確かに、わたくしが兄様と結婚して家庭を持ち、鬼門院の血を次代につなぐことができれば、万事解決ですね」

わたくしと兄様の子でしたら、生粋の鬼門院家の人間ですね――紗那はそう言って、俺に向かって色目を使う。

「でもそれはできないのです。非常に残念なことに」

「妙な色気出してないで説明してもらおうか……」

「ええ、ですから近親相姦(そうかん)は日本の法律で認められていないだけではなく後々の世代に様々な遺伝子上のリスクをもたらすとされており……」

「俺が説明を求めてるのはそっちじゃない‼」

 え、そうですか? と紗那は間抜けな顔をする。

「お前、何か勘違いしてるだろ……」

「え? わたくしが、勘違いを……え、ちょっとお待ちください、もしかして民法が改正されて兄と妹でも婚姻(こんいん)できるようになったとか?」

「んな法律出来るわけないだろ‼」

「じゃあ何を勘違いしていると言われるのですか!」

「俺が言いたいのはお前との結婚云々の話じゃないんだよ。お前さっき俺と黒瀬の話立ち聞きしてただろ」

 俺が言うと、紗那は必死に目をそらそうとする。分かりやすい奴。

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